第6章 大乱闘と大団円-2
誰が撃った?
誰が撃たれた?
気付くと、悠花がばあさんに覆いかぶさるように倒れていた。まさか撃たれたのは、悠花なのか?
オレは焦燥にかられながら倒れた悠花を抱き起こす。
「おい! おい!」
悠花が顔を上げる。
「私は大丈夫よ、翔ちゃん。それより母さんは?」
「アタシは無事だよ。このバカ娘が。さっさとその子から離れな」
「もしかして、母さんなのか?」
まさか母さん、悠花に憑依したのか? オレは悠花の顔をマジマジと見つめた。悠花はイタコでも何でもない普通の人間だっていうのに入っちまって平気なのか?
「桃子、お前誰彼かまわず憑依してるんじゃないよ。その子に鉄砲の弾が当たっていたらどうするつもりだったんだい?」
「だって、母さんがあのヘビ男に狙われていたから。今日はもう夏恋ちゃんには憑けないし、どうしようって焦って、気付いたらこの子の中にいたの。不可抗力だったのよ」
「お前には霊だっていう自覚がなさすぎるんだよ」
「そんな言い方ってないでしょう! 私は母さんの身を案じて」
「親子ゲンカは後にしてくれよ」
まったくこの二人は顔を合わせればケンカばかりする。
「それより、母さん。そいつの体は無事なんだな?」
「大丈夫だって。キズひとつつけていないわよ。でも、ショックが強すぎたのね。気絶しているわ。だから、今は私がこの子の体を守ってあげる」
母さんは悠花の体でくるりと一回転してみせる。スカートの裾がふわりとひるがえる。女子高校生の体に入ってルンルン気分になっているように思えるのは、オレの気のせいだろうか?
何せよ弾丸が悠花にもばあさんにも当たってなくて本当によかった。しかし、安堵したのもつかの間だった。
またすぐに新たな銃声が耳をつんざく。
「翔ちゃん!」
夏恋が悲痛の声で叫んだ。
まさか、誰か撃たれたのか?
夏恋が真坂鈴の体を支えている。
「あなたの言った通りね。天罰が下ったみたい」
真坂鈴は微苦笑すると、夏恋から離れると赤く染まった自分の腹部を押さえてうずくまる。
弾の軌道から考えて、銃を撃ったのは。
オレは振り返った。
「私を裏切るからこういうことになるのですよ」
左足を引きずりながら、岩金が狂喜の声を上げた。金庫の中でくたばっていたかと思っていたが、真坂鈴が落とした拳銃を拾って発砲しやがった。
「全員死になさい!」
岩金は拳銃をオレたちに向けて発射してきた。常軌を逸してやがる。こういうタイプは変にプライドが高かったりするから、一度キレちまうと手がつけられない。
「みんな、伏せて!」
しかし、夏恋一人じゃ全員をかばいきれない。
「お前はばあさんと悠花を守ってろ!」
「翔ちゃん、無茶しないで!」
そんなの聞けるかよ。
ベレッタM84の装弾数は十四発のはず。小学生の頃、近所のアパートに住んでいた大学生がサバイバルゲーム好きでいろいろと教えてくれたのがこんな所で役に立つなんてな。
真坂鈴が二発、岩金が三発。まだ九発も残ってやがるのか。
オレはすばやく左右に移動しながら、岩金へと接近していく。岩金はオレを狙って拳銃を撃ってくるが、銃の扱いにも慣れていないのか反動で両手が上向くせいか天井ばかりに命中している。そんな腕でよく真坂鈴に当てたもんだな。
天罰。
真坂鈴の言葉が脳裏をよぎる。いや、あれはまぐれだ。
「死ね、死ね!」
狂乱状態の岩金はターゲットを見失い、拳銃を乱射する。これでは弾がどこに飛んでいくか予測がつかず、動きが取りにくくなる。
これで何発だ?
すると、岩金が拳銃のトリガーをガチャガチャと何度も引き始めた。
ホールドオープン。
弾切れか? 闇雲に撃ちまくるからそうなるんだよ。
オレは岩金の前に立つと、右足を大きく振り上げた。
「てめぇはとっととくたばりやがれ!」
「ひぃー、来るなぁ!」
恐怖に歪んだ岩金の脳天に渾身のかかと落としをお見舞いしてやった。岩金は車にひかれた蛙のような奇声を上げて、体をヒクヒクと痙攣させて白目をむいて卒倒した。
オレは肩で大きく息をしながら、夏恋たちのもとへと歩み寄る。さすがに疲れた。足がふらふらして、何か宙をあるいているような感覚にとらわれる。
「やったわね、翔ちゃん」
夏恋に抱きしめられていた母さん(悠花の体だが)が親指をピッと立てる。
「母さん、まだそいつの中にいたのか?」
「そんな言い方ってひどーい。この子の体って居心地がいいのよね。私との相性がいいみたい。三分経っても離れないし」
「いや、だからってそいつの中にずっといたんじゃやばいだろう。そいつはイタコ志望じゃねぇんだ。霊が自分の体に取り憑いたと知ったらショック受けちまうだろう」
「あら、そうでもないかもよ。だって、この子翔ちゃんのこと」
「ストーップ!」
いきなり悠花が夏恋の腕の中から抜け出して大声を張り上げた。
悠花の声?
ってことは、母さんは出ていったのか?
「ほぉ。自力で桃子を追い出すとはな。萌花よりイタコの才があるやもしれん。こんな逸材がおったとはな」
ばあさんが感心したように悠花を見つめる。このばあさん、本気で悠花をスカウトしそうだな。まあ悠花がそれを承諾するとは思えんが。
「そういえば、母さんは何を言おうとしてたんだ?」
「い、今はそんなこと気にしている時じゃないでしょう! 早く警察に連絡して、救急車を呼ばないと」
この中では一番の常識人であろう悠花が、まともな提案をする。確かにそうだ。人の命にかかわることだ。急を要する。
オレは真坂鈴を見た。意識はしっかりとしている。どうやら致命傷は免れたようだな。どこからかパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。
あれだけ発砲すれば、誰かが警察に通報するってもんだよな。しかし、この状況をどう警察に説明すればいいんだ?
すると、ばあさんが恐ろしいことを口走った。
「ここから逃げるよ」
「逃げる?」
「ここにアタシたちはいなかった。その方は丸く収まるってもんだろう」
「いや、そうかもしれないが。どうやってここから逃げるんだよ? 警察はもうそこまで来てるんだぜ」
「それなら私に任せて」
今までずっと口を閉ざしていた夏恋がやっとしゃべった。珍しいな。いつもだったらいの一番に「すごいわ、翔ちゃん」とか言って大喜びする奴なのに。
「私が担いで塀を越えれば」
「けど、三人は無理だろう?」
「アタシは自分で越えられるから大丈夫さ」
平然と言ってのけるばあさんにもう突っ込む気にはなれない。このばあさんに不可能という文字はないのか?
結果、夏恋がオレと悠花を担いで、ばあさんは単独で、パトカーがやってくる逆方向から塀を越えて岩金邸を脱出したのだった。




