第3章 牛丼と牛乳-2
店長の質問攻めからやっと解放されて家に着いたのは二十三時近かった。
ダイニングテーブルの上には夏恋からのメモ書きが置いてあった。
――今夜は教授の付き添いで帰れないの。だから、夕飯は冷蔵庫に入れてあるからチンしてね。あ、ちなみに、今回は萌花ちゃんに教わって作ってみました~。
萌花という文字を見ただけで俺の胸が高鳴った。やっぱり店長が言ったようにオレは萌花のことを好きになっちまったのか?
冷蔵庫を開けてみると、鳥のから揚げが皿の上でひしめき合っていた。こんなに大量に作って誰が食うんだよ?
「あのバカ女、これを作るためにオレをさっさと追いやったのか」
萌花に教わって作ったって書いてあったな。
オレは鳥のから揚げを一つつまんで口に入れた。
「…………」
美味いような不味いような微妙な味だった。萌花は料理が上手いはずなのに、どうしてこんな味になるんだ? 答えは簡単だ。作ったのは夏恋。あいつの味付けが下手だったにすぎない。でも、何だろうか。この懐かしい味は。
とにかく、今日はいろんなことがありすぎて疲れた。
もう寝ちまおう。
しかし、時間が経つにつれ、脳がどんどん冴えてきて眠れずにいた。
夜風になびいたカーテンの隙間からもれる月の明かりが気になり、虫の鳴く声までも耳について離れなくなる。
「だーっ! くそ、いったい何だっていうんだよ?」
オレはベッドの上で半身を起こして頭をかきむしった。
オレは喉の渇きを癒すために、キッチンに下りた。冷蔵庫を開けると、鳥のから揚げの脂っこい臭いが鼻につく。
「あ、牛乳がねぇ」
バタバタしてたから、帰りにコンビニで買うのを忘れてたな。
どうせ眠れねぇだし、これからコンビニまで買いに行ってくるか。
ついてない時はとことんついていない。
近所のコンビニに行くと、牛乳が売り切れていた。仕方なく、もう一件先のコンビニに行ってみると、ここも売り切れだった。
ったく、どいつもこいつもオレをイライラさせやがるぜ。
だが、こうなったら意地でも牛乳を見つけ出して買ってやる。
自転車に乗ってコンビニをはしごして、結局尾仁市と福永市の境にある二十四時間営業のスーパーで牛乳を買った。こんなことなら最初っからスーパーに行けばよかったぜ。
冷静になればすぐ気付くことだというのに、労力の無駄遣いをしちまった。おかげで余計な汗はかいちまうし、踏んだり蹴ったりだ。
もう日付が変わる時間帯だっていうのに、この辺りは二十四時間営業のファミレスやスーパーがあるせいか人通りが絶えない。
「げっ」
オレはファミレスの裏口から出てきたウエイトレス姿の悠花を見つけて、スーパーの駐車場に停めてあった車の陰に思わず身をひそめた。
ちょっと待て。どうしてオレが隠れなきゃならないんだ? 昼間、悠花に頬を叩かれたからといって、別にオレが卑屈になることはないはずだ。悪いのは夏恋なんだし。
けど、今あいつと顔を合わせるのは面倒だな。
それにしても、悠花の奴こんな夜遅くまでアルバイトやってんのか? でも、店長の話じゃ高校生は深夜のバイトはできねぇはずなんだが。
ま、オレには関係ないか。
などと黙考しているうちに車が爆音と共に発進していった。あまりの音の大きさに悠花がこっちを向く。
視線が合い、悠花がすっ飛んできた。
またオレの頬を引っ叩くつもりなのか?
「見なかったことにして」
「は?」
オレの予想に反して、悠花は両手合せて懇願してきた。
昼間の態度との違いにオレは唖然とした。
「見なかったことにしてって言ってるのよ!」
困惑しているオレに必死の形相で訴えかけてきた。
悠花の話によると、深夜に働きたいがために年齢を偽ってファミレスでアルバイトをしているということだった。深夜シフトの時給は高いだけに、魅力的であるのはわかるが、何にも年齢を偽ってまで働くことはないだろうに。
そういえば、トサケンの話だと、学費を稼いでいるって言っていたな。
「深夜に働いてたら家族にばれるだろう?」
「叔父さんたちには友達の家でお泊り勉強会をするって言ってあるわ。深夜シフトは週に一回だけだから。我が子のように育ててくれた叔父さんたちにウソをつくのは気が引けるけどね」
「ふーん」
育ててくれた叔父さんのために、ってわけか。親父と仲が悪いから金を稼いで独立しようとしているオレとは大違いだな。
「と、とにかく、年齢がばれてクビになるのは困るのよ。これ口止め料!」
悠花は数枚の紙切れをオレに手渡すと、さっさとファミレスに戻っていく。
「あ、それと。昼間ぶったことは謝るつもりないわよ。悪いのは大河くんなんだから」
と、しっかりつけ加えて。
かわいくねぇ女。姉の萌花とは大違いだな。けど、あいつも誰かのために頑張ってんだな。ただそれを表に出さないだけで。
少しだけ悠花に対する印象が変わった。
オレは手の中に残った紙切れを見た。
ドリンクバー無料券。
安い口止め料だな。
オレは苦笑して、サービス券をジーパンのポケットに突っ込んだ。




