プロローグ
世界を真っ白な無へと変えてしまう雪が、大河翔――オレは大嫌いだった。
母さんの命を奪った雪。
巨大な火炎放射器でもあれば蒸発させて、雪の存在そのものを消去させたいくらいだった。
そして、オレにはもう一つ嫌いなものがあった。
親父だ。
どこぞの大学で教授なんて肩書きをもらって、オレが物心ついた頃から大学の研究室にこもってばかりで家には帰ってこなかった。そのせいで、母さんは毎日のように着替えや差し入れを届けに行っていた。
六年前のあの冬の日。雪が積もっていたにも関わらず、母さんは親父のもとへ行こうとしていた。そして、スリップした車にはねられて死んだ。
親父が毎日家に帰ってきてくれさえすれば母さんは事故に遭わずにすんだ。親父は夢を実現するためにがんばっている立派な人間だと母さんは口癖のように言っていたけど、オレに言わせれば現実逃避しているただの腰抜け野郎だ。
あの日からオレはずっと親父のことを憎んでいる。しかし、親父はオレが罵声を浴びせても、いつものらりくらりと笑うだけで何も言わない。そんな親父の言動がますますオレの憎悪を増長させた。
中学に入ってからは、親父へのフラストレーションを解消するためケンカばかりしていた。ケンカするたびに親父は学校に呼び出されたが、オレを叱るわけでもなく、「わんぱくな年頃ですから」と言って生徒指導の先生が呆れるくらい親バカぶりを披露した。
中学二年生になる頃には『瞬脚殺の大河』なんて変な通り名までつけられるようになっていた。
気付けば、学校内で生徒たちが畏怖の念を抱いてオレを見るようになっていた。中にはオレを仲間に引き入れて学校内での派閥争いを優位にしようとする輩もいたが、オレは誰ともつるむつもりはなかった。弱い奴らほど徒党を組みたがる。利用されるのはまっぴらごめんだ。
そのうちケンカをする相手が中学生から高校生へと変わっていったが、親父は相変わらずだった。オレが警察に補導されても「やんちゃな年頃ですから」と言って、たまたま担当だった熱血感の強い警官を憤慨させた。その後で親父はその警官から父親としての責務をこってりと叩きこまれたらしい。
けど、親父は何も変わらなかった。
高校生になってからはケンカをする相手が見つからなくなった。まあオレとしても入学早々退学にはなりたくはないからちょうどいいんだが、おかげでオレのイライラはどんどん募っていくばかりだった。
夏休みになってラジオ体操に行く子供たちの騒がしい声と蝉の鳴き声が聞こえてくるのが毎朝の定番になっていた。
オレは親父を殺す夢を見るようになっていた。
いつからだろうか? こんな夢を見るようになったのは。
見たくもない悪夢にうなされて目を覚ます。
最悪な朝がここ何年か続いていた。
しかし、今朝はいつもと違った。