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伊吹、この世の地獄を見る 4

 黒ローブというのがやはり悪いのだと思う。

 どう見たって悪魔とか信仰していそうに見えてしまう。余計な先入観を持ってしまっても仕方が無い。筈だ。そんな黒魔術系の男たちに囲まれたら、「消される」と思うだろう普通。

 しかし彼らはこう言った。

「財布を落とされたそうですね。探すの手伝いますよ」

 思わずぽかんとしてしまった。

 今更財布なんて落としていないどころか、持って来てすらいないとは言えない。


「見つかりませんね。後は、どの辺りに行きましたか」と親切に聞いてくる人達を無下にするわけにもいかず、伊吹とフィオーネは気まずい思いで、ありもしない財布を捜し続けるはめになっていた。何度かもう良いですと言ったのだが、聞き入れられない。無駄な親切心に心が痛い。

 纏められた落ち葉を掻き分けながら、伊吹は溜息を吐いた。

 もう帰りたい。

 傍で同じような作業をしているフィオーネの苦笑を見るたび、埋まりたい気持ちになってくる。自己嫌悪で死にそうだ。しかし、伊吹はこういう思いには慣れていた。

 いつだって、後悔ばかりしている。


 限りなく続くかと思われた苦行の時間に終止符を打ったのは、遠くから響く笛の音らしきものだった。ひゅーと響く微かな音に、黒ローブ集団は顔を上げた。

「ああ、時間のようですね」

「そのようです。務めを果たさなければ」

 何か仕事があるらしい。

「すみません、最後までお手伝いできず」

「いいえ、充分です。ありがとうございました」

 助かった。そんな思いを胸に、伊吹は笑顔を取り繕い、去っていく3人を見送った。3人、だ。残りの2人は未だ伊吹とフィオーネの前に立っている。

 疑問はすぐに解消された。

 背の高い2人の男が、黒ローブの裾から大振りなナイフを取り出したからだ。果物を剥くにはどうみても不向きなぎざぎざの刃。肉を切るにはどうだろう……いかにも痛そうだ。


 安心させて突き落とすパターンかよ。


「何のつもり」

 硬直する伊吹と違い、フィオーネは気丈に2人を睨みつけている。流石に年下の女性に庇われるのはどうかと思うが、動けない。

 現在地は聖殿より離れた林の近く。林と言っても木々は細く、疎らに生えている為見晴らしは良い。黄色と白の花の咲く細長い花壇に囲まれた細い道を外れた芝生の中。近くに障害物になりそうなものはなかった。

 他よりも高いこの場所からは、遠くまで見渡す事ができる。薄っすらとした山や、青く茂る畑に、疎らに立つ民家等。

 空が青い。

 残念ながら人気は無い。


 いるのか?


 疑いつつも、信じて時間を稼ぐしかなかった。

「何故?」

「……今日が試練の始まりの日。復活を止めるため、あらゆる障害が振りかかる」

 何のことだ。

 額から髪が薄くなっている男が緊張した面持ちで、手にしたナイフを握りなおす。

「全ては聖典にある通りに」

「巨人の脅し、竜の吐き出す炎、水魔の起こす洪水、魔女の誘惑、それにピトリツアの虚言」

 ……まずい、良く分からない単語がそろい踏みだ。巨人に、水魔?ピトリツアっていうのは何だ。

「何が言いたいのか分からないわ」

 険しい顔でフィオーネが言う。どうやら、言葉の問題ではなかったようだ。

「クリオーセは仰られました。貴方方がピトリツアかどうかを確かめよ、と。財布を捜し、見つからなければ、それはピトリツアである証。虚言で惑わす敵を滅ぼせと」

 相変わらず何を言いたいのか分からない。

 しかし、1つ分かったこともある。つまりこうなった原因は、伊吹のついた嘘にあるのか。嘘つきは泥棒の始まりというが、この世界では嘘つきはピトリツアの始まりらしい。何だそれ。

 ピトリツアが何かはこの際置いておくとして、嘘をついたから殺すというのはあまりに過激だ。

 大体、

「根拠が弱い」

「何?」

「俺が嘘をついたという根拠だ。財布が見つからなかったから何なんだ。誰かが財布を拾っていたら?まだ探していない場所にあったとしたら?人一人を殺すのに、そんないい加減なことで良いのか」

「……黙れ、ピトリツアめ!」

 激昂する黒ローブその2。痛いところを突かれると、人というのは大体怒る。これは異世界でも同じらしい。

 とか、暢気に考察している場合ではなかった。黒ローブその2がそのまま勢いでナイフを振り回してきたのだ。

「!」

 近くにいたのはフィオーネだ。

「フィオーネ!」

 フィオーネは素早く動いた。振り下ろされたナイフからさっと身をかわし、体を捻って向きを変える。そして左足で踏み込み体勢を低くして、背後から男の足を右足で払った。倒れた男の背中に勢い良く飛び乗ると、男はぐえっと苦しげな声を上げた。

 強い。

 呆気に取られていた伊吹を見たフィオーネが、はっと表情を硬くした。

「イブキさん!」

 それで、伊吹も漸く気がついた。もう1人の男が伊吹に向ってナイフを突き出し迫ってきていた。咄嗟によけようとするが、足が縺れる。

 よろけながら、伊吹は空に煌く金属の光を見た。

 ナイフが伊吹に届くよりも先に、落ちてきた網が黒ローブその1を捕らえる。正に間一髪のところだった。足元で、網に絡め取られてもがく男から、距離を取る。全身が強張っていた。早鐘を打つ心臓が治まらない。

 一体、何なんだよ。

 もう少しでその場に座り込みそうになるところを、何とか耐えていた。微かな風の音と共に、空を切り取ったような四角い板が降りてくる。この世界で見慣れた乗り物、ジバに乗っていたのは皮で出来た胸当てのようなものをした、黒い髭の男だった。

 一言で言えばごつい。四角い顔に太い眉、目は黒目が小さい為か、やけに鋭く見える。黒い髪をオールバックのように後ろに撫で付けた姿は、堅気の人間とは思えない雰囲気があった。

 知らない顔だが、何者かは見当がつく。

 伊吹につけられた警護の者、の筈だ。

 男は網で捕らえた黒ローブの背中を思い切り踏みつけて動きを封じると、鋭い目で伊吹を振り返った。


 味方、だよな。


 一瞬緊張が走った。

「いやぁ、危ないところっしたねー」

 鋭い容貌に似合わない軽い調子で声を掛けられ、思わず肩の力が抜けた。

「……ずっと、いたんですよね」

 そういう約束だった。助けるのが遅くないか、そういう意図を含めた言葉に気がついたうえで、男は分厚い肩を大げさに竦めた。その仕草がまた人をイラっとさせる。

「いましたよー、ちゃんとタイミング図って出ようってずっと見てました。相手が何者かも見極めてから動かないと、何せこっちは1人だし」

 1人……リザレットは数名とか言っていなかったか。眉を顰めた伊吹に、男はのんびりと伝えた。

「後の2人は聖殿の中にいるんすよ。てっきりそっちに留まると思ってたもんで。なのにアンタらぎりぎりで出て来ちまうから、こっちは焦りましたよ~、気づかれないように警護するってのは、結構大変なんっすよね~」

「………」

 これは嫌味だな。

「で?こいつらは一体何っすか。上で話聞いてた限りじゃ、さっぱり分からなかった」

「それは、俺にも分かりません。話は、この人達に」

 あ、とフィオーネの呆然とした声が聞こえた。そちらへ顔を向けると、青い顔をしたフィオーネが、押さえつけていた男から足をどけ、立ち上がるが見えた。その足元で、男は体を丸めるようにして、喉を掻き毟っている。顔色が赤紫色に変色し、口元から血の泡があふれ出した。

「おっと」

 警護の男が押さえつけていた男の首を押さえ、銀色の輪のようなものを頭部に取り付けた。びくり、と黒ローブの男の手足が震え、その後弛緩した。目を開いたまま、ぐったりと動かなくなった男は一見死んでいるようにも見えた。

「ちょっと動けなくしただけなんで、ご安心を。自殺されちゃ面倒すっから。ただこの状態にしちまうと、暫く話は聞けないのがまた面倒なんっすよね~」

 フィオーネの足元の男は、既に動かなくなっていた。敵に捕まった後情報を漏らさない為に自害したのか。この場合、第三者の手によって口封じされた可能性も考えられるが、一番近くにいたのはフィオーネだ。


 ……流石にそれは無いだろう。


「しかし、一体何が起こってるんですかねぇ」

 銀色のペンをかちかち鳴らしていた男が、首を横に振る。

「中にいる仲間に全く連絡つかないんすよ」

 どうやらペンではなく通信器具だったようだ。3人は、ほぼ同時に聖殿の方を見た。今まで気がつかなかったのが不思議なくらいだ。

 聖殿から火の手が上がっていた。

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