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神様の嫌がらせ(電撃大賞、一次落選)

作者: 佐藤コウキ
掲載日:2026/05/10

昔、電撃大賞に応募した作品を推敲した物です。

一次落選した作品です。

昔も今も文章力は変わっていないような。



「タカユキ君」

 猫の鳴き声のように可愛く、ソプラノのよう張りのある声に振り向くと、同級生の陽子がいた。

 セーラー服がこの上なく似合っている美少女。目が大きくて子猫を連想させる。

 初夏の緩やかな風が、彼女のスカートを揺らしている。夏服に衣替えしたばかりで、白い上着の胸の盛り上がりが若さを主張しているようだ。

 どういうわけか僕と仲が良いんだ。

 付き合っている訳ではないが、家が近いので一緒に通学することが多い。

 僕は「おはよう」と挨拶を返しながら、無意識に彼女をサーチした。

 視線が彼女の足元から膝、短いスカートから出ている健康的な太ももへと移動し、さらに視点は、くびれたウェスト、豊かなバスト、そして長い黒髪を揺らして微笑んでいる表情へと登っていく。

 それは止まる事がなかった。

 彼女の頭上を過ぎ、電柱に乗っているトランスを通り過ぎ、僕の視界には朝の青空が広がった。

 ゴチッ。

「イタタタタ……」

 何かにつまずいて後ろ向きに転んでしまったのだ。

 僕の学生カバンが側溝に落ちている。

 近くを歩いていた若いサラリーマンが僕を見て笑っていた。

 僕は後頭部を押さえて上半身を起こした。

「大丈夫?」

 洋子が心配そうに近寄ってきた。

 短いスカートから下着が見えそうだ。

 ラッキー。

 でも、見えたのは黒いブルマーだった。

 何だ、ガードしているのか。やっぱり、アンラッキー……。

「ほら、つかまって」

 体をかがめて差し出された白い手。

 それを握ると、彼女の細くて柔らかい指が僕の手に絡まって、僕はゆっくりと立ち上がる。

 僕は小柄だったから、彼女にそんなに負担はかけていないだろう。引き起こすのに必要なベクトルの七割は自分の両足に、残りの三割は彼女の細腕に負担させている。

 しかし、立ち上がる事は出来なかった。

 手が滑り、僕はまた、後頭部をアスファルトに打ちつけてしまったんだ。

「イター!」

「ごめん、手が滑っちゃったね」

 少女は、笑っているような、眉を寄せて済まなそうにしているような、微妙な苦笑を浮かべて上体を伸ばす。

 僕は道路に寝そべったまま、ため息をついた。彼女がわざとやったわけではない事は確信している。僕の方に問題があるのだ。

 頭を持ち上げると陽子のスカートの中が丸見えで、ふっくらとした健康的な足を見ながら地面に手を付いて体を起こす。

 視線の高さが彼女の太ももくらいになり、ブルマーがアップになった。

 目が離せない。微妙なラインがゆるりと動く。

 高校二年生にもなると、もう大人だ。

 ああ、やはり男とは違うんだな、と思いながら、膝を曲げて足に体重をかけ、立ち上がろうとする。

「何、見てんのよ! エッチ」

 そう言って僕の頭をペチリと軽く張り手。

 怒ってはいないようだ。少女の目は笑っている。

 直立する途中にあり、かがんだ状態になっていた僕の体は、その小さな衝撃によってバランスを崩し、両手を振り回しながら後方にのんびりと倒れていった。

 ゴツン。

「イテー!」


 このように朝から二流のギャグ芝居をやっているのは偶然ではない。僕が不幸なのは、いつもの事なのだ。

 僕は運が悪い。

 いつから始まったのか、僕の記憶部屋には不幸なメモリーが満載だ。

 家を出ると足に黒猫がじゃれついてくるし、靴の紐が切れるのは日常だった。

 だから、今はマジックテープで止めるスニーカーを履いている。

 僕の体には生傷が絶えない。

 横断歩道を渡っていると、信号無視の車が突っ込んでくることも何度かあり、僕はアクションスターのごとく横に飛んで難を逃れた。それで大ケガをしなかったのが不思議なほどだった。


「ごめーん。倒れるとは思わなかったから」

 陽子の笑顔がまぶしい。今にも吹き出しそうな顔だった。

 いいさ、笑ってくれ。これくらいで喜んでくれるんだったら安いものさ。

 彼女は僕の後ろに回り、ほっそりした両手を僕の脇の下に入れて抱き起そうとしている。陽子の胸のふくらみが背中に当たり、薄いワイシャツを通して柔らかい感触が伝わってきた。

「ありがとう」

 そう言った僕の心臓の鼓動が速い。シャンプーなのか、例えようのない甘い香りがした。

「いいえ、どういたしまして。早くしないと学校に遅れるよ」

 彼女は側溝に落ちていた僕のカバンを拾い上げようとした。

「ああ、いいよ。僕がやるから」

 そう言って彼女を押しのけるようにしてカバンを拾う。それは濡れていたので、彼女の服が汚れるかと心配したのだ。

 小学生の男の子がこちらを見てニヤついている。

 あっちに行けよ。

 僕の心の声が伝わったのか、ランドセルの中身をカタカタいわせて走っていった。


  *


 僕たちは早足で駅に向かった。

 陽子が改札にカードをタッチして、通り過ぎる。

 僕もその後に付いて、改札機にカードをタッチしたが、アラーム音と共にバーに止められてしまった。

 後ろから来たおじさんが、勢い余って僕の背中に当たる。

 ちっと言って、その男は下がり、隣の改札に回った。

 僕はカードを持って駅員の所に行ったが、定期券の期限は切れていなかった。

「どうしたのよ」

 陽子は階段の前で待っていた。

「いつもの事さ」

 そう言って僕は階段を下りてホームに向かう。

 今までに、こういった事はたくさんあった。

 何者かが僕に嫌がらせをしているんだ。


 駅を出て高校に向かう。

 遅刻にはならずに門を通過した。

 僕が下駄箱を開けると、手紙が入っていた。

 花のプリントがたくさんある少女趣味の封筒に、可愛い丸文字で僕の名前が書いてある。 

 陽子が覗きこむ。

「え、もしかしてラブレター?」

 手紙を裏返したが、差出人は書いていない。

 僕はそれを握りつぶすと、近くに置いてあったゴミ箱に放り込んだ。

「ちょっと何をするのよ」

 陽子はあわててゴミ箱から手紙を拾いだした。

「いくら興味がないからって、捨てることはないでしょう。とりあえずきちんと読むべきよ」

 正論を言う彼女に向かって、僕は不機嫌な声で説明した。

「それは誰かのいたずらだよ。僕なんかに手紙を出す女子生徒なんているはずがない」

「本物だったらどうするの?」

 陽子は手紙のしわを伸ばしている。

 僕は無造作に手紙をつかみ取ると人差し指をペーパーナイフ代わりにして、それを乱雑に開封した。

 中には折りたたんだ紙が入っていて、それを開くと宛先の文字と同じ筆跡で、放課後に会いたいという内容が書いてあった。

「会いに行くの?」

 陽子の顔が近い。息がかかるくらいの距離で、僕が持っている手紙を読んでいた。

「だから、いたずらだってば。僕がそんなにモテるはずがないよ」

 手紙を彼女に渡した。少し離れてくれないと彼女の発するオーラに耐えられない。

「そうかな……。結構、隆幸は可愛いと思うんだけどな」

 心臓が一瞬、大きく震えた。

 そんな事を言われたのは初めてだ。鏡で見ても美形とはとても思えない。低めの身長に平凡な顔、それに学校の成績もパッとしない。そんな自分が女の子に告白されるはずがない。

 陽子のような美人と仲良くしている事が奇跡の様なものだ。

「とりあえず、放課後、屋上に行ってみれば?」

 陽子の表情に嫉妬は見ることができない。どうせ僕なんかは友達の域を出ないんだ。

「その紙を見てみなよ」

 僕は手紙を指さした。

「ノートの切れ端を使っている。仮にも思い人に手紙を出すんだったら、きちんとした便せんを使うだろう。まさか、ノートを破って自分の思いを書くなんてできないはずさ」

 陽子は手紙を持ったまま軽く眉を寄せてうなずく。

 教室に向かう生徒たちが、あわただしく横を通り過ぎていった。


 こういった事は以前にもあった。

 その時は完全に信用して、放課後に胸を高鳴らせて屋上に続く階段を上ったのだ。

 だがしかし、僕を待っていたのは、いたずら好きのクラスメイトたちであって、いじらしげに立っている花の乙女ではなかった。

 彼らは僕を見て爆笑していた。いたずらとしては定番で、ひねりがなかったな。

「お前がそんなにモテるわけないだろ」

 僕を指さしてバカにする。

 その手紙の文字は少女のものだった。内容は女の子に書いてもらったのだろう。その子は何を考えて文章をつづったのだろうか。

 僕は唖然として立ちすくむだけだった。泣きたいような、怒りたいような、その時の気持ちは今でも忘れない……。


 授業開始の予鈴が鳴った。

 僕は手紙を強く丸めこんで、再度ゴミ箱に投げ込んだ。

 何者かが僕に嫌がらせをしている。

 僕たちは教室に急いだ。


 教室に入り、窓際で後方の席に着いた。

 隅では数人の男子生徒がこちらを見てニヤニヤ笑っている。

 あいつらが手紙を入れたのか。

 まったく、下らないことで喜ぶ安っぽい奴らだ。

 積極的に他人をバカにして楽しんでいる人間は低能だ。自分が求める物を自分以外から求めている。夢を自分で作り出すことができない輩なのだ。

 僕は、斜め前の席でノートに何かを書いている直子を見た。お下げでメガネをかけ、お世辞にも可愛いとは言えない女の子だ。

 彼女の様に、小説家になる夢を持ち、ひたすら小説を書いて応募しているような人間は他人をバカにしたりしない。自分が欲しがる物を自分の中に探すことができるからだ。

 それに比べて、自分が空っぽで他人から与えてもらわないと満足できない人間は常に他人を攻撃する。直子のように需要と供給が自分の中だけで完結できないのだ。


 一時間目は英語の授業。

 窓際、後方の席に座っている僕は教科書をざっと予習していた。

 どうせ必ず僕が当てられる。だから、事前に準備しておく。

 英語の先生が入ってきた。

「起立、礼、着席」

 いつもの定番コールが日直によって号令される。

 なぜ毎度、お辞儀しなければならないのか。そんなに先生は偉いのかな?

 中年の男に対して、人生の先輩として敬意を表すというのか。

 公務員だから生活の不安は少ない。学校という限られた職場で働いているので、社会の荒波に翻弄されてきたわけでもない。人生経験が限定されている人間に対して、この人は偉い人なんだという意識を刷り込まれるのはどういったもんだろう。

 一度、公園でダンボールハウスに居住している汚れたおじさんを呼んできて、人生について講釈してもらった方が僕たちの役に立つのではないかと思う。

 そういった疑問を頭に浮かべていると、先生が教科書のページをめくって言った。

「じゃあ、出席番号二十五番。三十五ページから読んでくれるか」

 僕の事だ。

 分かっていたので、はいと返事をして僕は教科書の英文を読み上げ始める。

 僕が先生に指名される確率は非常に高い。なぜなら運が悪いからだ。

 他の生徒も先生も意識していないようだが、僕は明確に認識している。


 午前の授業が終わった後、ノートなどを机に入れていると陽子が僕の机に歩み寄ってきた。

「お昼ご飯はどうするの」

 彼女は可愛い袋に入っている、弁当箱と思われる物を二つ持っている。

 まさか!

「母さんは出張だから、この頃は食堂のパンかな……」

 陽子の顔が明るくなったような気がした。

「だったら、私のお弁当を分けてあげる。一緒に屋上のベンチでどうかな……」

 やったー!

 僕は心中の激動を顔に出さないように努力。

 隣の女子が横目で僕たちを見ている。

「ああ、いいよ」

 そう言葉を発するのがやっとだよ。

 僕は陽子の後に付いて、教室を出て行った。僕の体はギクシャクして右足と右手が一緒に出ていたのではないか。動揺しすぎて屋上に着くまでの記憶が定かではない。

 童貞ボーイの僕としては、このようなイベントは人生における大事件なんだ。


 校舎の屋上に出ると、初夏の青空が広がり、緩やかに風が吹いていた。

 都会からは離れているので、フェンス越しに見える風景には緑が多い。

 屋上は人影が少なかった。数組のカップルが仲良く昼食をとったり話しこんでいたりしている。

 僕たちは端に設置してあるベンチに腰掛けた。

 差し出された包みを広げると、ご飯とおかずがセットになったもの。

 ああ良かった。おかずだけだったら、食堂に行ってパンでも買ってこなければならないところだ。それでは時間をロスしてしまう。

 僕が食べ始めるのを陽子はチラチラと横目で盗み見ていた。

「おいしい?」

 心配そうに尋ねる。

「うん、旨いよ」

 反射的に答えた。

 良かったと言って、彼女も箸を進める。

 その弁当は、まずいというほどでもなかったが、旨いというほどでもない。味が単純で、母さんの作った物と比べると深い味わいがない。多分、隠し味などは考慮していない初心者の調理品だったのだろう。

 しかし、僕にとってはそんな事はどうでも良い。

 彼女が作った物なら、豚のエサでも可食物でなくても、おいしいと言って胃袋に叩きこむつもりだったから。


 食事が終わり、僕は弁当箱を袋に入れた。

 ペットボトルのお茶を飲みながら、しばしの沈黙。

「ねえ、隆幸君は彼女とかいるの?」

 飲んでいたお茶が喉で一時停止。

 そして、何事もなかったように、それを飲み下した。

「いないけど……」

 どうして陽子はそんな事を聞いたのだろうか。

 年頃の女の子は、そういったことに強い興味を示すだけさ。自分にそう思い込ませて、余計な期待を退けた。

 アニメのような都合の良い展開が待っているはずがない。僕は運が悪いんだぞ。

「男の友達もいないよね」

「……」


 僕が友人を作ろうとしないのには理由がある。

 何度も言うように僕は運が悪い。

 自分だけで完結する災いなら良いけれど、他人も巻き込むような災難だと周りの人間も危険な目に合わせてしまう。僕だけなら何とか切り抜けることができるが一般人は、そうもいかないだろう。

 ケガをして病院送りになるか、下手をしたら冥界送りになるかもしれない。

 それを考えると、同級生と仲良くすることに躊躇するのだ。

 僕だって友達が欲しいと思う。特に女友達が欲しくて仕方がない。陽子がそれになってくれれば最高なのだが、彼女は高根の花だ。競争率が高すぎる。


「神様って、いると思う?」

 少し黙りこんでから僕が言ったセリフに、陽子は大きな目をさらに見開いた。

「うーん、どうかな……。いるんじゃないのかしら」

 戸惑いがはっきりと見て取れる。

「僕は存在すると思う。そして、それは皆が考えているような立派な者ではなく、適当でいい加減な性格を持っているのさ」

 陽子は何も言わずに僕を見つめていた。

「第一、地球には無数の生物がいるのに、人類だけに神様が肩入れするのは変だろ」

 僕は続ける。

「神は人間をペットの様に思っているのさ。そして、面白半分でいじめたりしている。僕なんかは特にお気に入りで、念入りに嫌がらせをされているんだ」

「そうかな……」

 僕の悲壮な表情を見て、陽子はそう言うのが精いっぱいのようだ。

「そうだよ。僕をいじめて楽しんでいる。それが神様の趣味なんだよ」

 空を見上げると、青く高く澄みきっている。でも、僕の心は年がら年中曇り空だ。

「うーんと、その……。違うんじゃないかなあ。確かに隆幸君は運が悪いと思うんだけど、それは要領が良くないというかマーフィーの法則というか……」

 彼女は僕を慰めているつもりなのか。

「だったら、神の存在を証明してやるよ」

 僕は立ち上がり、屋上の端に向けて歩いていく。

 二メートルほどのフェンスをよじ登り、建物の端に降りた。

 空には薄い雲が流れていて、遠くを見ると山のラインがぼやけている。

 そして、下を見ると花壇があり、花が咲いていた。四階建ての屋上から飛び降りれば、落ちた場所が柔らかい地面でも死は確実だ。

「何、やってんのよ! バカなことはやめなさい!」

 金網に指をかけ、陽子が叫ぶ。

「大丈夫。心配しないで黙って見ていてよ」

 僕は冷静だ。いや、少しヤケになっているのかも。

「お願いだから、こっちに来て。ねえ、私は何でもしてあげるから」

 指を伸ばすが、僕の体には届かない。

 死んでもいいや。

 前を向いて、何もない空中に右足を踏み出した。

 落下。

 僕は無重力を体感する。

「キャー!」

 後ろから陽子の叫び声。

 ガクンと衝撃を受け、僕の体は空中にぶら下がった。

 手抜き工事なのか、コンクリートの壁から鉄筋が飛び出していて、僕のベルトが引っかかっている。

 ハアとため息をつき、僕は身をよじって屋上の端に手をかけた。

 何とかよじ登ると、フェンスのそばで陽子がペタンと座り込んでいる。

「ほら、大丈夫だったろ」

 僕は安心させるように笑って言ったのだが、彼女は目に涙を浮かべて僕を睨みつけている。

 金網を上り、陽子がいる安全地帯に飛び降りた。

「バカ!」

 平手が僕の頬を叩いた。

「バカ、バカ、バカ、バカ」

 そう言って僕の肩を激しく揺する。頬の熱さが陽子の心配の深さを示す。

 彼女の流す涙を見ていると、悪い事をしたなという後悔が湧きあがった。

「平気なんだよ。僕が死ぬことはない」

「なんでそんな事が言えるのよ!」

 顔が涙でぬれている。

 不謹慎にも僕は、そんな陽子が可愛いと思ってしまう。

「だって、神様はお気に入りのおもちゃを壊すことはしないのさ。僕をいじめる楽しみがなくなってしまうからね」

 彼女は僕の肩に両手を置いたまま何も言わず、うつむいて涙を落していた。

「ペットに意地悪をしても、殺すまではしないだろ」

 遠くのベンチに座っていたカップルが何事かとこちらを見ている。

 屋上に風が吹いて、陽子のスカートを揺らす。

 無言の彼女。それが僕の胸を締め付ける。

 驚かせてしまったかな。悪い事をしたかな。

「ごめん……」

 僕はもう、それしか言葉が思いつかない。

 それは静かな昼下がりだった……。


  *


 放課後、僕は陽子と一緒に校門を出た。

 心が舞い上がってしまって僕はギクシャクと歩く。

 家が近いので、登校するときは二人で来る事はあるが、帰りに肩を並べるのは初めてだった。

 他の生徒が僕たちを見ているような気がする。学校を出てしばらくしてから、ようやく僕の心が落ち着いた。


「一緒に来てほしいの」

 それが理由だった。

 昼休みに行った神様の存在証明実験の後、彼女の態度が明らかに変化している。

 思いつめたようになり、僕をどこかに連れて行きたいようだった。

 駅に向かう道はいつもと風景が違う。陽子と一緒に歩いている、それだけで世界が変わって見えるような……。

 横断歩道の信号は赤。僕たちは何も言わず、立ち止っていた。

(どこに連れて行かれるのだろう)

 どこに行くの、と尋ねればいいだけの話だが、なんとなく聞きにくい。


 歩行者用の信号が緑になった。

 先に陽子が横断歩道を歩きだす。

 その後に付いていくと、来るかな? という予感が走った。

 何度も危険な目にあっていると、生物が生まれながらに持っている防衛本能が研ぎ澄まされるのか。

 左を振り向くと、白い乗用車がこちらに向かってくる。減速する気配がない。

「陽子さん! 先に行って」

 僕は思い切り、彼女の背中を押した。

「キャッ」

 陽子は、つまずきそうになりながら歩道に渡った。

 車が突進してくる。僕は逃げない。

 運転席の男の引きつった顔が見える距離まで近づく。多分、居眠りしていたのだろう。

 キッキー!

 激しいブレーキ音。

 白い車が僕の目の前に迫る。

 僕は動かない。

 ボンネットのエンブレムが確認できるほどの距離。

 それは僕の直前で急に方向を変えた。

 ガシャーン!

 鉄がひしゃげる音とガラスの割れる音が混じった衝突音。

 車は僕をかすめるようにしてガードレールに激突したのだ。

 僕は無事だった。陽子の方を見るとカバンを落とし、茫然として立ちすくんでいる。

 バンパーとボンネットがひしゃげた車に近づく。運転席では、膨らんだエアバッグに挟まれて若い男がもがいていた。

「大丈夫?」

 陽子が恐る恐る近づいてきて言った。

「心配ないみたいだよ。ちゃんと生きているよ」

 僕も運転手も命に別条はないという意味だ。

「さあ、行こうか」

 我ながらあっけらかんとした言い方。

 僕はその場を離れようとした。

「放っておいてもいいの?」

 運転手は何とか車から脱出した。

「面倒になるから逃げることにしよう」

 僕は何事もなかったかのように駅を目指した。

 後ろを振り向きながら陽子が付いてくる。

 現場近くでは、通りすがりのおばさんが携帯電話で話している。

 しばらく歩いていると、遠くから救急車のサイレンが聞こえてきた。


 神のもくろみは失敗したな。

 つまり、車に驚いて僕が逃げるとき、つまずいてゴロゴロ転がり、かすり傷だらけになることを期待したのだろう。それを見て天界で大笑いするつもりだったのか。

 いつも、いつも、思うように踊ってたまるかってんだ。僕を殺せないのなら、対抗する手段はいくらでもある。


 僕たちは電車に乗り、いつも降りる二つ先の駅まで行った。

 駅を出て、人通りの少ない道を進む。


「僕には近寄らない方がいいよ」

 その言葉を聞いて、陽子が振り返る。

「なんで、そんな事を言うの?」

「だって、分かるだろ。僕といると不幸の巻き添えを食ってしまう」

 彼女が立ち止まる。

「困っている友達を放っておくなんてできないわ」

 顔をゆがめて泣きそうな顔だった。

 友達か……。そうだよな。クラスメイトの関係というだけの話。ボランティアで僕を助けようというのだろう。

「僕は今まで一人でやってきたから平気だよ」

 陽子にケガをさせたくない。

「嫌よ。だって、隆幸君は私がいないとダメになりそうだもの」

 それは僕にとっての殺し文句だった。

 彼女の母性本能に甘えて、足元でゴロゴロしたい。こんな民家の少ない場所でも、そういったことはできる訳がないので、衝動を抑えるしかない。


 それからは黙って陽子の後に付いていく。

 しばらく、ローカルな雰囲気の道を歩くと、鳥居の前にたどり着いた。

「ここだわ」

 小さな山のふもと、看板には、くすのき神社と書いてある。

 木製の鳥居をくぐると、その先には長い石段が山の上の方に伸びていた。

 陽子は石段を登り始める。彼女の揺れるスカートから覗く白い足に引っ張られるように僕も上がっていく。

「ここの巫女さんは除霊の達人だとママから聞いているの」

 石段を上っているので、陽子は少し息が荒い。

「僕の悪い霊を祓ってくれるというのか」

 やれやれ……。僕は悪霊にとり付かれていると彼女は判断したわけだ。

 もっと偉大で厄介なものが原因だと思うんだけどな。

 石段を登りきると、向かい合った狛犬が僕たちを迎え、目の前に古びた神社が現れた。

 正面の門は閉まっていたので、裏口に回る。

「ごめんください」

 陽子の声に、出てきたのは白髪の老婆だった。

 小柄な僕よりも、さらに背が低い。長い髪を背中付近で結び、顔はしわだらけで着ている和服はくすんだ色をしている。

 しかし、その婆さんから発せられているオーラは並大抵な物ではない。細くて鋭い眼は物理的と言って良いほどの威圧を持った眼光を備えていた。

 この雰囲気、どっかで感じた事があるなあ。

 僕は大きな包丁を思い出す。それを持たせたら……うーん、そうだ、鬼婆だ。おとぎ話だったかな。山奥に住んで、迷いこんだ旅人を取って食らってしまう。ああ、そんな感じだな。

「あのう……、ママから連絡があったと思うんですけど……。ママの名前は……」

 萎縮している。陽子は心理的に圧迫されているようだ。

「話は聞いている。こちらへどうぞ」

 想像していたような鬼婆のトーンで僕たちを中に誘う。

 これなら期待できるかも。低級の悪霊なら顔を見ただけで退散するかもしれない。

 僕たちは広いお堂に通された。

 中央には座布団が敷いてあり、中学生くらいの女の子がチョコンと座っている。

 白い小袖に緋袴。巫女装束の少女は、根元に鈴が付いた三〇センチくらいの鉾を持っていた。神楽を舞う時に振る、舞鈴まいすずと言ったかな。

「美子や。このお方が悪霊に苦しんでおられるのじゃ」

 そう言って、僕を巫女の前に座らせた。

 鬼婆……じゃなかった、おばあさんが除霊してくれるのではないらしい。

 ミコという名前なのか、この中学生は。巫女なのでミコか……。安直なネーミングだな。

 可愛い顔をしている。小さな体に大きな目。それに小さめな口。鼻筋は通っていて、三年先が楽しみだ。髪は長く、ポニーテールにまとめている。

 ただ、胸が小さいのが……。これからの成長に期待するしかない。

「あなたの背後には強い霊が感じられるのです」

 巫女の言葉にハッとして思わず後ろを振り返る。板の間に座っている陽子と老婆が広い部屋の隅に見えるだけだ。

 手に持った舞鈴がシャリンと鳴った。

「では、さっそく悪い霊を祓ってあげるのです」

「あ、はい。よろしくお願いします」

 僕は居住まいを正して、少女に対する。

 美子は襟を直して目を閉じた。

「祓いたまえ~、清めたまえ~」

 彼女が舞鈴を振るたびに鈴が広い部屋に鳴り響く。

 しばらくすると、僕の体に異常が発生した。体の芯がぶるぶると震えてきたのだ。

 巫女の呼吸は速くなり、額を汗が流れる。

 僕は物理的に振動している。寒気で震えているのではない。見えない何かの力が衝突しているような気がする。

 僕はどうなるんだ?

 鈴の音が激しくなり、美子は立ち上がる。

 僕も冷たい汗を流していた。解析不能なパワーがせめぎ合い、体の奥にある何かが引きはがされる感覚。

 胸が苦しい。

 僕は両手を胸に当て、ワイシャツを握りしめる。

「隆幸君!」

 陽子の心配そうな声。

 身をよじって振り返ると、立ちあがろうとする彼女を老婆が押しとどめていた。その目は氷のように冷たくて冷静だった。

 鈴が頭の上で鳴り続ける。

 美子は僕の目の前に立っていて、必死に舞鈴を振る。

「祓いたまえ! 清めたまえ!」

 中学生女子の汗の香りが漂ってきた。

 目の前に、彼女の小ぶりの胸がアップになっている。鈴が鳴るたびに小さな胸のふくらみが揺れる。

 下着をつけていないのだろうか。

 こんな状況でも男は不謹慎だ。

 そのとき、美子に変化が起きた。

 舞鈴を取り落とし、床に不協和音を奏でる。

 のけぞるようにして両手を空中に伸ばし、苦しそうにあえぐ。

 その瞬間、僕は苦しみから解放された。両手を床板について、荒かった息を整える。体の中の葛藤が消えたよう。

「お、おい。大丈夫か」

 美子は胸元がはだけて、つま先立ちになった。まるで、何かに両手を持ち上げられているようだ。細い体の重心を考えると、重力バランスが明らかに不自然だった。

「キャー!」

 その途端、彼女の叫び声とともに巫女装束が千切れ飛んだ。

 少女はバタリと横向きに放り出される。白い布の切れ端が僕の目前を舞う。

「何なのこれ!」

 陽子が近寄ってきた。

 老婆はゆっくりと立ち上がり、美子に歩み寄った。

 そして、倒れている巫女の胸ぐらを乱暴につかんで持ち上げた。

「しっかりせんかい!」

 そう言って、女の子の頬をひっぱたく。

「ちょっと、おばあさん……」

 僕の言葉を無視して、美子の体を揺すった。

「除霊に失敗しおってからに。ああ、情けない」

 少女が目を覚ます。

「あ……、ごめん、おばあちゃん。霊の力が強すぎて……」

 老婆は片手で軽々と美子の上半身を持ち上げている。白い小袖は、大きく破れていて、横から胸が見えそうだ。

 僕は座ったまま位置をずらして、何とか女子中学生の裸を見ようとした。

「さあ、これを」

 どこから持ってきたのか、陽子がバスタオルを美子の体に巻いた。

 ちぇっ。

 ……僕も情けない性格をしている。


 しかし、やっぱり神様には勝てなかったようだ。人間の神通力程度ではゴッドパワーの足元にも及ばない。

 僕はずっと不幸なんだ。

 暗闇に落ちそうな心で僕は暗い確信をした。


  *


 神社を出て電車に乗り、いつもの駅に到着。

 駅を出て、しばらく歩いていると自宅の少し手前で雨が降ってきた。

「天気予報が外れるなんて珍しいわね」

 陽子がカバンを頭の上に置いて、走りだす。

「そうだね……」

 僕もその後に付いていく。

 神様の嫌がらせだ。こういったのは毎度のこと。

 駅を出る前に降ってくれれば、駅前のコンビニでビニール傘を買えばいいし、家についてからならいくら降ってくれても構わない。自宅の近くだと、どうしても雨に濡れながら走ることになる。神様はグッドタイミングで雨を降らせてくれやがる。

 セーラー服が濡れて彼女のブラのストラップが透けて見えた。

 とりあえず、僕の家で雨宿りすることにした。


 僕の母はいつも忙しくて、出張ばかりしている。

 中学生の時、両親が離婚したので父はいない。僕は一人で家にいることが多い。

 内ポケットから鍵を取り出して、ドアを開けて中に入った。

「おじゃまします」

 誰もいない事を知っているのに、挨拶をしてから陽子はスリッパを履いた。

 とりあえず応接間に案内する。

「何か着る物を貸してくれない?」

 びっしょりと濡れて陽子の下着が白く透けている。

 僕はそれを見ないようにして、二階の自室に行き、えんじ色のジャージを持ってきた。

 彼女の着替えを邪魔しないように、自分の部屋に上がって僕もワイシャツと短パンに着替えた。

 下に降りると彼女はジャージを着ている。

 シャワーを貸してほしいというので、案内してバスタオルを渡した。

 僕の家の風呂で陽子がシャワーを浴びる。それを想像してはいけないような気分で客間に入ると、セーラー服などが窓際に干してあった。

 雨は止んで薄日が差している。初夏の気温ならすぐに乾くだろう。

 角型物干しハンガーにはセーラー服の他に紺のスカートや靴下、それに下着が吊るしてあった。

 脱いだばかりの陽子の下着……。

 ブンブンと頭を振る。

 僕は何を考えているんだ! これではまるでスケベオヤジじゃないか。

 そのとき玄関のチャイムが鳴った。

 ビクッと反応して玄関に出てみると、あの美子だった。

「こんにちはです。あなたの悪霊を放っておく事はできないのです。リベンジさせて下さいなのです」

 雨にぬれた白いワンピース。

 髪の毛から雫を垂らして、挑戦的に僕を見て立っている。

 あのお婆さんに命令されたのだろうか。

「とにかく、上がってよ。風邪引くと悪いから」

 そう言って彼女を中に案内した。

「急に雨が降ってきたのです。天気予報は晴れだったのに」

 僕のせいだな。

「風呂を貸してもらうのです。シャワーを浴びて、体を温めるですよ」

 美子は勝手に浴室を目指す。

「ちょっと待って」

 着替えを持ってこようと二階に上がる途中、僕は彼女を引きとめようとした。

「今、風呂は使っているから……」

 浴室のドアに手をかけている彼女の肩に手をかけた。

「何なのですか」

 そう言ってドアを開けた。

 やばい!

 中では陽子が全裸で立っていた。首にバスタオルをかけているだけ。

 目が合って、しばらくの沈黙。

「あら、先客がいたのですか」

 何事もないように、美子はこの場を離れて行った。

「キャー!」

 金切り声と共に洗面器が飛んできて僕の頭に激突する。

「ごめーん!」

 額を押さえて、僕は逃げ出した。

 運が悪い。

 いや、陽子の裸を見る事が出来てラッキーなのか?

 そうじゃないよな。これで彼女に絶交されてしまったら、果てしなくアンラッキーだ。

 ズキズキと痛むおでこをさすりながら、さっきのシーンを思い起こした。

 女性の裸を見たのは初めてだった。

 プニプニのボヨヨーンで、白くてキュッとなっていてバーンとしていて……。ダメだ、適切な形容詞が思い浮かばない。

 目に焼き付いている。今日は眠れないだろうなあ。


 夕日が差し込んでいる応接間。

 さっきのにわか雨が嘘のようだが、窓から見える庭の緑が輝いて、先程の降水の余韻を残す。

 テーブルをはさんで僕と美子、そして、隣では、僕の方を見ようともしない陽子がソファに座っていた。

 窓際に干しておいたセーラー服などは、すぐに乾いてしまったので、彼女はそれに着替えていた。

 ジャージも用意したのだが無視している。僕の服など着たくないのか、それとも、すぐに帰るつもりなのか。

 あの後、美子はシャワーを浴びて、僕の用意したトレーナーに着替えてジュースを飲んでいる。彼女は小柄なので服はダブダブだ。

 横に座っている陽子はずっと無言で、僕と話そうともしないし、見ようともしない。

 彼女の横顔をちらっと見る。風呂場にいた陽子の姿が脳内に浮かんだ。

 美子がコップをテーブルに置く。

「あなたの事を詳しく教えてほしいのですよ」

 ハッとして僕は現実に引き戻された。

 彼女は巫女装束を破られてセミヌードを披露している。説明を受ける資格は充分にあるだろうな。

 僕は自分の不幸な境遇を説明した。

「……なるほど、そういうことですか」

 美子は腕組みをしてウンウンと頷いた。

 分かったのかな?

「つまり、強力な悪霊ということなのですね」

 僕はため息をついた。

「……僕は、神様の嫌がらせだと思うんだけどな」

「神様がそんな事をするわけがないのです!」

「立派だと思われている人間だって、陰では犬をいじめているかもしれないよ」

「神様は絶対なのです。私の霊力も神様が神通力を分けて下さっているのです」

「でも、負けちゃって、気絶しちゃったじゃないか」

「それは……私の修業が足りなかったのです」

「ああ、そうなの……」

「人間の事を神様はいつも見守っていられるのですよ」

「神様に確認したわけじゃないだろ」

「それは……」

「神と話した事があるの?」

 僕の追及に少女は黙り込んだ。

「そんなことはどっちだっていいじゃない! 神様だろうが悪霊だろうが問題は隆幸君が不幸で、それが続いていくということでしょう?」

 陽子は、いい加減にしてよ、もう! という感じだ。

「ダメダメな不幸な少年なのですね」

 美子はソファにもたれて腕組みをする。

 そうしても強調されるわけではない小さな胸だ。

 窓際を見ると、美子の服がハンガーに干してある。それにはブラジャーも吊ってあるので、ひょっとして今はノーブラ……?

「そうよ。将来的にもグダグダな、救いようのない男の子なのよ」

 まだ陽子は怒っているのか。

 彼女も腕組みをした。女はこうやって腕を組むのよ、と模範を示すように二つの隆起をさらに盛り上げる。

「そうなのですか……。友達もいないし、女とは一生縁のない孤独な人生を送るのですね」

 二人とも思ったことをズバズバと言いやがる。

 確かに僕の人生は、不幸という太鼓判をバーンと押されているよ。

 少し自暴自棄になってきた。

「ハイハイ、僕は不幸さ。どうせ一生、童貞なんだよ」

 美子が僕に視線を戻した。

 腕組みを解いて体を乗り出す。

「つまり、トータル的に幸せになれば良いのです」

「どういうこと?」

 僕は彼女を見る。

「不幸をなくすのは無理なのです。ならば、それ以上にラッキーなことが起きればプラスマイナスでゼロ。つまり普通になれるのです」

「それが、隆幸君の一生童貞と何が関係あるのよ」

 陽子は美少女だ。そんな彼女の口から童貞などという単語が出てくると、新鮮というか、いたたまれないというか、心臓をモミモミされるような微妙な感覚。

「なら、私がそうでなくしてあげますです」

 挑戦的な目つき。巫女としてのプライドがあるのか。

「えっ」

 僕と陽子が同時に女子中学生を凝視する。

「つまり、経験させてあげますということなのです」

 巫女は顔を真っ赤にして意地を張った。

「ちょっとあんた! 何を言っているのよ」

 陽子が彼女を制止する。

「除霊は私の仕事なのですから、頑張るのですよ」

 胸を張って言った。

「そんな小さな胸で、何ができるというの」

 美子は、グウッと息をのみこんで、陽子の豊満な胸を見る。

 それはセーラー服の布地をこれでもかというように張りつめさせていた。

「お子ちゃまが変なことを言わないで。あなた歳はいくつなの?」

「中学三年なのです。もう大人なのですよ。私の友達では経験済みの子もいるのです」

 そんなものなのか。

「ダメよ。そんなことは、胸と背中の区別がついて、ストーンとした体形にカーブがついてから言いなさい」

 陽子が見下すように言った。

 美子は泣きそうな眼で睨む。

「デカいチチがそんなに偉いのですか。えーい! こんなもの」

 彼女はテーブル越しに陽子の胸をもんだ。

「キャア!」

 胸を押さえてソファから落ちた。

「こんなもの! こんなもん!」

 美子は背後にまわり胸をわしづかみにする。

「やめてー!」

 テーブルの上のコップが倒れる。

 僕は我に返った。もつれ合って横倒れになっている彼女たちを仲裁しなければ。

 やめなよ、と言って美子の腕をつかんだ。

 するとテーブルの脚につまずいて二人の上に倒れてしまった。

 僕の左手は柔らかな陽子の胸、右手は美子の引き締まったおしりを触っている。

 風呂上がりの女の子は良い香りがした。

「エッチィ!」

 陽子は僕の顔を手で押し返す。

 僕の左手は美子の胸に移動した。

「やーん!」

 猫が鳴くような声。もがいて僕の体の下から逃れる。

 わざとやっている訳じゃないよ。


 陽子は横座りになって、両腕で胸を隠すようにしている。

 美子はペタンと床に座り、手の平で胸を隠す、いわゆる手ぶらスタイルだ。

 二人とも僕の方を見ている。ああ、どうしよう。

「もう、戯言をやっていてはダメなのです」

 美子は僕の手を取って、二階に連れて行こうとする。

「ちょっと、どこに行くのよ」

 陽子が僕の片方の手を握って引きとめた。

「寝所に行って、まぐあうのですよ。この人の童貞を卒業させてあげるのです」

 まぐあうって、いつの時代の人?

「だから、やめなさいって!」

 僕の腕をグイっと引き戻す。

「邪魔しないで下さいなのです」

「中学生に、そんな過激なことをさせることは出来ないでしょ」

「じゃあ、あなたが代わりに相手をしてあげるのですか」

 僕と陽子は顔を見合わせた。二人とも顔を赤くして何も言えない。

「さあ、巫女見習いの私が困っている少年を救ってあげるですよ」

 僕の腕を両手でぐいぐいと引っ張る。

 見習いだったのかよ。

「ダメー!」

 陽子は両手で僕の腕を抱き、体重をかけて制止する。

 二の腕に柔らかい感触。

「あー!」

 三人は絡み合って倒れた。

「邪魔するなです」

 ジャージのチャックが開いて胸がはだける。

「ダメだったらー」

 スカートがまくり上がって、白くてムチッとした足がさらけ出される。

「ちょっと落ち着けよ」

 僕は女子中学生と女子高生に挟まれたまま、もみくちゃにされていた。

 僕の顔がふくよかな膨らみに押しつけられたり、美子のポニーテールが首に絡んだり、白いパンツが目の前にアップになったりと、混乱が収まらない。

 僕は今、幸せなのか。幸福なんだろうな。


 陽子と美子の体が僕に絡まっている。いつまでも嗅いでいたいような香りが僕の周りを漂っていた。

 至福の時間を与えられて、急に僕は悟ったような気分になる。

 神様の嫌がらせだろうが、悪魔の意地悪だろうが、それ以上に無理やりにでも幸せになってやれば良いんだ。

 これからも理不尽な不幸や、立ち上がれないくらいに打ちのめされるようなことがあるかもしれない。

 でも、そのつど落ち込んだりふさぎこんだりしていたら、それこそ不幸の連鎖に陥るのではないか。

 意地でも笑顔を作ろう。やせ我慢でも構わない。幸せは向こうから歩いては来ない。自分でつかもうと努力しなければ、幸福にはなれないんだ。それが人生の処方箋というものか。

 美子の体に手を回し、僕が抱きしめた格好になっているし、陽子が僕の上に座り、文字通り尻に敷かれた状態。こんがらかっていて何がどうなっているんだ。

 ……でも、気持ち良い。

 僕は人生というものが少し分かったような気がした。


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