選んだふり
友人が高価なウイスキーを持って訪ねてきた。
「闇市で50円もしました。先生の月給より高い」
冗談にも嫌味にも聞こえる言葉だったが、私はその言葉に何も返せなかった。
私は痩せた指で酒瓶を撫でた。
「私は戦地に行けぬ代わりに、別の罪を背負っておりますから」
妻が一瞬、視線を上げるのが分かった。
友人は私に酒を注ぐ。
赤子は泣いたままだ。
「子は親を選べぬ。だが親は、選んだふり位は出来る」
静かな夜更け。
妻は子を寝かしつけ、私の元へ戻ってきた。
「あなた、身体に障ります」
「どうせ長くはない。あの女にもそう言われた」
あの女が誰か妻は私に問わない。
私もまた妻を問わない。
翌朝、友人は帰り支度を始める。
そして妻と何か会話をした後、友人は去る。
友人が帰った後、私は布団の中で酒瓶を抱いていた。
闇市で五十円もしたと彼は笑っていたが、私の月給よりも重たい液体である。
妻は赤子を抱いている、あの子は丈夫そうだ。
私には似ていない事は確かだ。
私は咳をしてから妻に言った。
「君は、強いね」
それは賞賛でもなく、皮肉でもなく、ただの観察である。
私は、強くなかった。
戦地に行けぬ代わりに私は町医者の未亡人と寝た。
彼女は私の肺を心配しながらも、私の弱さを撫でた。
人は、優しくされると、すぐに裏切る。
私は、赤子の寝顔を見る。
友人の赤子に触れる指が震えていた事を思い出す。
誰の子でも良いではないか。
私一人が正しさを守って何になる。
私は妻を愛している、だから何も言わぬ。
赦したのではない、面倒なだけだ。
私は布団の中で呟く。
「戦争は便利なものだ。何もかも、戦争のせいに出来る」
そして目を閉じた。
目を閉じれば、誰が誰を裏切ったかなど、どうでも良くなるではないか。




