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選んだふり

作者: 新田 詩乃
掲載日:2026/02/23

友人が高価なウイスキーを持って訪ねてきた。

「闇市で50円もしました。先生の月給より高い」

冗談にも嫌味にも聞こえる言葉だったが、私はその言葉に何も返せなかった。

私は痩せた指で酒瓶を撫でた。

「私は戦地に行けぬ代わりに、別の罪を背負っておりますから」

妻が一瞬、視線を上げるのが分かった。

友人は私に酒を注ぐ。

赤子は泣いたままだ。

「子は親を選べぬ。だが親は、選んだふり位は出来る」

静かな夜更け。

妻は子を寝かしつけ、私の元へ戻ってきた。

「あなた、身体に障ります」

「どうせ長くはない。あの女にもそう言われた」

あの女が誰か妻は私に問わない。

私もまた妻を問わない。


翌朝、友人は帰り支度を始める。

そして妻と何か会話をした後、友人は去る。

友人が帰った後、私は布団の中で酒瓶を抱いていた。

闇市で五十円もしたと彼は笑っていたが、私の月給よりも重たい液体である。

妻は赤子を抱いている、あの子は丈夫そうだ。

私には似ていない事は確かだ。

私は咳をしてから妻に言った。

「君は、強いね」

それは賞賛でもなく、皮肉でもなく、ただの観察である。

私は、強くなかった。

戦地に行けぬ代わりに私は町医者の未亡人と寝た。

彼女は私の肺を心配しながらも、私の弱さを撫でた。

人は、優しくされると、すぐに裏切る。

私は、赤子の寝顔を見る。

友人の赤子に触れる指が震えていた事を思い出す。

誰の子でも良いではないか。

私一人が正しさを守って何になる。

私は妻を愛している、だから何も言わぬ。

赦したのではない、面倒なだけだ。

私は布団の中で呟く。

「戦争は便利なものだ。何もかも、戦争のせいに出来る」

そして目を閉じた。

目を閉じれば、誰が誰を裏切ったかなど、どうでも良くなるではないか。

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