モンキーバスケ
岩手県の山奥、町の外れにある猿山小学校。
校庭の端っこにポツンと立つ古い体育館のバスケットゴールは、すでに錆と蜘蛛の巣が同居している。
五年生は全部で五人。
バスケ部も、その五人だけだった。
主人公の翔太はチームで一番背が低く、ドリブルはうまいけどシュートがとにかく入らない。
他のメンバーは、巨漢の大地、眼鏡の悠斗、優しい怜、長い手足が自慢の颯太。
ある日の地区大会、一回戦の相手は隣町の強豪・緑ヶ丘小学校。結果は86対8。見るも無残なものである。
帰りのバスの中、誰も一言も喋らなかった。
ただ、相手チームの誰かが最後に吐き捨てた一言だけが、頭の中で何度もリピートされていた。
「猿はさっさと猿山に帰れよ」
家に着くなり、五人は揃って翔太の家に押し掛けた。
そして居間で、泣きついた。
「姉ちゃん!…悔しい!」
翔太の姉・彩花は二十歳。
岩手大学で霊長類行動学を専攻する大学生だ。
普段はサル動画を深夜まで見てニヤニヤしている、ちょっと変わった姉だった。
「……で?あんたたち、猿は猿山に帰れ、って言われて泣いてるわけ?」
五人がコクコクと頷く。
彩花は呆れたようにため息をついた。
「はぁ…。全く、猿の何が悪いというんだい」
「……え?」
「お前らに猿の何がわかるんじゃ!猿の凄さを知らんのに落ち込んでんじゃないわい!」
五人は顔を見合わせポカンとした。
翌日から、1ヶ月に及ぶ奇妙な特訓が始まった。
五人それぞれには猿があてがわれ、ビデオと資料を駆使し、生態が頭に叩き込まれた。
巨漢の大地にはゴリラを。
眼鏡の悠斗にはメガネザルを
優しい怜にはオランウータンを。
楓太にはテナガザルを。
そして翔太にはニホンザル(ボスザル)を。
彩花にとっては冗談半分だったが、弟たちは知る由もなかった。
そして一年が過ぎた。
研究に忙しい彩花はそんなことはすっかり忘れていた。
弟たちがバスケを続けていることすら、最近は話題にも上らなくなっていた。
ある土曜の昼下がり。
テレビのチャンネルを適当に変えていたら、突然映ったのは全国ミニバスケットボール大会の決勝。
画面右下にスコア。
猿山小学校 66
王者・帝京南ミニバス 67
試合時間残り30秒。
カメラがアップになった瞬間、彩花は思わず缶コーヒーを吹き出した。
そこには、ゴーグルをした悠斗がメガネザルのように素早く切り込み、相手ポイントガードをアンクルブレイクさせる姿、
大地が胸をドン!ドン!と叩きながらドラミングで空間を支配する姿、
颯太がテナガザルの如く手を伸ばし相手のシュートを防ぐ姿が。
怜がオランウータンのように状況を読んでスクリーンをセット、
そして翔太が——
ボスザルのごとく、仲間たちの信頼を一身に受け、
ブザービーターのジャンプシュートを放つ瞬間だった。
ボールが弧を描き、リングに吸い込まれる。
『ビビー!!』
69-67。
全国制覇。
実況が叫ぶ。
「猿山小学校!奇跡の逆転優勝です!!」
「まるで猿を彷彿とさせるプレーの数々でしたね」
テレビの向こうで、五人の選手が抱き合って跳ねている。
「彩花姉ちゃん!やったよ!!」
彩花は呆然と画面を見つめたあと、残ったコーヒーをクイッと飲んだ。
「……あいつら、私の名前出しやがったな」
そして呟くように、優しく言った。
「…まぁ、いいか。おめでとう、みんな」
窓の外では、雪化粧の岩手山が雄々しく輝いていた。
どこかで、きっと本物の猿たちが、カカカッ、と小さく笑っているような気がした。




