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越えた夜

夜の王城。


その日は、やけに静まり返っていた。

寝室の灯りだけが、やわらかく残っている。


王妃は窓辺に立っていた。

夜風に揺れるカーテン越しに、城下の灯火を見つめている。


魔王はその背を見ていた。


声をかけるべきか。

触れるべきか。

それとも――


今夜も、越えないべきか。


沈黙が長く続く中――

それを切り裂くように、王妃が振り返った。


「……陛下」


呼び方はいつもと同じ。

けれど、その声は――どこか決意を含んでいた。


「私……」


魔王の眉が、わずかに動く。


「……まだ、至らぬ身ではありますが」


一歩、近づく。


「陛下のお心に――私も心で、お返ししたいのです」


指先が震えていた。それでも、逃げなかった。


魔王はゆっくりと手を伸ばす。

触れる直前で、一度止まる。


「……戻れぬぞ」


低く、確認する声。

王妃は微笑んだ。


「戻る気は――ありません」


その瞬間、抱き寄せられる。


強くはない。

けれど、逃げ場のない腕。


額と額が触れ、呼吸が重なる。

言葉はもう、必要なかった。


夜は深く――静かに進む。



――翌朝。

王妃は魔王の腕の中で目を覚ました。


すぐ傍にある体温と背に回された腕の確かさに、一瞬で状況を理解する。


「……っ」


小さく息を詰める王妃に、魔王はすぐに気づいた。

腕に力は込めず、けれど離しもしない。


「――大丈夫か」


低く穏やかな声。王妃は小さく頷く。


「はい……」


魔王はその返事に、ほんの少しだけ表情を緩めた。

額に触れる指先は――昨夜よりもさらに慎重だった。


「無理は、するな」


額に、軽い口づけ。

確かめるようで、守るような仕草だった。


王妃は返事をする代わりに、そっと魔王の胸元に手を添えた。


――ようやく、だ。


恐れも、遠慮も、責務も超えて。

この腕の中に、己の意思で留まろうとしている。


魔王は一瞬だけ目を伏せ、その内心を決して言葉にはしなかった。


そして腕の力をわずかに強め、静かに告げる。


「お前は、余の妻だ」


王妃はその言葉に小さく息を吸い。

張り詰めていたものがほどけたように、さらに身を預ける。


「陛下……」


短く、けれど確かな返事。


その日。


二人は、朝の光の中で、

ゆっくりと言葉を交わしながら――


名実ともに、夫婦となった。

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