靴擦れの行方
今夜の王城は華やいでいた。
魔王と王妃が婚儀を上げてから、初めての晩餐会。
王妃はいつもより少し背筋を伸ばし、少しだけ緊張していた。
慣れない礼装。慣れない煌びやかさ。
そして――慣れない、細いヒール。
笑顔は崩さなかった。
ダンスも、挨拶も、すべて滞りなく終えた。
けれど。
玉座に戻る途中。
足をかばうように重心がずれたのを、魔王は見逃さなかった。
「王妃」
低く呼ばれ、王妃は小さく首を振る。
「大丈夫です、陛下。ただ――」
言い切る前に、魔王は視線を落とした。
王妃の足元が、わずかに赤く滲んでいる。
次の瞬間。
「宰相」
「はい」
「締めを任せる」
「へ?」
それだけ告げると宰相の間の抜けた返事を聞かないまま、魔王はためらいなく王妃を抱き上げた。
「へ、陛下……!?」
ざわめく会場。息を呑む貴族たち。
だが魔王は、一切気に留めない。
「動くな」
短く、それだけ。
王妃は腕の中で、固まるしかなかった。
*
私室に戻り。
魔王は王妃を長椅子に下ろし、膝をつく。
「……足を見せろ」
「い、いけません……!自分で――」
「構わぬ」
有無を言わさぬ声。
魔王の指が、そっと留め金に触れる。
まるで壊れ物を扱うように、慎重に。
靴が脱がされると、靴擦れがはっきりと見えた。
小さな傷。だが、確かに痛むはずのもの。
魔王の眉が、わずかに寄る。
「……無理をしたな」
「皆さまの前でしたから……」
王妃は視線を逸らした。
魔王は何も言わず用意させた布と薬を取り、丁寧に手当てを始める。
触れる指先は、驚くほどに優しい。
痛みよりも温もりが先に伝わってきて。
王妃は、喉の奥がきゅっと詰まるのを感じた。
「……陛下」
声が、少し震えた。
魔王は手を止めない。
「余は」
低く、静かに。
「お前が、我慢する姿は――見るに耐えぬ」
薬を塗り終え、包帯を巻く。
その動きは、どこまでも慎重だった。
魔王は王妃の足先に、そっと口づけを落とした。
触れたのは、ほんの一瞬。
王妃は思わず息を詰める。
魔王は立ち上がり、背を向けた。
「……ゆっくり休め」
それ以上は、何も言わない。
扉が閉まる音がして、王妃はようやく息を吐いた。
胸が――いっぱいだった。
一方、廊下を歩きながら。
魔王は、静かに自覚していた。
――理性の限界は、確実に近い。
だが。
王妃が自ら心を開く、そのときまでは。
耐える。
そう改めて、誓いながら。




