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靴擦れの行方

今夜の王城は華やいでいた。

魔王と王妃が婚儀を上げてから、初めての晩餐会。


王妃はいつもより少し背筋を伸ばし、少しだけ緊張していた。


慣れない礼装(ドレス)。慣れない煌びやかさ。

そして――慣れない、細いヒール。


笑顔は崩さなかった。

ダンスも、挨拶も、すべて滞りなく終えた。


けれど。


玉座に戻る途中。

足をかばうように重心がずれたのを、魔王は見逃さなかった。


「王妃」


低く呼ばれ、王妃は小さく首を振る。


「大丈夫です、陛下。ただ――」


言い切る前に、魔王は視線を落とした。

王妃の足元が、わずかに赤く滲んでいる。


次の瞬間。


「宰相」

「はい」

「締めを任せる」

「へ?」


それだけ告げると宰相の間の抜けた返事を聞かないまま、魔王はためらいなく王妃を抱き上げた。


「へ、陛下……!?」


ざわめく会場。息を呑む貴族たち。

だが魔王は、一切気に留めない。


「動くな」


短く、それだけ。

王妃は腕の中で、固まるしかなかった。



私室に戻り。

魔王は王妃を長椅子に下ろし、膝をつく。


「……足を見せろ」

「い、いけません……!自分で――」

「構わぬ」


有無を言わさぬ声。


魔王の指が、そっと留め金に触れる。

まるで壊れ物を扱うように、慎重に。


靴が脱がされると、靴擦れがはっきりと見えた。

小さな傷。だが、確かに痛むはずのもの。


魔王の眉が、わずかに寄る。


「……無理をしたな」

「皆さまの前でしたから……」


王妃は視線を逸らした。


魔王は何も言わず用意させた布と薬を取り、丁寧に手当てを始める。

触れる指先は、驚くほどに優しい。


痛みよりも温もりが先に伝わってきて。

王妃は、喉の奥がきゅっと詰まるのを感じた。


「……陛下」


声が、少し震えた。


魔王は手を止めない。


「余は」


低く、静かに。


「お前が、我慢する姿は――見るに耐えぬ」


薬を塗り終え、包帯を巻く。

その動きは、どこまでも慎重だった。


魔王は王妃の足先に、そっと口づけを落とした。


触れたのは、ほんの一瞬。


王妃は思わず息を詰める。

魔王は立ち上がり、背を向けた。


「……ゆっくり休め」


それ以上は、何も言わない。


扉が閉まる音がして、王妃はようやく息を吐いた。

胸が――いっぱいだった。


一方、廊下を歩きながら。

魔王は、静かに自覚していた。


――理性の限界は、確実に近い。


だが。


王妃が自ら心を開く、そのときまでは。


耐える。


そう改めて、誓いながら。

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