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ひよこにご用心

夕方の湯殿は、やわらかな湯気に満ちていた。


王妃は王子を胸に抱き、静かに湯に浸かっている。

小さな手が水面を叩くたび、ぷかり、ぷかりと黄色い影が揺れた。


極東の神国から贈られた、布製のひよこ。

大小さまざまなそれが、広い湯殿を気ままに漂っていた。


「よく浮かびますね」


王妃が微笑むと、王子は満足そうにひよこを掴み、また落とした。水音が小さく弾む。


この日は、魔王の帰還が遅くなるはずだった。

だから先に湯を済ませていたのだが――


扉の向こうで、気配がした。


「陛下……?」


振り返った先に立っていたのは、外套を脱ぎかけた魔王だった。


「早く戻れた」


短く告げ、まず王子に視線を落とす。

湯にのぼせぬよう、慣れた手つきで王子を抱き上げ、女官へと預けた。


扉が閉まり、湯殿に残ったのは二人だけ。


魔王は湯に入り、何も言わずに王妃を引き寄せた。

湯の中で、距離が自然に縮まる。


……と、その間を、ひよこが一羽、ぷかり。


魔王の視線が止まる。


「それは……なんだ」

「極東の神国の、中宮さまからの贈り物です。香袋にもなっているひよこ、だそうで」


王妃は一つ掬い上げ、魔王に見せる。


「王子が気に入って……二人のときは、浮かべているんです」


その言葉に、魔王の指が王妃の(うなじ)にかかった。

軽く――触れるだけの口づけ。


「……陛下」


王妃は小さく笑いながら、たしなめる。


「これ以上は……」


前例(・・)があるだけに、言葉はやわらかくも的確だった。

魔王は一瞬だけ名残惜しそうに息を吐き、苦笑する。


「分かっている」


王妃はその顔を見上げ、今度は少し悪戯っぽく――

ひよこを一つ、魔王の頭の上にそっと乗せた。


「……?」

「落としたら、だめですからね。陛下」


甘い束縛だった。


だが魔王はわずかに動いて、王妃の唇に軽く口づけを落とす。


「――ひよこなどでは、余を縛れん」


低く、静かな声。


「余を縛るのは……お前だけだ」


王妃は一瞬言葉を失い、やがて諦めたように微笑んだ。


「……もう。本当に、仕方のない方ですね」


湯気の向こうで、ひよこは何事もなかったかのように漂い続けていた。

布製は…浮かぶのか?あと風呂くらいではもう照れない王妃ちゃん( ◜◡◝ )

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