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黒猫と王子

黒猫は、今日も距離を保っていた。


王妃の足元。

王子の動き回る、少し外側。


近づきすぎない。

触れさせない。


それが決まりだった。


王子は、少し大きくなった。

言葉にならない音が、意味を持ち始めた頃。


「……ねこ……」


黒猫の耳がぴくりと動く。


「ねこ、しゃん」


――まずい。


黒猫が身を引こうとした、その瞬間。

小さな腕が、伸びた。


ぎゅっ。


やわらかい。

あたかかい。

力は弱いのに、振りきれない。


「ねこしゃん」


――呼ばれた。


名前として。

存在として。


黒猫の身体が固まる。

王妃が見守り、魔王が一歩、踏み出しかける。


だが――止まった。

黒猫は、逃げなかった。


王子の心音が、胸に伝わる。

不安も、恐れもない。


信頼――という前提の抱擁。


黒猫は、ゆっくりと尾を下ろした。

抵抗を解き、体を預ける。


王子が笑う。


「ねこしゃん」


黒猫は、短く鳴いた。


その日から。

黒猫は王子の傍を離れなくなった。


魔王は何も言わない。

ただ、一度だけ頷いた。


役割が、増えただけだ。


黒猫は、王子の腕の中で目を閉じる。


この小さき主に――従う。


ただそれだけだ。

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