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目覚めを待つ手

秋が深く色づき、沈む日のことだった。


魔王は南西の領地にいた。

収穫と防衛の視察。

道中は長いながらも、滞在自体は短い予定だった。


王妃と王子は王城でその帰りを待つ。

護衛は将軍に一任され、自らの“陰”も置いてきた。


しかし、問題とは。

起きるときは前触れもなく、一瞬のこと――


ようやくの帰路。国境近く、森の影。

風を切る音が遅れて届いた。


――毒矢だった。


魔王は馬上で体勢を崩しながらも、落ちなかった。

ただ胸元を押さえ、歯を食いしばる。


「……戻る」


それだけを、短く近衛隊に命じた。



その知らせが王城に届いたのは、日が落ちる頃だった。


王妃は、王子を抱いていた。

やわらかな小さな重み。温もり。


言葉を聞いた瞬間、足から力が抜けた。


王妃として、声こそ震わせなかったが。

泣くよりも先に――世界が遠のいた。


魔王が王城に戻ったとき、わずかに意識はあった。

だが、熱はすでに高く。歩くこともままならない。


王妃は王子を女官に託し、寝室に駆け込んだ。


「陛下……!」


返事は、なかった。


その夜から、三日。


王妃はほとんど眠らなかった。

熱を測り、汗を拭き、水を含ませる。


呼吸のたび、胸が上下するのを確認して、

それでも、とても、怖かった。


もしも。

もしも、目を開けなかったら――


王子を抱きながら、夜明けを迎えたこともある。


三日目の朝。


かすかな声がした。


「……泣くな」


王妃は、はっと顔を上げた。

魔王の瞳が――開いていた。


堪えていたものが、すべて落ちた。


王妃は声もなく泣き、そのまま魔王の胸元に縋りついた。


「……っ……」


魔王はまだ力の入らない腕で、そっと抱き寄せる。


「お前を残して――死ぬはずがない」


低く、確かな声。


王妃は顔を上げ、涙で濡れたまま首を横に振った。


魔王は続けた。


「余は……お前がいない世界を、想像できぬ……」


一息ついて。


「……ゆえに、死ぬときは――必ず、余が先だ」


王妃は、胸を押さえた。


「……そんなこと、今、おっしゃらないでください……」


魔王は、かすかに笑った。


「これは、約束だ……」


王妃の額に、唇が触れる。

その温もりは、生きていた。


王妃はようやく――息をついた。

胸の奥に溜まっていた恐怖が、静かに溶けていく。


魔王は王妃を抱いたまま、目を閉じた。


守るものは、ここにある。


だからこそ――戻ってきた。

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