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石に込めた想い

雪深い季節が、王城を静かに包み込んでいた。

空気は凍てつくように澄み、しんとした冬特有の緊張感が漂っている。


けれど王妃の私室だけは。

暖炉の火で優しく温められ、外とは違う世界のように暖かく明るかった。


……のだが。


「つまらないですね……」


ラグの上に座り、王妃は珍しく頬を膨らませた。

その内には――新しい命が宿って久しい。


春を迎える頃には出産となる。

外出は完全に制限され、廊下ですら護衛が多く付くため、気を遣ってあまり動けない。


侍医や女医から聞く出産の知識は、もう暗記できるほど学んだ。

女官長や年長の女官、下働きの者たちの体験談もすべて聞いた。

得意な刺繍も編み物も、何枚も作りすぎて飽きてしまった。


窓の外に広がる雪景色だけでも眺めたい。

けれど外気が冷たいため、魔王は絶対に許してくれない。


王妃が溜め息をつくと、傍で控えている筆頭女官と女騎士が、困ったように微笑んだ。



その頃――

女官長は魔王の執務室で、一つの進言をしていた。


「王妃陛下が、お暇を持て余しておいでです。お心が塞がれば――逆にご負担となりましょう」


魔王は書類を置き、眉を寄せる。


「せめて王妃陛下が、窓際でお過ごしになられることをお許しいただけましたら……」


魔王の指先がぴくりと動いた。


「ならん」

「……暖かいものをお持ちすれば、問題ないように存じます」


その言葉に、魔王は沈黙する。

そして深く息を吐き、わずかに視線を伏せた。



数日後。

今日は黒猫が王妃の膝の上で丸くなっている。


黒猫は時折、王妃の腹の上にそっと前足を乗せていた。

まるで、中にいる小さな命を守っているように。


「猫ちゃん、慰めてくれているのね」


撫でると、黒猫はごろりと喉を鳴らした。


そのとき――扉が開き、魔王が姿を見せた。


「陛下」


王妃が微笑むと、魔王は無言で歩み寄った。

そして、手に持っていた物を王妃の前に差し出す。


それは――

紫の天鵞絨(ビロード)で包まれた、しっとりとした温かい何か。


「……これは?」

「極東の神国より伝わる“温石”という物らしい」


魔王の声は、いつもより少しだけやわらかかった。


「中身は翡翠だ。暖かさが長く続く。……これを持つなら、窓際で外を眺めてもいい」


王妃は一瞬、目を丸くした。


「……本当ですか?」

「ただし、長時間はならぬ。無理に外気を浴びる必要はない」


王妃は、ぱあっと顔を輝かせて魔王の手を取った。


「ありがとうございます、陛下……!」


魔王は嬉しそうな王妃の顔を眺めながら、その頬に触れる。


黒猫は、すっと王妃の膝から退いた。

まるで「仕方がないな」とでも言うように。



魔王は分厚いラグを窓際に敷き、王妃をゆっくり座らせた。肩にはストール。

さらに魔王自身の外套をそっとかけ、王妃を包み込むように寄り添う。


膝の上には、温石。

天鵞絨(ビロード)の布越しに、じんわりと温かさが広がる。


「わあ……」


窓の外では白銀の世界が、風に揺れてきらきらと光る。


「今年もよく積もっていますね……」


魔王は言葉で返さず、王妃の肩を強く抱き寄せた。

温もりを確かめるように。


王妃が魔王を見上げようとした、そのとき。


「……あ」


小さく息を呑む。

魔王の腕が、王妃の腰に回る。


「どうした」


王妃は、自分の腹に手を添え――


「この子も……喜んでいるみたいです」


頬を染めて魔王の手を取り、その腹へそっと導いた。


次の瞬間――

しっかりとした胎動が、魔王の掌を押し返してくる。


魔王の表情がゆっくりと変わる。

深く、静かな幸福を味わっていた。


魔王は王妃の額へ口づけを落とした。

王妃はその胸に体を預ける。


膝の上で温石がほのかに熱を保ちながら、二人とその小さな命を温めていた。


そして魔王は王妃の腹に手を添えたまま、胸の奥で想う。


――この温かさを、必ず守り抜く。


外では雪が振り続いている。冬の静寂の中で――

その誓いは密やかに、しかし確かに刻まれた。

翡翠は石言葉で選びました。女官長は社畜ですがご家庭があります。

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