石に込めた想い
雪深い季節が、王城を静かに包み込んでいた。
空気は凍てつくように澄み、しんとした冬特有の緊張感が漂っている。
けれど王妃の私室だけは。
暖炉の火で優しく温められ、外とは違う世界のように暖かく明るかった。
……のだが。
「つまらないですね……」
ラグの上に座り、王妃は珍しく頬を膨らませた。
その内には――新しい命が宿って久しい。
春を迎える頃には出産となる。
外出は完全に制限され、廊下ですら護衛が多く付くため、気を遣ってあまり動けない。
侍医や女医から聞く出産の知識は、もう暗記できるほど学んだ。
女官長や年長の女官、下働きの者たちの体験談もすべて聞いた。
得意な刺繍も編み物も、何枚も作りすぎて飽きてしまった。
窓の外に広がる雪景色だけでも眺めたい。
けれど外気が冷たいため、魔王は絶対に許してくれない。
王妃が溜め息をつくと、傍で控えている筆頭女官と女騎士が、困ったように微笑んだ。
*
その頃――
女官長は魔王の執務室で、一つの進言をしていた。
「王妃陛下が、お暇を持て余しておいでです。お心が塞がれば――逆にご負担となりましょう」
魔王は書類を置き、眉を寄せる。
「せめて王妃陛下が、窓際でお過ごしになられることをお許しいただけましたら……」
魔王の指先がぴくりと動いた。
「ならん」
「……暖かいものをお持ちすれば、問題ないように存じます」
その言葉に、魔王は沈黙する。
そして深く息を吐き、わずかに視線を伏せた。
*
数日後。
今日は黒猫が王妃の膝の上で丸くなっている。
黒猫は時折、王妃の腹の上にそっと前足を乗せていた。
まるで、中にいる小さな命を守っているように。
「猫ちゃん、慰めてくれているのね」
撫でると、黒猫はごろりと喉を鳴らした。
そのとき――扉が開き、魔王が姿を見せた。
「陛下」
王妃が微笑むと、魔王は無言で歩み寄った。
そして、手に持っていた物を王妃の前に差し出す。
それは――
紫の天鵞絨で包まれた、しっとりとした温かい何か。
「……これは?」
「極東の神国より伝わる“温石”という物らしい」
魔王の声は、いつもより少しだけやわらかかった。
「中身は翡翠だ。暖かさが長く続く。……これを持つなら、窓際で外を眺めてもいい」
王妃は一瞬、目を丸くした。
「……本当ですか?」
「ただし、長時間はならぬ。無理に外気を浴びる必要はない」
王妃は、ぱあっと顔を輝かせて魔王の手を取った。
「ありがとうございます、陛下……!」
魔王は嬉しそうな王妃の顔を眺めながら、その頬に触れる。
黒猫は、すっと王妃の膝から退いた。
まるで「仕方がないな」とでも言うように。
*
魔王は分厚いラグを窓際に敷き、王妃をゆっくり座らせた。肩にはストール。
さらに魔王自身の外套をそっとかけ、王妃を包み込むように寄り添う。
膝の上には、温石。
天鵞絨の布越しに、じんわりと温かさが広がる。
「わあ……」
窓の外では白銀の世界が、風に揺れてきらきらと光る。
「今年もよく積もっていますね……」
魔王は言葉で返さず、王妃の肩を強く抱き寄せた。
温もりを確かめるように。
王妃が魔王を見上げようとした、そのとき。
「……あ」
小さく息を呑む。
魔王の腕が、王妃の腰に回る。
「どうした」
王妃は、自分の腹に手を添え――
「この子も……喜んでいるみたいです」
頬を染めて魔王の手を取り、その腹へそっと導いた。
次の瞬間――
しっかりとした胎動が、魔王の掌を押し返してくる。
魔王の表情がゆっくりと変わる。
深く、静かな幸福を味わっていた。
魔王は王妃の額へ口づけを落とした。
王妃はその胸に体を預ける。
膝の上で温石がほのかに熱を保ちながら、二人とその小さな命を温めていた。
そして魔王は王妃の腹に手を添えたまま、胸の奥で想う。
――この温かさを、必ず守り抜く。
外では雪が振り続いている。冬の静寂の中で――
その誓いは密やかに、しかし確かに刻まれた。
翡翠は石言葉で選びました。女官長は社畜ですがご家庭があります。




