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その命を抱いて

王妃は静かに眠っていた。


規則正しい寝息とともに、かすかに上下する腹部――

そこには、新しい命が宿っている。


魔王は寝台の傍らにある椅子に座り、身を前に倒し両手を組んでいた。

その足元と、王妃の枕元を行き来するように黒猫がいる。


人の目には分からぬほど微細なもの。

けれど、黒猫だけは察していた。


魔王の感情がわずかに――

しかし確かに、揺れていることを。


――恐怖。

――安堵。

――焦燥。

――そして、抑え込まれた執着。


王妃と、その腹にある命。


失うという可能性を想像しただけで。

王城が軋むほどの感情が、魔王の内側で吹き荒れる。


だが、それを外に出すことは許されない。


(眠っている)


そう何度も自らに言い聞かせる。

今はただ、穏やかであれと。


黒猫は珍しく魔王の足元に座り、尾をゆっくりと揺らした。

まるで「分かっている」とでも言うように。


魔王は無意識に拳を握り、そして開く。


触れたい。

抱きしめたい。

確かめたい――


そのとき。

王妃の睫毛が、ふっと震える。


「……陛下……?」


少し掠れた声。

魔王は即座に立ち上がり、寝台の傍へ寄る。


「起こしたか」

「いいえ……」


王妃はゆっくりと目を開け状況を理解すると、少しだけ唇を尖らせる。


「また……そちらですか」


魔王は一瞬だけ言葉を失い、すぐに静かに答える。


「再び眠るまで――傍にいる」


王妃はそれを聞いて、ほんの少し拗ねた声で続けた。


「……私と」


そっと、自分の腹に手を添え。


「お腹の子を――抱きしめてはくださらないのですか?」


黒猫が小さく鳴いた。

魔王は渦巻いていた感情を抑えながら応える。


「……分かった」


低く、優しい声。


寝台に腰を下ろし慎重に、真綿で包むように王妃を抱き寄せる。

腹部に負担をかけぬよう、腕の位置まで計算し尽くした抱擁だった。


王妃はほっと息をつき、魔王の胸元に額を預ける。


「……あったかいです」


魔王は王妃の髪に頬を寄せ、囁く。


「余の全ては、お前と――この子のために在る」


黒猫は二人の足元で丸くなり、満足そうに目を閉じた。

その感情が、ようやく鎮まったことを確かめるように。


やがて王妃の呼吸は、再び穏やかな眠りのものへと変わる。


魔王はそのまま、動かなかった。


(再び眠るまで、ではないな……)


そして、心の中でも静かに訂正する。


(目覚めてもなお――余は、離れぬ)


その腕の中に、二つの命を抱いたまま。

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