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招かれざる南風

それは本来なら、起きるはずのない来訪だった。


「時期を改めさせよ」


魔王は鋭い眼光で告げた。


「王妃の懐妊中だ。余計なことはせぬ」


宰相も頷いた。


「事務方には、公式に“延期”を通達済みです」


将軍も肩をすくめる。


「相手が“まとも”なら、引き下がりますがね……」


――しかしその願いは叶わず。



謁見の間。

使者とともに現れた、南の風国の王女。

相変わらず、蒸せ返るほどの妖艶さだった。


――かつて魔王と、婚約するはずだった人物。


深い色の民族衣装を、見せつけるように優雅に翻す。

微笑むだけで空気を絡め取る視線。


「お久しゅうございます、魔王陛下」

「……用件を言え」


魔王は目もくれず、立ち上がりもしなかった。

しかし王女は気にせず、ゆっくりと視線を巡らせ――


「まあ……王妃“様”はいらっしゃらないのですか」


魔王の纏う空気が一気に下がる。


「懐妊中だ。会わせるはずがない」


ところがそこで扉の向こうから“誰か”を静止する声が聞こえた。


そして王妃が現れた。

少し目立つようになった腹を抱えて。


「……王妃を通したのは、誰だ」


王城が、わずかに反応する。

しかし王妃は微笑んで。


「陛下、申し訳ありません――私がお願いしたのです」


傍らには女騎士が控えている。

――何か起きても、すぐに動けるように。


王妃は王女と向き合った。そして、恭しく挨拶をする。


「ようこそおいでくださいました、王女殿下」


王女の唇がわずかに歪む。


「ご懐妊中と伺いましたわ……ご自愛なさってくださいましね?」


牽制。それは明確なほどに。

魔王が口を開くより早く、王妃が静かに答えた。


「お気遣い感謝いたします――この子と、陛下に守られていますので」


――空気が、さらに凍る。


王女は一瞬だけ言葉を失い、すぐに笑みを作った。


「……羨ましいこと」


その瞬間、魔王が立ち上がった。


「――それ以上、余の妻を見るな」


声は低く、一切の余地がない。


「貴様とは、終わって久しい」


王女の瞳に、初めて動揺が走る。


「……ですが、かつては――」

「そんなものは過去だ。そもそも、始まってもいない」


吐き捨てるように断言した。そして。


「余は、今と未来と――何より、王妃しか選ばぬ」



謁見は、形式上“穏便”に終わった。

だが。


回廊で宰相と将軍が、王女と使者を挟む。

宰相は穏やかな笑みのまま言った。


「南の風国は――実り豊かでよろしいですね」


将軍が続ける。


「……血の色以外は」


王女は密かに足を竦めた。使者はとっくに青ざめている。

宰相が静かに視線を落とす。


「王妃陛下は、この国の命そのものです」


将軍が一歩近づく。


「それに触れるということは――」


二人同時に、告げた。


「「南の風国は、血の海になりたいのか」」



それから数日後。


南の風国は、好戦的だった外交姿勢を急激に変えた。

来訪を押し切った王女の処遇も考えているという。


何故そうなったのか、誰もが理由を知っている。


――魔王の怒りを、買ったからだ。

王妃はその報告を聞き、静かに言った。


「陛下……少し、過剰ではありませんか?」


魔王はそっと、王妃の腹に手を置く。


「全く足りぬ」


王妃は小さく笑った。


「私とこの子は――とても守られていますね」

「当然だ」


魔王は王妃の腹を撫でながら、一切迷わなかった。

その手は、慈しみに満ちていた。

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