未来からの贈り物
盛夏。
王城の庭園は、強い日差しを受けて白く輝いていた。
魔王の誕生日が、間近に迫っている。
王妃はその準備に余念がなかった。
去年の誕生日はこの国に来てまだ日が浅く、また魔王自身が祝宴を好まないということもあって、ごく内輪で静かに過ごしただけだった。
けれど今年は違う。
――あのガゼボ。
庭園に贈られたそれを思い出すたび、胸の奥が温かくなる。
それに対して、ただ嬉しくてお礼を言うことしかできなかった自分。
(今度は、私が……)
王妃は張り切っていた。
祝宴の趣向や段取り、料理、民への向けた挨拶の言葉。
女官長や料理長と相談しながら、一つ一つ丁寧に決めていく。
――ただ。
その裏で、体調は万全とは言えなかった。
時折、立ちくらみのような眩暈。
食事が喉を通りにくい日もある。
女官長も、女騎士も、王妃付きの女医も――
互いに視線を交わしていた。
“ある可能性”が、頭をよぎらなかったわけではない。
けれど王妃があまりに楽しそうで。
その背中に、誰も水を差すことができなかった。
*
誕生日当日。
王城のバルコニーには、城下から集まった民の声が溢れていた。
祝福の言葉、歓声、笑顔。
魔王はいつも通り堂々と立ち、王妃と並んで手を振る。
その姿は、この国の“揺るがぬ象徴”そのものだった。
だが――
王妃の指先は、わずかに震えていた。
(大丈夫……)
自分に言い聞かせるように微笑み、最後まで役目を果たす。
しかしバルコニーから室内へと戻った、その瞬間。
「っ……」
王妃の体が、ふっと力を失った。
魔王が振り返るよりも早く、女官長と女騎士がその身を支える。
顔色の悪さを見た瞬間――魔王の中で何かが切れた。
世界が、一気に閉ざされる。
「医師を呼べ!今すぐに……全員だ!!!」
その声は怒号に近く、完全に冷静さを失っていた。
*
侍医、女医、薬師――
王城中の医師が、次々と集められる。
王妃は私室の寝台へ運ばれ、その扉の外では。
魔王が落ち着きなく歩き、立ち止まり、拳を握り締めていた。
――奪われる感覚。
かつて味わったそれが、胸の奥で蠢く。
やがて扉が開いた。
「陛下」
侍医が深く頭を下げる。
「王妃はどうした!?無事か!!」
魔王は今にも掴みかからんばかりの勢いで、一歩で距離を詰めた。
しかし侍医は気にすることなく、穏やかな声で告げる。
「恐れながら申し上げます。王妃陛下は――」
この場にいる全員が、息を呑んだ。
「ご懐妊でいらっしゃいます」
その言葉に、魔王の思考は完全に停止する。
「……なん、だと……」
理解の追いつかない魔王の後ろで、臣下たちからは喜びの声が上がった。
「……本当か?倒れたのは、それが原因か……?」
「はい。ご無理をなさったのでしょう」
魔王は額を押さえた。
(懐妊、だと……)
そのとき女医も現れ。
「陛下、王妃陛下がお目覚めになられました。どうぞ中へ――」
入室を促された魔王は、恐る恐る足を踏み入れた。
王妃は寝台の上で、静かに横たわっていた。
顔色はまだ優れないが、瞳はしっかりと魔王を捉える。
王妃がゆっくりと上体を起こした
「陛下……驚かせて、ごめんなさい」
「謝るな。起きなくていい――」
しかし王妃は首を振り、魔王の手をそっと取る。
そして、自分の腹部へと導いた。
「……お腹に、赤ちゃんがいるそうです」
頬を染めながら――この上なく幸せそうな表情で。
その瞬間。
魔王は再び、何も考えられなくなった。
ただ、抱きしめる。
壊れ物のように、慎重に。だが確かに。
「……最高の贈り物だ」
その声は震えていた。
魔王は、王妃の手をずっと離さなかった。
*
祝宴は王妃不在で、予定通り行われた。
魔王は中止を考えたが、王妃が残念そうな表情で。
「せっかく準備をしましたから……」
そう言われ、その“願い”を魔王は拒めなかった。
祝宴が終わるとすぐに、魔王は王妃のもとへ戻った。
「もうこれ以上は――何も要らぬ」
そう言って、再びその身を抱き寄せる。
「お前こそが、余にとっての祝福だ」
王妃はその腕の中で微笑み、静かに告げた。
そして魔王の背中に、そっと手を回しながら。
「お誕生日おめでとうございます、陛下」
盛夏の夜。
魔王は、未来を抱いていた。
それは何よりも尊く――何よりも、守るべきものだった。




