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未来からの贈り物

盛夏。

王城の庭園は、強い日差しを受けて白く輝いていた。


魔王の誕生日が、間近に迫っている。

王妃はその準備に余念がなかった。


去年の誕生日はこの国に来てまだ日が浅く、また魔王自身が祝宴を好まないということもあって、ごく内輪で静かに過ごしただけだった。


けれど今年は違う。


――あのガゼボ。


庭園に贈られたそれを思い出すたび、胸の奥が温かくなる。

それに対して、ただ嬉しくてお礼を言うことしかできなかった自分。


(今度は、私が……)


王妃は張り切っていた。

祝宴の趣向や段取り、料理、民への向けた挨拶の言葉。

女官長や料理長と相談しながら、一つ一つ丁寧に決めていく。


――ただ。

その裏で、体調は万全とは言えなかった。


時折、立ちくらみのような眩暈。

食事が喉を通りにくい日もある。


女官長も、女騎士も、王妃付きの女医も――

互いに視線を交わしていた。


“ある可能性”が、頭をよぎらなかったわけではない。


けれど王妃があまりに楽しそうで。

その背中に、誰も水を差すことができなかった。



誕生日当日。


王城のバルコニーには、城下から集まった民の声が溢れていた。

祝福の言葉、歓声、笑顔。


魔王はいつも通り堂々と立ち、王妃と並んで手を振る。

その姿は、この国の“揺るがぬ象徴”そのものだった。


だが――

王妃の指先は、わずかに震えていた。


(大丈夫……)


自分に言い聞かせるように微笑み、最後まで役目を果たす。

しかしバルコニーから室内へと戻った、その瞬間。


「っ……」


王妃の体が、ふっと力を失った。

魔王が振り返るよりも早く、女官長と女騎士がその身を支える。


顔色の悪さを見た瞬間――魔王の中で何かが切れた。

世界が、一気に閉ざされる。


「医師を呼べ!今すぐに……全員だ!!!」


その声は怒号に近く、完全に冷静さを失っていた。



侍医、女医、薬師――

王城中の医師が、次々と集められる。


王妃は私室の寝台へ運ばれ、その扉の外では。

魔王が落ち着きなく歩き、立ち止まり、拳を握り締めていた。


――奪われる感覚。

かつて味わったそれが、胸の奥で蠢く。


やがて扉が開いた。


「陛下」


侍医が深く頭を下げる。


「王妃はどうした!?無事か!!」


魔王は今にも掴みかからんばかりの勢いで、一歩で距離を詰めた。

しかし侍医は気にすることなく、穏やかな声で告げる。


「恐れながら申し上げます。王妃陛下は――」


この場にいる全員が、息を呑んだ。


「ご懐妊でいらっしゃいます」


その言葉に、魔王の思考は完全に停止する。


「……なん、だと……」


理解の追いつかない魔王の後ろで、臣下たちからは喜びの声が上がった。


「……本当か?倒れたのは、それが原因か……?」

「はい。ご無理をなさったのでしょう」


魔王は額を押さえた。


(懐妊、だと……)


そのとき女医も現れ。


「陛下、王妃陛下がお目覚めになられました。どうぞ中へ――」


入室を促された魔王は、恐る恐る足を踏み入れた。


王妃は寝台の上で、静かに横たわっていた。

顔色はまだ優れないが、瞳はしっかりと魔王を捉える。

王妃がゆっくりと上体を起こした


「陛下……驚かせて、ごめんなさい」

「謝るな。起きなくていい――」


しかし王妃は首を振り、魔王の手をそっと取る。

そして、自分の腹部へと導いた。


「……お腹に、赤ちゃんがいるそうです」


頬を染めながら――この上なく幸せそうな表情で。


その瞬間。

魔王は再び、何も考えられなくなった。


ただ、抱きしめる。

壊れ物のように、慎重に。だが確かに。


「……最高の贈り物だ」


その声は震えていた。

魔王は、王妃の手をずっと離さなかった。



祝宴は王妃不在で、予定通り行われた。

魔王は中止を考えたが、王妃が残念そうな表情で。


「せっかく準備をしましたから……」


そう言われ、その“願い”を魔王は拒めなかった。


祝宴が終わるとすぐに、魔王は王妃のもとへ戻った。


「もうこれ以上は――何も要らぬ」


そう言って、再びその身を抱き寄せる。


「お前こそが、余にとっての祝福だ」


王妃はその腕の中で微笑み、静かに告げた。

そして魔王の背中に、そっと手を回しながら。


「お誕生日おめでとうございます、陛下」


盛夏の夜。

魔王は、未来を抱いていた。


それは何よりも尊く――何よりも、守るべきものだった。

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