与えたいもの
王城に、新緑の季節かやってきた。
庭園は生き生きとした緑に満ちていた。
王妃が魔王国に来て、二度目の誕生日である。
去年贈ったものは――
衣装は数え切れず、宝石は保管庫を増設するほど。
しかし数日前。王妃は穏やかに笑って言った。
「ドレスも宝石も嬉しいですが……もう、一生分いただきました」
その言葉が、魔王の中で消えずにいた。
何より――あんな事件があった後だ。
それゆえに魔王は一人。
執務室で腕を組み、珍しく悩んでいた。
――与えたい。だが、何を。
控えていた女官長が、静かに口を開いた。
「王妃陛下は――物欲の少ない方でいらっしゃいます」
「分かっている」
即答だった。
女官長は、少しだけ微笑む。
「陛下と過ごされる穏やかな時間が、一番よろしいかと」
魔王は静かに目を伏せた。
そして、決断は早かった。
*
誕生日当日。
王妃は魔王に手を引かれ、庭園の奥へと案内されていた。
「陛下……こちらは?」
人目の少ない、静かな一角。
木々に囲まれた、小さなガゼボ。
以前から王妃が好んで足を止めていた場所だった。
魔王は、王妃の前に立つ。
「ここを、お前に贈る」
王妃の目を瞬く。
「……私に?」
「王妃専用だ」
ガゼボの中には、落ち着いた調度品。派手さはなく、やわらかな色合い。
王妃の好みそのものだった。
「何も置かぬ。誰も呼ばぬ。ただ――お前が休むための場所だ」
王妃は言葉を失ったまま、周囲を見回す。
やがて胸に手を当て、深く息を吸った。
「……陛下」
声が、少し震える。
「こんなにも……私のことを……」
魔王は答えない。
代わりに王妃の頬に手を伸ばし、静かに口づけた。
短く、やさしく。
「誕生日だ」
低い声。
「余が与えたいのは――お前が安らぐ場所と、時間だ」
王妃は、魔王の胸に額を預けた。
「……一生、大切にいたします」
新緑の風が、ガゼボを吹き抜ける。
やわらかく。
あたたかく。
その日、魔王が与えたのは――
形のない、けれど何より重い贈り物だった。
そして王妃は知る。
これ以上、欲しいものなどないのだと。




