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決して失くせないもの①

極東の神国から帰還して数日後。


魔王国の王城には、東の華国より使節団が到着していた。

その代表は、第三皇子。


謁見の間に現れた彼は豪奢な衣装を纏い、長い袖を揺らしながら進み出た。

口元には常に、粘つくような笑みが貼り付いている。


「魔王陛下。このたびは、我が東の華国より――」


声は高く、甘ったるい。

視線は挨拶を受ける魔王を通り越し、わずか後方に控える王妃へと絡みついた。


値踏みするように。

舐め回すように。


「……噂に違わぬお美しさ。陛下は、実に稀有な宝をお持ちだ」


その言葉に、空気が一瞬で冷える。


魔王は何も言わなかった。

ただ瞳の奥で、何かが確かに沈んだ。



その日以降、魔王は王妃を一切外交の場に出さなかった。

理由は告げない。ただ「余の判断だ」とだけ。


第三皇子は王城に滞在する間も、執拗だった。


「王妃陛下はなぜ、お姿を見せぬのか」

「陛下は、独占欲が強すぎるのでは?」


冗談めかした口調。

だがその目に宿る欲は、隠しきれていなかった。



第三皇子の帰国前日。

王妃は、王都の神殿へ視察に赴く予定だった。


「……延期しろ」


魔王の声は低く、強かった。


「東の華国の使節が滞在している。今は、動くな」


王妃は一瞬言葉に詰まったが、静かに頭を下げた。


「……承知しております。ですがここしばらく、公務もあまり行っていません。せめて……」


その目は揺れていなかった。

責任を知る者の、それだった。


魔王は長く沈黙し――やがて、短く息を吐いた。


「……護衛を増やす。少しでも異変があれば、即刻戻れ」


その日は、いつも以上に厳戒だった。


女騎士を筆頭に腕の立つ護衛が多数配置された。

さらに、庭師――

その実の顔が王権直轄の諜報部隊“緑守(りょくしゅ)”の“(テウ)”である男も、影として付いた。


だが。

第三皇子はあまりにも狡猾だった。


ほんの一瞬。

人の流れが交錯した、その隙を突く。


纏う匂いが変わり――空気が、わずかに沈む。

気づいたときには視界が揺れ、音が遠のいていた。


「――王妃陛下!!!」


女騎士の声が聞こえた気がしたが、それは闇に溶けていった。



目を覚ましたとき、王妃は冷たい空気を感じた。


石造りの崩れた柱、ひび割れた壁――

王都の外れにある廃墟だと、すぐに理解する。


「お目覚めですか」


目の前に立っていたのは第三皇子。

幸い、手足の自由はあった。


「……どうして、このようなことを」


王妃の声は、震えていなかった。


「私に仕える者たちは……無事ですか」


第三皇子は満足そうに笑った。


「さあ?少なくとも、命は取っていない」


その言葉に、王妃の胸に初めて恐怖が差し込む。


「魔王は、強すぎる」


第三皇子は、ゆっくりと王妃に近づいた。


「あなたは――奴にとっての“すべて”だ」


欲に濁った視線。


「あなたが欲しい」


王妃は思わず身を引いた。

それでも心の奥で、確信があった。


(陛下は……必ず)

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