前日譚 ―婚儀の夜に―
その婚儀は本来、半年後に行われるはずだった。
しかし魔王が手に手を尽くし。
出会ったその日から“王妃”と呼ばれるようになった王女が到着した、わずか三週間後に行われた。
そのため国内の諸侯しか出席が間に合わず、魔王の親族は実姉とその家族のみが参列した。
王妃の両親――中立国の国王夫妻も当然、駆け付けられず。
慌ただしく準備がされ、あっという間にその日を迎えた。
王妃はこの性急さに戸惑った。
しかしこの世に類を見ないほど美しく飾られ、魔王はその姿に密かに目を細めていた。
――ただ女官長を始めとする王城の裏方は、疲弊を極めに極めていた。
そしてこれを機に、多くの臣下が胃薬を常用するようになる。
*
そして、それを終えた夜。
灯りは落とされたが、婚儀の騒がしさがにわかに残っていた。
王妃は薄い夜着を纏い、寝台の縁に座っている。
交わした揃いの、金色の指環の光る先が――
わずかに、震えていた。
魔王はそれを見て、距離を取った。
「……王妃」
低い声。
王妃は顔を上げる。
「余は」
一瞬、言葉が止まる。
(臆したか)
自分に苛立ちながら。それでも、続けた。
「今夜、お前に手は出さぬ」
王妃の目が、見開かれる。
「陛下……?」
魔王は、視線を逸らさず言った。
「――体ではない」
一歩、近づく。
けれど決して、触れない距離。
「お前の、心が欲しい」
王妃の呼吸がゆっくりになる。
「……拒まれて、いるのでは……」
「違う」
即答だった。
「余が、耐えているだけだ」
王妃は小さく息を呑んだ。
そして、そっと言う。
「……光栄、です」
魔王は、初めて目を伏せた。
(持たない)
その夜、魔王は王妃の横で。一睡もできなかった。
――心を奪う覚悟は。
欲情より、遥かに重かった。




