逆上せるように
※ご注意回です(ご無体系)
王都の城下視察の日。
不思議と、朝から空気がざらついていた。
魔王はいつも通り、感情を抑えた顔で視察をこなしていた。
――途中までは。
夕方。
帰還した魔王は、出迎えた王妃の姿を見た瞬間。
張り詰めていた何かがひっそりと切れた。
「陛下、おかえりなさいませ」
やわらかな声。
胸元まで流れる、波打つ艶やかな髪。
視察の間、ずっと脳裏に焼きついて離れなかった姿。
魔王は返事もせずただ王妃の腰に手を回し、そのまま肩に担ぎ上げた。
「きゃ――っ、へ、陛下……!?」
抗う隙など与えなかった。
視察に同行していた近衛隊、そして王妃の傍に控えていた女官長や女騎士は息を呑んだが。
魔王の形相に、誰一人声をかけられなかった。
王妃は寝室の寝台に放り置かれ。
次の瞬間、魔王の影が覆いかぶさる。
その後は――
名前を呼ぶことさえできないほどの熱に、ただただ飲み込まれていった。
*
どれほど時間が経ったのか分からない。
王妃の肩は細く震えていた。
ドレスの襟元は大きくはだけ、裾も乱れている。
そして白い肌に――
花弁のような赤みが、静かに無数に散っていた。
魔王は、ぐったりと腕の中に沈む王妃をそっと抱え上げる。
その表情には後悔よりも、抑え難い独占欲の名残が濃かった。
湯殿へ向かい、温めた湯に王妃ごと浸かる。
王妃はぼんやりとまぶたを震わせ、やがてゆっくりと焦点を取り戻した。
「……陛下……?」
掠れた声。
魔王は呼吸を止める。
王妃はしばらく魔王の胸に額を預けたあと、ぽつりと呟いた。
「……大丈夫、ですか?」
魔王の瞳が大きく揺れた。
“自分の方を案じる王妃”という存在が、胸に刺さる。
「……すまぬ」
低く、押し殺した声でそれだけ。
王妃は小さく首を振り、湯の中でゆるく魔王の首へ腕を回した。
「いいえ……陛下のことは、よく分かっていますから……」
その声は弱くない。
慰めるでも、責めるでもなく――ただ“寄り添う”声音。
魔王の喉が震えた。
視察先で向けられた、とある貴族の言葉。
王妃の肖像を前に「あれほどの美が、王の所有とはなんと惜しい」と、わざと聞こえる声で語った。
――王妃が誰のものであるか、百も承知の上で。
敬意も畏れもなく“それでも欲しい”と示す色だけが、はっきりと在った。
それが――
魔王にはどうしようもなく、不快だった。
王妃は“それ”を見抜いている。
尋ねず、責めず、ただ受け止める。
魔王は目を伏せ、静かに言う。
「……お前には、やはり敵わないな」
王妃はほんの少し誇らしげに「はい」と答えた。
湯気の向こうで、魔王の肩から緊張が解けていく。
「……無理をさせた」
その言葉には“もう傷つけたくない”という深い情が混ざっていた。
王妃は魔王の胸に頬を寄せ、少し照れたように囁く。
「平気です。ただ……」
見上げる瞳が潤んでいる。
それがまた、魔王の理性を軽く引き攫う。
「髪を、乾かしていただけますか?」
その言葉に。
魔王は王妃の頬に指を添え、囁くように落とした。
「そんな“おねだり”なら――いくらでも聞いてやる」
そして濡れた唇に、そっと口づけを重ねた。
湯殿に、ふたりの吐息が混ざり合って。
嫉妬の熱も甘い余韻も、すべて溶けていくように満ちていった。
魔王さんの独占欲を、全身で受け止める王妃ちゃんでした。
ちなみに、どこぞの貴族は今頃葬られてますネ( ◜◡◝ )




