透ける布の向こう側
寒い冬がようやく終わりを告げ、やわらかな春の光が満ち始めた王城。
西の砂国から訪れていた使者は、謁見の間で深く頭を垂れて言った。
「我が国より、王妃陛下への贈り物にございます」
控えていた女官長は箱を見た瞬間、何故だか嫌な予感がした。
使者が箱の蓋を開ける。
――軽い布。
重なっているはずなのに、透ける。
肌の色を、光を。明らかにそのまま拾う、布。
魔王はそれを、無言で一瞥するだけだった。
女官長の内心は穏やかではない。
(……かの国は、隠すという概念が、おそらく砂に埋まっている……)
王妃は一瞬だけ言葉を失い、それでも礼儀正しく微笑んだ。
「素敵なお衣装を、ありがとうございます」
*
贈られた箱を携えて私室に戻った王妃。
その後放った言葉に――女官長は、言葉を失った。
「……せっかくですから、試着してみてもいいですか?」
女官長と女官たちは王妃を宥めるでもなく、早々に諦めて慎重に異国の衣装を整える。
頭には、薄いベール。口元も隠されている。
全身は布で覆われているものの、光を集めるその軽さが逆に輪郭を強調する。
身体の曲線は見えるか見えないかの瀬戸際で、どう見ても――男心を誘うものであった。
裾に施された小さな金属の飾りたちが、王妃が動くたびにシャラ……と音を立てる。
王妃は鏡の前で、少し戸惑った。
「やはり透けている箇所が――多いでしょうか?」
「はい」
(いえ、かなりです……)と思いながら、女官長は即答した。
「ですが、正式な贈り物ですので……」
王妃は少し考え、頷いた。
「陛下に、確認していただきたいです」
もはやその言葉は、地獄そのものだった。
*
魔王は私室の扉が開いた瞬間、動きを止めた。
「……」
言葉が、出なかった。
透ける布の向こう――
王妃の“存在”だけが、はっきりと見える。
王妃は少し不安そうに、問いかける。
「陛下、こちらの衣装……」
シャラ……と音が鳴る。
魔王は無言のまま、ゆっくり近づいた。
一歩。また一歩。
そして内心。
(余は――今、非常に、理性を、消耗している)
「……あ、あの?」
魔王は外套を脱ぎ、そっと王妃の肩にかけた。
「これ以上――見せるな」
「……陛下?」
魔王は低く言う。
「昼間から――起き上がれなくなりたいか」
「え?」
「どうしても着たいなら――夜にしろ」
その一言に、王妃の頬が一気に赤くなる。
魔王は即座に踵を返して。
「夜なら、思う存分に見てやる」
まるで捨て台詞のようにして、私室から退出した。
王妃は全身が、砂漠の国にいるように熱くなった――
*
後日。
女官長は私用の日記に、淡々と書き残した。
《西の砂国のお衣装は、王妃陛下に非常によくお似合いであった。ただし以後同様の贈答品は、全て陛下の事前確認を必須とする》
そして、小さく追記する。
《――陛下の理性保全のため》
多分、夜にコスプレしてます'`,、('∀`) '`,、




