年明けの逢瀬
※ちょっとだけご注意回です。
新年三日間。
政務は休みとなり、王城は驚くほど静かだった。
普段なら人の気配が絶えない回廊も、今日は足音が吸い込まれるように消えていく。
王妃は書庫の奥、窓際の椅子に腰を下ろしていた。
手に持った書は厚く、紙の縁は少し擦れている。
異国の文化と年中行事をまとめた――記録だった。
王妃は頁をめくり。
極東の神国の項で、ふと眉を寄せる。
「……“姫初め”?」
小さく声に出して読む。
《年の始め、夫婦が互いの存在を確かめ合い、その年の安寧と実りを願う――》
そう書かれてはいるが、肝心の中身は曖昧だった。
作法も、意味の深掘りもない。
「……詳細が、ありませんね」
首を傾げたまま、王妃は視線を横に向ける。
魔王はすぐ近くの長椅子にいた。
書庫の静けさに溶け込むように、背もたれに体を預けている。
「陛下」
呼ぶと、紫銀の瞳がこちらを向いた。
「この“姫初め”というのは……どういう行事なのでしょう?」
聞かれた魔王の視線が、書の文字から、王妃の顔へ――
ゆっくりと細められた。
「……詳しい説明は、載らぬものだ」
「そうなのですね」
低く、含みを帯びた声。
「言葉で説明するより……」
魔王は立ち上がり、王妃の前に歩み寄る。
「実践した方が、早いな」
「え?」
問い返す間もなく王妃は長椅子に座らされ、手が付かれた。
逃げ場を塞ぐような距離。
けれど、まだ触れてはいない。
「ま、待ってください陛下!ここは――」
「書庫だな」
魔王は否定しない。
「だが今は、新年だ。それに……」
魔王は王妃の顎にそっと指を添えた。
王妃の心臓が、一気に速くなる。
「余の妻に“明けまして”と言わずに新年を迎えるなど――極東の神々に、無礼だろう」
「……それは、どういう……」
問いかけた言葉は弱く、抗議にもならない。
背中が長椅子に触れた。
倒されるほどの力はないのに、王妃は自然と身を預けてしまう。
視界の端で、窓から差す光が揺れている。
昼の明るさが、余計に胸をざわつかせた。
「……こんな、明るい場所で……」
「だから、いい」
魔王の声は静かだった。
「新しい年の始まりは――何一つ、隠す必要がない」
息が触れるほどに、距離が詰まる。
書の頁が、かすかに風で揺れた。
その瞬間――書庫の外で、廊下を歩く足音。
「……!」
王妃が息を呑んだが、魔王は動じない。
ただ王妃の耳元に唇を寄せ、低く囁いた。
「声を、抑えろ」
それは命令ではなく――ひどく甘い忠告だった。
*
その頃。
里帰り中の女官長の代わりを務める筆頭女官は、書庫から漂う“説明のつかない空気”に足を止めていた。
(まさか……新年、早々……?)
理由はわからない。
だが胃のあたりが、きりっと痛む。
その日の夜。
女官長宛ての報告書には、こう書き添えられていた。
《書庫周辺、新年より警戒を要します―― また胃薬の在庫補充を、至急強く要望》
理由は、書かれていなかった。
新しい年は、こうして始まった。




