王妃、風邪を引く
魔王の姉と息子たちが帰還してから数日。
王城はいよいよ、年越しの支度に追われていた。
その朝――王妃は少しだけ額に熱を帯び。
時折、控えめな咳をこぼしていた。
「……微熱でいらっしゃいますが、食欲はあられます」
女官長の冷静な報告に、魔王は沈黙した。
次の瞬間。
「緊急事態だ」
低く揺るぎない声が、執務室に響いた。
「王妃の体調不良を確認した。本日より業務は最低限を除き停止とする。余は、王妃の傍を離れぬ」
宰相を始め、臣下たちは一斉に青ざめた。
「へ、陛下!?」
「陛下、それは――」
「年末の政務が――!」
しかしその声は、魔王の一睨みで凍りついた。
「異論は、受け付けぬ」
こうして王城は。
年末を目前に、ほぼ機能が失われた。
*
王妃が寝台の上で申し訳なさそうにしている。
「陛下、大丈夫です。少し咳が出るくらいで――」
「ならば尚更だ」
魔王はその場に外套を脱ぎ捨てると、踵を返した。
「厨房へ行く」
「……え?」
しばらくして戻ってきた魔王の手には。
湯気を立てる陶器の椀と、王妃が気に入って使っているカップ。
その背後には、顔色を失った料理長が立っている。
料理長は王妃に挨拶をしてから、すぐに下がった。
魔王は王妃の隣に座り、椀を持った。
「口を開けよ」
「……陛下?」
「養生だ」
王妃は恥ずかしくなりながらも従った。
一匙ずつ粥が運ばれる。続いて、温かい蜂蜜湯。
やがて――ほうっと息をついた。
「……美味しいです」
その一言で、魔王の表情が緩んだ。
*
夕方。
王妃の熱はすっかり下がり、咳も落ち着いた。
「ほら、元気になりました」
王妃が微笑む。
しかし魔王は頷きながらも、真顔で言った。
「だが喉を労わるために――蜂蜜湯は継続だ」
「咳も大丈夫ですが……」
「喉は――冬でなくても、夜に枯れる」
次の瞬間、すべてを察した。
「……っ!」
魔王の視線は、やけに熱を帯びている。
「……今度は、高熱が出そうです」
ぽつりと呟いた王妃に、魔王は満足げに微笑んだ。
「それはそれで、余が看る」




