何気ない一言が
冬の日の午後。
庭園の温室は外の冷気を忘れさせるほど穏やかだった。
硝子越しの光が、湯気を含んだカップに反射している。
円卓には、三人。
王妃。
伯爵令嬢。
そして、宰相の婚約者である侯爵令嬢。
「冬でもこのように花を楽しめるとは……さすが王城にございますね」
侯爵令嬢が背筋を伸ばして微笑む。
声音は落ち着き、言葉遣いは端正だった。
「ええ。本当に」
伯爵令嬢は、やわらかく頷く。
「王妃陛下がお喜びになるよう、陛下が整えられたと伺っております」
王妃は顔を赤くし、少しだけ目を伏せて。
「……そう、なのです」
話題は、自然と移る。
「それにしても」
侯爵令嬢がカップを置いて言った。
「両陛下は大変仲睦まじくいらっしゃって…素晴らしいことにございますね」
王妃は静かに微笑んだが。その顔は、さらに赤くなった。
伯爵令嬢が楽しそうに続けた。
「陛下が王妃陛下をお見かけになるたび、目を細めていらっしゃるのが……とても印象的で」
侯爵令嬢は、少し首を傾げる。
「ところで王妃陛下は――陛下のどのようなところが、お好きでいらっしゃるのですか?」
王妃は一瞬だけ、言葉に詰まった。
「……陛下の、ですか?」
「はい。お好きな仕草や表情など――是非お伺いしたいですわ」
丁寧で、逃げ道のある問いだった。
伯爵令嬢もにこやかな視線で。
「とっても気になります」
そう言われた王妃は考えた後。
恥ずかしくなりながらも、いくつか答えていく。
そして最後に――
「あとは……陛下の御髪が、時折私の顔や肩に――」
言った瞬間。
自分が何を思い浮かべたのかを、理解してしまった。
(……私ったら、どうして夜のことを……!)
王妃は顔から、蒸気を吹き出しそうだった。
沈黙。
けれどそれは、気まずさではなかった。
侯爵令嬢はゆっくりと微笑んだ。
「……まあ。大変、よく分かりましたわ」
伯爵令嬢も優しく見つめる。
「王妃陛下は――陛下をとても、お慕いしていらっしゃるのですね」
王妃は完全に言葉を失っていた。
ほど近くで控えていた女官長は、胃の辺りを押さえた。
(……ああ……)
*
その後の執務室。
庭師が静かに魔王の前に跪いていた。
表向きは――ただの庭師。
だがその耳は、よく働く。
「温室でのお茶会にて、王妃陛下が……」
「――何かあったか」
「ご寝室での、陛下の“御髪”について――言及されていらっしゃいました」
魔王はほんの一瞬、目を細めた。
「……ほう」
それだけだった。
その夜。
王妃は、寝室で思い知ることになる。
何気ない一言が、どれほど正確に“夜”を呼び寄せることになるのかを。




