極北からの芳醇酒②
翌朝。
寝室に差し込む淡い光で、王妃はゆっくり目を覚ました。
しかしすぐに頭痛を覚え、こめかみを押さえた。
「……陛下?」
傍らの魔王が穏やかな――
それでいてどこか満足そうな顔で、こちらを見ていた。
「目覚めたか」
王妃は首を傾げる。
「……あの、昨夜……」
「覚えておらぬか」
王妃は、必死に思い出そうとして――
「……何も……」
魔王は、ふっと笑った。
「そうか」
そうして顔を近づけ、低く囁く。
「では聞かせてやろう」
「……何を、ですか?」
「『うれしいの』と、言っていた」
王妃は、やはり理解はできなかったが。
「……可愛かった」
「……っ!」
その一言で察して、顔を真っ赤にした。
「何か……言ってしまったですね」
王妃は、寝具に顔を埋めた。
「……忘れてください……」
魔王はその姿を見て。
(忘れているなら)
何度でも、言おう――思い出させるために。
極北の酒は、確かに厄介だった。
――だが。
王妃をこれほどまでに甘くするなら。
処罰は、姉と女医だけで十分だろう。
*
その日の昼。王城の応接間。
空気が――やけに張りつめていた。
魔王の姉は、優雅な仕草で紅茶を飲んでいる。
「で?」
対面に座る女医は、穏やかな笑顔のまま。
「良いお酒でしたね」
――沈黙。
魔王は、立っていた。
「余は」
とてつもなく低い声。
「王妃に酒を飲ませるなと――命じたはずだ」
姉は、あっさりと言う。
「少しだけよ」
「飲んでどうなるか分からぬから、禁じた」
女医が肩をすくめる。
「しかし問題は……特に起きていないですし」
その瞬間。空気がさらに冷えた。
「……問題は」
魔王は、ゆっくり続ける。
「余が、理性を捨てたことだ」
姉は一瞬だけ目を丸くし――吹き出した。
「はははっ!あんたもちゃんと、男ねえ!」
魔王の眼光が鋭くなる。
「処罰を言い渡す」
女医は、条件反射で姿勢を正した。
「今後一切――王妃関連の“余計な配慮”を禁ずる」
女医は黙って頷いたが、姉は口を尖らせた。
「つまんなーい」
「……登城禁止になりたいか?」
「えー!それは嫌だから、仕方ないわねえ。ま、多分守らないけど」
そう言いながら片目を閉じ、魔王を指差す姉。
相変わらずのその様に、魔王は頭を抱えた。
――これでは全く、処罰になっていない。と。




