極北からの芳醇酒①
ばあばとお姉ちゃん滞在中のお話。
夜の王城。
寝室の外はすでに静まり返り、灯りだけが揺れていた。
しかし魔王の心中は穏やかではない。
――ただでさえ、祖母と姉が滞在しているというのに。
テーブルの上には、一本の酒。
金彩を施した黒硝子で、底の見えない瓶。
魔王はそれを見下ろしていた。
「……」
覚えがある。
先日届いた、極北の湖国の女王から贈られたもの。
――王妃に酒を飲ませるな。
魔王は確かに命じた。
なのに。
「陛下」
背後から、やわらかな声。
振り返ると――王妃がグラスを手にしていた。
「少しだけ、と言われまして……」
魔王の脳裏に、とある顔が浮かぶ。
破天荒な姉。そして、その幼なじみの女医。
(……やりおったな)
「王妃」
声を低くする。
「それは――」
遅かった。王妃はもう一口、含んでいた。
「……あら」
瞼が、ゆっくり瞬く。
「からだが、あったかいです」
これは、間違いなく危険な兆候――
魔王は即座に近づき、グラスを取り上げる。
「もうよい」
王妃は、不満そうに唇を尖らせた。
「けち……」
――言わない。
普段なら、絶対に言わない。
魔王は、内心で鐘を鳴らした。
(酔っている)
王妃は、ふらりと一歩近づく。距離が、一気に消えた。
「へいか」
魔王の肩に、そっと触れる。
「……王妃?」
そして王妃は、自分の夜着の紐に指をかけた。
「ねえ……」
魔王の思考は――停止寸前だった。
「待て」
「……どうして?」
酔っているにも関わらず、あまりに無邪気な表情で。
王妃は止まらず、ゆっくり夜着を緩める。
「わたし……」
舌が、少しもつれる。
「へいかのおよめさんになれて…うれしいの」
それは、とんでもない破壊力だった。
この世のどんな兵器も――遥かに凌駕するほど。
魔王の心臓が、本気で跳ねた。
(落ち着け)
(余は、今――試されている)
王妃は魔王の胸に額を預け、そして囁いた。
「だいすき、です」
魔王は深く息を吸った。
そして、自分の中で何かが弾けたのが分かった。
腕を伸ばし王妃を抱き止める。
逃がさない。もう、逃がせなかった。
「……王妃」
声が、掠れる。
「余は――お前を、拒まぬ」
王妃は満足そうに、微笑んだ。
その夜。
魔王は理性を投げ捨てて、王妃を受け止めた。
――詳細は、魔王の胸にのみ刻まれた。




