離宮からの来訪
冬になる直前。
王城の空気が、わずかにざわついた。
理由は単純である。
――太王太后が、王城に来る。
しかも、一人ではなかった。
魔王の姉が降嫁先の公爵家から姿を現し、それを幼なじみである王妃付きの女医が出迎えた。
臣下たちは――冬が来る前に、倒れるかもしれない――
そんな覚悟を決め始めていた。
*
王妃は少し緊張していた。
数日前の出来事――制度の話、魔王の断言。
『超越している存在』という言葉。
そんな折の、この来訪である。
謁見の間。
太王太后は玉座を目にして、わざとらしく呟いた。
「うむ。相変わらず落ち着かぬ城だの」
その言葉に魔王の姉が笑い、女医も苦笑いをした。
玉座から降りて太王太后を出迎えた魔王は、すでに嫌な予感を確信していた。
太王太后は、王妃を手招きする。
「王妃よ」
王妃は姿勢を正して近づく。
「――太王太后陛下」
「よい返事じゃ」
満足そうに頷いてから、太王太后は言った。
「さて。王妃とは何か――もう一度、話しておこうかの」
魔王は即座に口を開こうとしたが、太王太后に片手で制された。
「黙れ。これは妾から王妃への話だ」
太王太后は、王妃をじっと見つめた。
「王妃よ。お主は賢い」
王妃は戸惑いながらも、頷く。
「学び、考え、正しくあろうとする――だがの」
太王太后は、ふっと笑った。
「黙って愛されておればよいのだ」
王妃は目を瞬いた。
「守られることに理由も、制度も、証明も要らぬ。この男が決めたのなら――それが全てじゃ」
そう言って、魔王を思いきり指した。
「“王妃”であるかどうかを悩むなど、贅沢な話よ」
そして王妃の手を取り。
「余計なことは考えるでない……素直に受け取れ」
その言葉は強く、そして優しかった。
王妃はゆっくりと息を吐いた。
「……はい」
その様子を見て、魔王の姉が楽しげに言う。
「つまりさ王妃ちゃん。考えるより、あいつを振り回しなさいってこと」
女医も、にやりと笑う。
「そうですね……悩まれるより、夜を忙しくなさった方がよろしいかと」
その言葉に、王妃の顔が真っ赤になる。
魔王も無言で睨むが、三人は全く気にしていない。
太王太后は、杖を軽く鳴らして。
「では、決まりじゃの」
王妃を包み込むように、微笑みを深くした。
*
そもそも太王太后とは――
魔王の祖母にして、前王である亡き父を生み育てた女傑。
現在でも“陰”を使い、遠い地から王城を見守っている。
この数日。
王城を騒がせたその太王太后だったが、帰還するときは意外にも静かであった。
「よし。妾はこれで、失礼するかの」
太王太后は軽やかに告げ、王妃を振り返り笑みを残す。
「王妃よ――愛されることを、恐れるでないぞ」
魔王の姉は、王妃を抱きしめながら。
「じゃあまた、すぐに来るわね!王妃ちゃん」
女医も、いつも通りの笑みを浮かべた。
「陛下、殿下――王妃陛下の健康管理はおまかせを」
王妃は微笑みながら、手を振った。
太王太后が去った後。王城は当然、静かになった。
しかしその静寂は――
安堵ではなく、少しの寂しさを伴う。
そうして。
「――触らせるな」
「どうされましたか?」
「――姉上だ。抱きしめられていた」
「まあ……お義姉さまですよ?」
王妃は小さく笑った。
魔王は背後からそっと手を回し、王妃を閉じ込める。
「今宵はゆっくり、眠れ」
王妃は頷き、静かに目を閉じた。
胸の奥が、ほのかに温かい。
――数えきれないほどの、優しさのおかげで。




