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離宮からの来訪

冬になる直前。

王城の空気が、わずかにざわついた。

理由は単純である。


――太王太后が、王城に来る。


しかも、一人ではなかった。

魔王の姉が降嫁先の公爵家から姿を現し、それを幼なじみである王妃付きの女医が出迎えた。


臣下たちは――冬が来る前に、倒れるかもしれない――

そんな覚悟を決め始めていた。



王妃は少し緊張していた。


数日前の出来事――制度の話、魔王の断言。

『超越している存在』という言葉。


そんな折の、この来訪である。


謁見の間。

太王太后は玉座を目にして、わざとらしく呟いた。


「うむ。相変わらず落ち着かぬ城だの」


その言葉に魔王の姉が笑い、女医も苦笑いをした。


玉座から降りて太王太后を出迎えた魔王は、すでに嫌な予感を確信していた。


太王太后は、王妃を手招きする。


「王妃よ」


王妃は姿勢を正して近づく。


「――太王太后陛下」

「よい返事じゃ」


満足そうに頷いてから、太王太后は言った。


「さて。王妃とは何か――もう一度、話しておこうかの」


魔王は即座に口を開こうとしたが、太王太后に片手で制された。


「黙れ。これは妾から王妃への話だ」


太王太后は、王妃をじっと見つめた。


「王妃よ。お主は賢い」


王妃は戸惑いながらも、頷く。


「学び、考え、正しくあろうとする――だがの」


太王太后は、ふっと笑った。


「黙って愛されておればよいのだ」


王妃は目を瞬いた。


「守られることに理由も、制度も、証明も要らぬ。この男が決めたのなら――それが全てじゃ」


そう言って、魔王を思いきり指した。


「“王妃”であるかどうかを悩むなど、贅沢な話よ」


そして王妃の手を取り。


「余計なことは考えるでない……素直に受け取れ」


その言葉は強く、そして優しかった。

王妃はゆっくりと息を吐いた。


「……はい」


その様子を見て、魔王の姉が楽しげに言う。


「つまりさ王妃ちゃん。考えるより、あいつを振り回しなさいってこと」


女医も、にやりと笑う。


「そうですね……悩まれるより、夜を忙しくなさった方がよろしいかと」


その言葉に、王妃の顔が真っ赤になる。

魔王も無言で睨むが、三人は全く気にしていない。


太王太后は、杖を軽く鳴らして。


「では、決まりじゃの」


王妃を包み込むように、微笑みを深くした。



そもそも太王太后とは――


魔王の祖母にして、前王である亡き父を生み育てた女傑。

現在でも“陰”を使い、遠い地から王城を見守っている。


この数日。

王城を騒がせたその太王太后だったが、帰還するときは意外にも静かであった。


「よし。妾はこれで、失礼するかの」


太王太后は軽やかに告げ、王妃を振り返り笑みを残す。


「王妃よ――愛されることを、恐れるでないぞ」


魔王の姉は、王妃を抱きしめながら。


「じゃあまた、すぐに来るわね!王妃ちゃん」


女医も、いつも通りの笑みを浮かべた。


「陛下、殿下――王妃陛下の健康管理はおまかせを」


王妃は微笑みながら、手を振った。


太王太后が去った後。王城は当然、静かになった。


しかしその静寂は――

安堵ではなく、少しの寂しさを伴う。


そうして。


「――触らせるな」

「どうされましたか?」

「――姉上だ。抱きしめられていた」

「まあ……お義姉さまですよ?」


王妃は小さく笑った。

魔王は背後からそっと手を回し、王妃を閉じ込める。


「今宵はゆっくり、眠れ」


王妃は頷き、静かに目を閉じた。

胸の奥が、ほのかに温かい。


――数えきれないほどの、優しさのおかげで。

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