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壊した先の唯一 ―前日譚・王妃―

あの日のことは、何度思い返しても――

胸を焦がすような、気持ちになる。



魔王国に着いて、通された謁見の間。

扉が開き、王妃はただ前を見て歩いていた。


(……あの方が、魔王陛下)


名はもちろん知っていた。

恐ろしい存在だとも、聞かされてもいた。


だから覚悟はしていたのだ。

威圧。冷酷。鋭い視線。


――けれど。


玉座に座っていたその人は。

想像とは、あまりに違う人物だった。


流れるような黒耀の髪。

背は高く、紫銀の光彩を湛える瞳。

闇を思わせる衣装を纏い、顔立ちは驚くほど整っていた。


(……きれいな方)


一瞬、そう思ってしまった。

でもそれは本当に一瞬で、すぐに打ち消そうとした。


しかし、そこで――視線が交わった。


その目は、冷たくなかった。

鋭いのにどこか深くて、


――何故か、逸らされなかった。


心臓が、跳ねるような気がした。


(……あ)


理由は分からない。ただ胸の奥が、きゅっとする。


魔王は王妃を見ていた。

決して逸らさず、真っ直ぐに。


それが少し恥ずかしくて。

それ以上に、落ち着かなかった。


(……見られている)


怖いとは思わなかった。代わりに浮かんだのは。

どうしようもなく、的外れな感情だった。


(……緊張、する)


視線を伏せた瞬間。

自分の頬が、わずかに熱を帯びたのがわかった。


――そのときは、まだ知らない。


あの一瞬が。


制度を壊し、夜を変え。

自分の居場所を決めてしまったことを。


ただその日王妃は、こう思っていただけだった。


(……きれいな方)


小さく、心の中で。


そしてそれは。

初めて感じる、胸のざわめきだった。

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