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壊した先の唯一 ―前日譚―

――魔王国。


地底に眠る、強大な『魔力』を抑える国。

王はその底知れぬ力を唯一抑えることができる、封であり、柱。


争乱を招かないため、世界の均衡を保つために。

力を狙う外敵から、長きに渡り国を守ってきた。


――中立国。


その名の通り、すべてにおいて中立を保つ国。

武力ではなく対話と礼節で守ってきた、穏やかな土地。


魔王は国内の貴族たちを牽制する意味も込めて、この小国との縁を決めた。


理由は、ただそれだけ。

相手のことなど、 全く興味がなかった。


――初めて出会う、その日までは。



雪は溶け、空は高く。

冷たい光がわずかに、春の気配を予感させるその日。


中立国からの一行が、王城に入った。


謁見の間。

玉座の前に、中立国の王女が立つ。


小柄ながら背筋は伸び、凛としていた。

淡茶色の波打つ髪に、吸い込まれるような新緑の瞳。


そして、その視線は揺れない。

使命と覚悟を背負ってここに来たと、一目で分かる。


魔王はその瞬間――

息を、忘れた。


(……)


理屈ではない、言い表せない感情。


ただ。


己の全身で、沸き立つように惹かれた。

――心を、奪われた。


(王妃)


言葉が、喉まで出かけて止まった。

けれどその目は――もう決めていた。


謁見は滞りなく終わった。

形式通りに礼が交わされ、王女に退出が告げられる。


扉が閉じた、その直後。


「宰相」


低い声。


宰相は、背筋を正した。


「王女のことは今後――“王妃”と呼べ」


沈黙が流れる。


「……失礼ながら陛下。制度上、それは――」

「妃教育からも、その制度の項目は外す」

「陛下!」


宰相の声に、初めて強さが混じる。


「世継ぎの王子を得るまで“王妃”の称号は――」


魔王は立ち上がった。

玉座の段を、一歩降りる。


「余が決める」


それだけで、空気が変わった。


「だが、本人には知らせるな」


宰相が目を見開く。


「……何故、そこまで」


魔王は答えなかった。代わりに、静かに告げる。


「命令だ」


さらなる沈黙の後。


「従え」


また一歩、近づく。


「従えないのなら――」


声が、落ちる。


「――命はない」


宰相は、息を止めた。

それが脅しではないと、誰よりも知っている。


そして、それ以上に――

誰かを守るための命令であることも。


「……承知いたしました」


魔王は踵を返した。

その背中には、迷いがなかった。


王妃はまだ知らない。


自分がこの国に来たその日に――

制度が一つ、音もなく壊されたことを。

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