壊した先の唯一③
※王妃視点。
翌朝。
目を覚ましたとき――
私はまだ、陛下の腕の中にいた。
夜の名残の温度が、背中に残っている。
回された腕は、眠っていても緩まない。
(……相変わらず、離してくださらない……)
そっと身じろぎすると。
抱き寄せる力が、わずかに強くなった。
無意識――それが一番厄介だ。
昨夜の言葉が、頭から離れない。
(――超越している)
そんな言葉を。
まさか向けられるとは思っていなかった。
私は、友好のためにこの国へ来た。
使命があって。覚悟があって。
だから勉強した。制度も、歴史も、慣習も。
“王妃”と名乗る資格が、どこにあるのかを。
……それなのに。
最初から制度の外に立たされていたのだと知って。
私は、少しだけ怖くなった。
(――私は、特別でいいのだろうか)
誰かの善意で、誰かの愛で。
決まりを壊してもらう存在で。
それは。
守られているということと同時に。
足元が揺らぐことでもあった。
「……私、は」
小さく声に出した途端、低い声が返ってきた。
「……どうした」
目を閉じたままの陛下。
私は躊躇ってから、正直に答えた。
「少し……考えていました」
「余のことか」
即答だった。
私は、否定できなかった。
「……はい」
陛下は目を開けて、私の額に自分の額を軽く当てた。
「余は間違っておらぬ」
断言だった。
「お前を王妃と呼んだのは――そう呼ぶと決めたからだ。制度も、資格も。後から付いてくる」
陛下の声は揺るがない。
「余が欲しいのは“いつかの王妃”ではない」
私は、息を呑んだ。
「今、ここにいるお前だ」
胸が――ぎゅっと詰まる。
私は。
賢くありたい。優しく、公平で。
王妃として、正しくありたい。
――陛下に、相応しいように。
それなのに。
「……ずるいです」
思わずそう言っていた。
陛下は、一瞬だけ目を細めた。
「何がだ」
「そんな風に言われたら……」
私は俯きながら。
「制度のことなんて、どうでもよくなってしまいます――」
陛下がかすかに笑った。
「それでよい……責任は、余が取る」
――責任。
その言葉の意味を。
私はもう、知らないふりはできない。
頬が、熱い。
「……協力、でしたね」
昨夜の言葉を思い出してしまった。
陛下の腕が、少しだけ強くなる。
「嫌か」
「……いいえ」
声が、震えた。
沈黙の後。
低く、楽しげな声が落ちてきた。
「では、余の勝ちだ」
さらに抱き寄せられる。
額に、唇が触れた。
「証明など、要らぬ。だが――」
耳元で、囁かれる。
「お前が欲しがるなら、余は全力で応えよう」
……ずるい。本当に、ずるい人だ。
私は観念して、陛下の胸に顔を埋めた。
(戸惑っているのに)
(こんなにも――嬉しいなんて)
本当の“王妃”になる覚悟は。
思っていたより――ずっと甘くて、重かった。




