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壊した先の唯一①

冬の気配が、王城の石壁に少しずつ滲み始めた頃。


王妃は今日も書庫にいた。


分厚い歴史書。

制度書。

年代記。

法典。


嫁ぐ前から変わらない、いや――

嫁いでから、さらに熱を帯びた学び方だった。


「魔王国を、正しく知りたいのです」


それが王妃の口癖だった。


その日も学者との勉強会が終わり、その夫人たちと茶会を催していた。

一人がふと、やわらかく微笑んで言う。


「王妃陛下は、本当に熱心でいらっしゃいますね」


続いて、何気ない調子で。


「陛下が制度を覆されてまで“王妃陛下”になされた理由が分かりますわ」


王妃は、瞬きをした。


夫人たちは慌てた様子もなく、むしろ安堵したように続ける。


「ええ――愛されていらっしゃる証拠です」

「本来なら“世継ぎの王子をお産みになってから”……ですものね」


嫌味でも悪意でもなかった。

ただの、事実の共有。


――だからこそ。


その言葉は王妃の胸に、静かに沈んだ。



魔王国の制度では。


正妃として迎えられても、世継ぎの王子を産むまでは“王妃”を名乗らない。


それが、千年続いた慣例。


そして――

その慣例を即座に粉砕したのが、魔王本人だった。

初めて出会ったその日から。


公文書も。

臣下の呼称も。

民の前でも。


すべて“王妃陛下”――

最初から、何一つ迷いなく。


だから王妃は、その制度の存在を知らなかった。


正確には、知らされなかった。



夕方。

王妃は、私室で落ち着かない様子だった。


「……私」


声が、少し小さい。

傍に控える女官長や女官たち、女騎士も事情を察していた。


「だから、最初のお茶会で……」


(あれほどまでに――刃を向けられたのだろうか)


「王妃陛下――」


女官長が、遠慮がちに声をかける。

すると。


「……制度は、制度です」


王妃の声音が、強くなった。


「ですが……陛下がお決めになった以上、それが正解にございます」

「太王太后陛下も王姉殿下も、最初から“王妃”と」

「我々臣下は、誰一人として疑問に思っておりません」


それぞれの心遣いは、完璧だった。


それでも。

王妃は、首を縦に振らなかった。


「……けれどやはり。理由を、知りたいのです」

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