壊した先の唯一①
冬の気配が、王城の石壁に少しずつ滲み始めた頃。
王妃は今日も書庫にいた。
分厚い歴史書。
制度書。
年代記。
法典。
嫁ぐ前から変わらない、いや――
嫁いでから、さらに熱を帯びた学び方だった。
「魔王国を、正しく知りたいのです」
それが王妃の口癖だった。
その日も学者との勉強会が終わり、その夫人たちと茶会を催していた。
一人がふと、やわらかく微笑んで言う。
「王妃陛下は、本当に熱心でいらっしゃいますね」
続いて、何気ない調子で。
「陛下が制度を覆されてまで“王妃陛下”になされた理由が分かりますわ」
王妃は、瞬きをした。
夫人たちは慌てた様子もなく、むしろ安堵したように続ける。
「ええ――愛されていらっしゃる証拠です」
「本来なら“世継ぎの王子をお産みになってから”……ですものね」
嫌味でも悪意でもなかった。
ただの、事実の共有。
――だからこそ。
その言葉は王妃の胸に、静かに沈んだ。
*
魔王国の制度では。
正妃として迎えられても、世継ぎの王子を産むまでは“王妃”を名乗らない。
それが、千年続いた慣例。
そして――
その慣例を即座に粉砕したのが、魔王本人だった。
初めて出会ったその日から。
公文書も。
臣下の呼称も。
民の前でも。
すべて“王妃陛下”――
最初から、何一つ迷いなく。
だから王妃は、その制度の存在を知らなかった。
正確には、知らされなかった。
*
夕方。
王妃は、私室で落ち着かない様子だった。
「……私」
声が、少し小さい。
傍に控える女官長や女官たち、女騎士も事情を察していた。
「だから、最初のお茶会で……」
(あれほどまでに――刃を向けられたのだろうか)
「王妃陛下――」
女官長が、遠慮がちに声をかける。
すると。
「……制度は、制度です」
王妃の声音が、強くなった。
「ですが……陛下がお決めになった以上、それが正解にございます」
「太王太后陛下も王姉殿下も、最初から“王妃”と」
「我々臣下は、誰一人として疑問に思っておりません」
それぞれの心遣いは、完璧だった。
それでも。
王妃は、首を縦に振らなかった。
「……けれどやはり。理由を、知りたいのです」




