夏の離宮で
王都から遠い地にある、南方の離宮。
その主である太王太后からの誘いで、魔王と王妃は夏の休暇をこの地で過ごしてた。
今日は朝から、離宮近くの神殿を訪れている。
海風が、白い柱を撫でる。
二人は並んで立ち、静かに俯く。
目を閉じた。
何を祈るかは、言葉にしない。
ただ。
魔王の指が、王妃の手に触れる。
王妃は、そのまま握り返した。
――二人のこと。
――日々の平穏。
――続く時間。
神官は、遠くで見守るだけ。
祈り終えた後。
王妃が小さく言った。
「……欲張りでしたか?」
魔王は即答する。
「足りぬ」
王妃は微笑んだ。
*
その日の昼。離宮の目の前の浜辺にて。
海のない国で育った王妃は、ドレスの裾を気にしながらもはしゃいでいた。
しかし慣れない波と、貝殻に足を取られ。
王妃は、見事に転んだ――そして。
びしょ濡れ。
「……あ」
王妃は呆然とした。魔王は即座に駆け寄るが。
(濡れている――)
(非常に、濡れている)
表情は、完璧に平静。
「大丈夫か」
「はい……」
ドレスからは水が滴る。
魔王は外套を脱ぎ、即座に包んだ。
「冷える」
「ありがとうございます……」
魔王は、低く答えた。
「構わぬ」
むしろ。
(役得だ)
その言葉は。
深海の如く、胸の内にのみ沈められた。
*
次の日の昼。離宮の庭にて。
突然聴こえた、その声。
「相変わらずの顔が――少し変わったかの」
魔王は即座に振り向き、膝を折る。
「――陛下」
王妃も遅れずに礼を取る。
「太王太妃陛下――お初にお目にかかります」
老女はにやりと笑った。
「そう固くなるな」
そして一歩。王妃の前に来る。
「ほう」
太王太后は、遠慮なく王妃を観察する。
「……なるほど」
魔王は、嫌な予感がした。
「――お祖母さま」
「妾は、散歩のついでじゃ」
王妃の肩に、軽く手を置く。
「可愛いのを、捕まえたのう」
王妃は顔を赤らめ。魔王は、誇らしげだった。
*
夕方の古民家。
普段、離宮ではなくここで暮らす太王太后。
孫夫妻に緑茶を振る舞いながら、太王太后は王妃を見た。
「王妃とはな」
「はい」
「立派であろうと、するな」
王妃の目を見て。
「選ばれた時点で――もう立派じゃ」
王妃は目を丸くして、驚いた。
「……ですが」
「妾が若い頃はな」
にやり。
「夫を存分に振り回し、忙しかった」
魔王は咳払い。
「陛下」
「黙れ」
太王太后は魔王を気にすることなく、優しく王妃の手を取った。
「そなたは守られるのが仕事じゃ。そしてこの男を、遠慮なく縛るがよい」
王妃の目が、少し潤む。
「……太王太后陛下」
「うむ。“お祖母さま”でよいぞ」
魔王は、ぽつりと言った。
「恐ろしく――甘いな」
太王太后は、ふっと笑った。
「何を申すか……似た者同士じゃろ」




