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夏の離宮で

王都から遠い地にある、南方の離宮。


その主である太王太后からの誘いで、魔王と王妃は夏の休暇をこの地で過ごしてた。


今日は朝から、離宮近くの神殿を訪れている。

海風が、白い柱を撫でる。


二人は並んで立ち、静かに俯く。


目を閉じた。

何を祈るかは、言葉にしない。


ただ。

魔王の指が、王妃の手に触れる。

王妃は、そのまま握り返した。


――二人のこと。

――日々の平穏。

――続く時間。


神官は、遠くで見守るだけ。


祈り終えた後。

王妃が小さく言った。


「……欲張りでしたか?」


魔王は即答する。


「足りぬ」


王妃は微笑んだ。



その日の昼。離宮の目の前の浜辺にて。


海のない国で育った王妃は、ドレスの裾を気にしながらもはしゃいでいた。


しかし慣れない波と、貝殻に足を取られ。

王妃は、見事に転んだ――そして。


びしょ濡れ。


「……あ」


王妃は呆然とした。魔王は即座に駆け寄るが。


(濡れている――)

(非常に、濡れている)


表情は、完璧に平静。


「大丈夫か」

「はい……」


ドレスからは水が滴る。

魔王は外套を脱ぎ、即座に包んだ。


「冷える」

「ありがとうございます……」


魔王は、低く答えた。


「構わぬ」


むしろ。


(役得だ)


その言葉は。

深海の如く、胸の内にのみ沈められた。



次の日の昼。離宮の庭にて。

突然聴こえた、その声。


「相変わらずの顔が――少し変わったかの」


魔王は即座に振り向き、膝を折る。


「――陛下」


王妃も遅れずに礼を取る。


「太王太妃陛下――お初にお目にかかります」


老女はにやりと笑った。


「そう固くなるな」


そして一歩。王妃の前に来る。


「ほう」


太王太后は、遠慮なく王妃を観察する。


「……なるほど」


魔王は、嫌な予感がした。


「――お祖母さま」

「妾は、散歩のついでじゃ」


王妃の肩に、軽く手を置く。


「可愛いのを、捕まえたのう」


王妃は顔を赤らめ。魔王は、誇らしげだった。



夕方の古民家。

普段、離宮ではなくここで暮らす太王太后。


孫夫妻に緑茶を振る舞いながら、太王太后は王妃を見た。


「王妃とはな」

「はい」

「立派であろうと、するな」


王妃の目を見て。


「選ばれた時点で――もう立派じゃ」


王妃は目を丸くして、驚いた。


「……ですが」

「妾が若い頃はな」


にやり。


「夫を存分に振り回し、忙しかった」


魔王は咳払い。


「陛下」

「黙れ」


太王太后は魔王を気にすることなく、優しく王妃の手を取った。


「そなたは守られるのが仕事じゃ。そしてこの男を、遠慮なく縛るがよい」


王妃の目が、少し潤む。


「……太王太后陛下」

「うむ。“お祖母さま”でよいぞ」


魔王は、ぽつりと言った。


「恐ろしく――甘いな」


太王太后は、ふっと笑った。


「何を申すか……似た者同士じゃろ」

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