理想と現実のギャップ
大量のゴブリンの耳を持ち帰ると受付嬢からドン引きされた。
「依頼ノルマは、10匹でしたよね?」
「そうですね」
「これ何匹分ですか?」
「43匹ですね」
「えぇ…巣穴ごと潰したんですか?」
「巣穴は残ってます。埋めた方が良かったですか?いま有毒なガスが溜まってるので難しいですが、やれと言うならやりますよ?」
「そうだけどそうじゃないって言うか…」
「で?」
「え?」
「試験の結果は?」
「現時点では確定していませんが、合格だと思いますけど…」
一週間後。無事合格通知を受け取り、俺は冒険者として行動できるようになった。
新たな身分証を受け取り、新たな生活が始まる。広大な大地に、まだ会ったことのない生物達。
正直言うとワクワクしていた。
これから俺の冒険が始まるのだ!…そう思っていた。
しかし、現実は非情である。
*
冒険者になって三ヶ月たった。
あれから俺は、夢華とパーティーを組んで、依頼をこなしながら生計を立てていた。
俺は勝手に冒険者は夢のある職業だと思い込んでいた。魔物を狩ったり、危険地帯へ出向く人を護衛したり、そんな仕事を想像していたが、実際にやっている仕事の大半は、盗賊や海賊などの犯罪者を捕縛又は殺傷することだった。
魔物による被害も確かに多い。国全体で見ても見過ごせない問題だ。だが、それ以上にこの国は治安が悪く、犯罪者の数が多すぎて騎士団だけでは手が回らなくなっているのが現状だ。
今、冒険者に求められているのは、魔物対策よりも、犯罪者対策である。
魔物討伐の依頼もない事はないが、相棒の夢華が「魔物よりも金が入る」と積極的に犯罪者捕縛依頼の仕事を持ち帰ってくるので気づけば冒険者から、賞金稼ぎにジョブチェンジしていた。
今日もまた、犯罪者の似顔絵を見ながら町中を練り歩いていた。
今回狙う犯罪者は、スキンヘッドで鼻と耳にピアスをつけているいかにも悪そうな男だった。名は「レイン・ジャック」。罪状は、殺人、強盗、強姦、放火と救いようのないクズだ。
これだけ目立つ外見ならどうせすぐ見つかるだろうと思っていた。
しかし、さすがは凶悪犯罪者だ。なかなか尻尾が掴めず3日経過してしまった。手がかり一つ手に入っていない。
このままではまずいと思いながらも、聞き込みするしか無く、今日も有益な情報がないまま半日が過ぎてしまっていた。
貯金にも余裕がある訳でもないし、どうしたものか…
馬鹿でかいため息をつきながら、昼食のパンに齧り付いた。
馬鹿みたいに固くてなかなか噛み切れない。
この世界のパンはスープ等で、ふやかしながら食べる前提の作りになっている。
貧乏な俺達はスープが用意できず、そのまま齧り付くしかなかった。飯も美味しく食べられなくなったら人間終わりだ。俺達は終わりかけているのだ。
「硬いし、味がない…」
「黙って食え。俺までひもじくなる……ん?」
路地裏に不審な影を見つけた。筋肉質で、大柄な男の影。頭部が日光を反射させて光っている。
「いくぞ!それっぽいの見つけた!」
*
急いで路地裏に入ったが、すでに男の影は消えていた。やっと見つけた手がかりを見失ってしまったのだ。
「あー…クソっ!どこいきやがった!」
「落ち着きなよ。まだ遠くには行ってないだろうからさ」
ムカついて声を荒げる俺とは対照的に冷静な夢華。彼女はその場に膝をついて地面を殴りつけた。
冷静な事を言っているが、内心ブチギレているようだ。
「お前も落ちつけよ」
「いや、違うよ。島田もやってみて!」
「は?」
栄養不足でとち狂ったのだろうか?そう思いながらも、半信半疑で同じように地面を殴る。そして俺は気づいた。
音と感触に違和感を感じたのだ。
「これって!?」
「この下に空間がある。多分そこが____」
「犯罪者の巣窟!!」
夢華は至って冷静だったのだ。なんか勘違いした自分が恥ずかしい。
「どこかに入り口があるはずだ。それもあの一瞬で入れる簡易的なものが!」
地下へ続く入り口を見つけるのは、大して難しくはなかった。路地裏は狭い。その上あの短時間で姿を消すとなるとあまり奥の方ではないことが推測できた。
ある程度絞り込んだ範囲を隈無く捜索して数分。
ゴミ箱の下に、用途不明の木の板が敷かれているのを発見した。
「これか!」
板をどかすと、そこには地下へと続く階段が伸びていた。その先は暗いが、ライトで照らすと底が見えた。階段の下には木製の扉がある。おそらくその先に犯罪者の巣窟があるのだろう。
銃を構えてその暗闇に一歩踏み出した。
「さて、行くか」
*
薄暗い階段をライトで照らしながら降ていく。
こんな街中に地下室があるのには驚いたが、見つけてしまえばこちらのものだ。どんな隠れ家も隠れていなければ意味がない。
扉の前に張り付いて観察する。罠が仕掛けられた様子もなく、鍵すら掛かっていない。どうせバレないと鷹を括っているのだろう。
「どうする?」
「可能なら生け取り、無理そうなら殺す」
「了解」
腰のポーチから手榴弾を手に取り、室内へ投げ込んだ。室内から爆発音と悲鳴が聞こえた瞬間に二人で同時に突入する。
真っ先にハードコーナー(手前の角)を確認。誰もいなかったため部屋の奥へ銃口を向ける。室内には三人の男が居た。無傷が一人、軽傷が二人。
「動くな!」と一応、警告したが、無傷の男は聞く耳を持たず、ナイフを手に取り襲いかかってきた。
「死にさらせ!!」
男の手が届くよりも先に、引き金を連続で引く。
何発もの弾丸が男の体に風穴を開けた。
興奮状態の人間は、一発の弾丸では、止められないケースが多い。そのため相手が動かなくなるまで撃ち続けるのがセオリーとされている。一見非人道的な絵面だが、戦意がある者を相手する場合は、死ぬまで撃つしかないのだ。
十発撃ち込んだところで、男の動きが止まった。5.56ミリ弾を受けながら、よくぞ動けたものだ。敵ながら感心する。まぁたった今死んだのだが。
夢華の方にも軽傷の一人が襲いかかったようだったが、すでに制圧していた。
残るは後一人だ。
「クソッ!クソッ!クソォオオオオ!!」
レイン・ジャックと思われる男が、男が足を引き摺りながら、部屋の奥へ逃げていったが、問題ない。地下室の広さなんてたかが知れている。
ゆっくりと地下室をクリアリングしながら進んでいく。たった数十秒で男を再び発見し、追い詰めることができた。
追い詰めたその男の顔が、ずっと追っていた犯罪者の似顔絵と一致した。俺達はようやく極悪人「レイン・ジャック」を追い詰めたのだ。
大金を拾った気分だ。これでようやく仕事が終わる。
連行中に死なれたら困るのため、応急処置を施した。後は騎士団に突き出して、ギルドに報告するだけだ。
「おら!立て!」
「足怪我してんだ!少しは優しくしてくれよ!」
「犯罪者が人権求めてんじゃねぇよ」
地上へ出る。短時間ではあるが暗い空間に居たせいで日光が眩しく感じた。目を細めて手で影を作ったその瞬間だった。
「アガッ?」
「え?」
赤い飛沫が背後から飛んで来た。
咄嗟に振り返るとそこには、喉元から血が吹き出しているレイン・ジャック。
その背後には不審な黒装束の男が居た。
「何者だ!」
「素直に応えると思うか?」
「これでもか?」
牽制として銃口を向ける。
すると男は、不敵な笑みを浮かべた。
「そこから撃てるのか?」
男の背後には、多くの人々が行き交う大通りが広がっている。もし弾丸を外したり、男を貫通させたら関係のない民間人を巻き込んでしまだろう。
「クソッ!」
これでは銃が使えない。
「そうかっかするな!今回はただ挨拶しに来たんだよ!」
「大層な挨拶だな」
「嫌がらせになってるならやった甲斐があったと言うものだ!」
いちいち癇に障るやつだ。
「一つだけ教えてやろう!俺はお前ら『黒服の駒』の敵!そうだなぁ〜『白服の駒』とでも言っておくかぁ〜」
「白服?あんな奴が何人も居るのか?」
「さぁーなぁ〜。俺もよくわからん!」
ようやくこの世界に送られた、その理由に関する情報が手に入った。
『白服』とその『駒』と呼ばれる存在。
だが、まだ足りない。もっと情報が欲しい。長い間ろくな情報が手に入らなかったせいで、俺達は情報に飢えていた。
「挨拶は済んだ事だし!俺は帰らせてもらうぜ!」
「逃すと思ってんのか?」
銃を手放し、ナイフを手に取る。銃が使えないなら肉弾戦で仕留めるまでだ。手足を引きちぎってでも捉えてやる。
「おー怖い!怖い!」
男はおちゃらけて笑うとそのまま背を向けて走り出した。発言通り、戦う気は一切なく、ただ逃げようとしている。
「待て!」
慌てて追いかけたが、大通りに出たところで見失ってしまった。どうやら男は人混みに紛れて身をくらましたらしい。遠くには行っていないだろうが、このまま出鱈目に探したところで見つけられないだろう。
「クソッやられた!」
やっと見つけた手がかりを逃してしまった。
俺達は拳を握り込んで、怒りを押しつぶすしかなかった。




