肌の色にご注意を
夢華が仕留めたオークの死体を観察する。
オークは撃たれた後に暴れた形跡ははなく、ほぼ即死だったようで、夢華の射撃技術の高さを理解できた。
夢華はオークの死亡を確認すると、死体から耳を剥ぎ取り、ジップロックに詰めて懐にしまった。
一体何に使うんだろう?と思っていると夢華は、さらなる奇行を始めた。
「匂うな」と呟くと夢華は近くの草むらに手を突っ込んで何かを引き摺り出した。
その何かは、小さな幼体のオークだった。
幼体オークは震えながら「ブヒブヒ」と泣きながら死亡した成熟オークの影に逃げ込んだ。
夢華は、そんな愛らしくもみえる幼体オークに容赦なく拳銃を向ける。
「え?殺すのか?」
思わず出た疑問に夢華は当然のように答える。
「殺すよ。コイツらほっといたら熊以上の被害が出るから」
「そうか…」
日本でも害獣被害が多く出ていて、その深刻さは計り知れないものだった。
近年では後方支援として自衛隊が動くほどになっている。
命の重さも理解しているつもりだが、それ以前に偽善では救えるものも救えないと理解しているつもりだ。
なにより、国防のためとは言え、大勢殺した俺は今更、聖人ぶる気にも慣れなかった。
「それに成熟した個体より、幼体の方が美味しいから」
「そうか、美味しいか…え?」
夢華は躊躇なく拳銃を発砲し、二体目のオークの駆除した。
*
2頭のオークを吊し上げると夢華はナイフ片手に解体を始めた。かなりスムーズで悩む事なく淡々と刃が入れられていく。
かなり手慣れた見事なナイフ捌きだ。
「慣れてるんだな」
「軍に入る前は、ハンターやってたから」
「猪狩りしてたのか?すごいな」
「いや。オークはどちらかと言うと人間に近い」
「えぇ…」
衝撃的な返答に困惑する俺をよそに、解体作業が進んでいった。
血を抜き、内臓を取り除き、肉を切り分けていく。あっという間にスーパーで並んでいる見慣れた肉片が完成した。
夢華はそれらをジップロックに入れて、バックパックに詰め込んだ。
そして再び歩き出す。
しばらく森林を進んだ先で、人工的な道に出た。道といっても舗装されているわけでもないし、ガードレールの一つも設置されていないただ整地されているだけの簡素な道だ。
そんな道に馬車が停められている。まるでお伽話で出て来そうな光景だ。
馬車の運転手と夢華がしばらく交渉した結果、馬車に乗せてもらえる事になった。
馬車の荷台は、硬く狭く、乗り心地はお世辞にもいいとは言えないが、魔物が徘徊する中、何十キロも歩き続けるより遥かにマシだ。
半日ほど馬車に揺られていると目的地に辿り着いた。
目的地を見た俺はここが日本では無いことを確信した。
今まで写真や絵画でしか見たことのない、立派な城壁と巨大な門。その先には煉瓦造りの街が広がっていた。まるで一昔前の西洋のようだ。
街ゆく人々も皆、白人だし、その服装はどれも古くさいデザインで、どう見ても現代の日本の風景ではなかった。
オークといいこの町と言い。明らかに日本ではない別世界に放り込まれてしまったようだ。
馬車を降りた俺達を出迎えたのは、これもまた絵に描いたような一昔前の軍人達、騎士と呼ぶべきだろうか?甲冑を身にまとい剣を携えた武装集団だった。
騎士達は腰に携えた剣を抜くとその刃先をこちらへ向ける。
「夢華殿そちらは誰ですか?」
「私と同じ転移者だよ。詳しくは、国が違うから知らない」
「そうかですか。では貴様!名はなんと言う?」
問いに対して素直に答える。
「島田 幸聖だ」
「では島田殿。ご同行願えるか?」
わざわざ敵対する理由もないし、ここは素直に従おう。
「了解した」
*
騎士に連行され、そのまま窓一つなく薄暗い鍵付きの個室に入れられた。
木製の椅子が二つとその間に机が一つ置かれていて、それ以外何もない殺風景な部屋だ。
椅子に腰を下ろすと同行していた女騎士が続いて向かい側に座った。そして早速、事情聴取が始まる。
「担当させていただきます。私はレイナ・アビーと申します。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
舐められたら終わりだと思った俺は、背筋を伸ばし、胸を張り、目つきは鋭く堂々とした態度を取る。まるで面接だ。
「島田さんのご職業は?」
「自衛官です」
「自衛官?」
「軍人のようなものです。我が国はややこしい歴史がありまして、そのせいでややこしい立ち位置になっているんです」
「なるほど…」
レイナは、質問の答えを手元のノートにまとめる。その後も事情聴取は続いた。
取調室から開放されたのは、五時間後の夕暮れだった。
別れ際にレイナから「肌は隠すべきです」と耳打ちされた。
「それって?」
詳しく聞こうとしたがレイナは何も聞こえていないように振る舞う。
「では!ご協力ありがとうございました!」
諦めて、騎士団の拠点を後にする。
正門を抜けるとこのクソ暑い季節にも関わらず長袖長ズボンをはいて、マスクとフードで顔を隠した女が待っていた。
「まあまあ時間かかったね」
声色で厚着女の正体が、夢華だとわかった。
「仕方ない事だ。向こうからしたら得体の知れない黄色人種だからな」
先ほどのレイナの忠告と夢華の格好でなんとなくこの国の特性に気づく。
少なからず差別があるのだろう。それも肌の色によるものだ。
元々いた世界でも差別が社会問題になっている国は多々あった。
日本は比較的マシな方だったが、他国ではかなり酷いものだと聞いた事がある。近年では、少しずつ改善されて来たようだったが、この世界の歴史は俺達のいた世界より浅いため、差別意識は全く改善されていないのだろう。
それに、下手に悪目立ちしてもいい事もないし、俺も早くこの世界の服を揃えて溶け込めるように努力しよう。
とりあえず今は、目出し帽をかぶって誤魔化す事にした。
夢華の先導に従って進んでいくと町外れのくたびれた宿に辿り着いた。
「ここが私の家だよ。島田もしばらくここで泊まるといい」
「え?」
当然のように男を泊めようとする姿勢に困惑する。
中国ではこれが普通なのか?それとも夢華が異常なのか?その答えを調べたくてもここにはスマホもネット環境もないため分からない。
「いいのか?会ってまだ1日も立っていない男だぞ?」
「相手して欲しいの?」
「いや違うが…」
あまりにも無防備だ。軍人とは言え、女性が敵国の軍人とひとつ屋根の下なんてあり得ない。行き場のない俺は助かるが、本当にこれでいいのか不安になる。
「言っとくけど私は処女だよ」
「…奇遇だな俺も童貞だ」
仕事に熱中しすぎた俺は、まともに彼女も作れないまま死んでしまった。それを思い出すと悲しくなって来た。そんな俺に夢華は追い打ちをかけてくる。
「攻め込まれた事のない城と攻め込んだ事のない兵士。どっちのが上だと思う?」
「…ウルセェヨ」
小声で反抗して埃臭いソファで横になり、枕元に拳銃を置いて、寝る準備を整えた。
「明日早いからさっさと寝た方がいい」
簡単に言ってくれる。ヤケクソ気味に返事を返した。
「了解おやすみ」




