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4.

 王立学院というところは、勉強以外に行事も多い。貴族として社交界に出た時のための予行演習だそうだ。

 そうした行事は全て生徒会が取り仕切っており、サディアス様に強引に会計にねじ込まれた私も、男子生徒の模擬試合だの、女生徒による全校茶会だのとイベントのたびに駆り出されている。

 放課後の居残りは当たり前。時にはそれが夕飯時まで長引くこともしょっちゅうだ。


 おかげで生徒会役員の大半を占める高位貴族の方々とも、毎日のように顔を合わせるようになった。

 二年生ながら生徒会長を務めるエドワード王太子殿下をはじめ、やはり二年で書記に抜擢された陰険眼鏡……もといサディアス侯爵令息。副会長は一年生、つまり私と同学年に在籍する第二王子のルーファス殿下だ。


 他にも騎士団長の長男で武芸部長のガルウィン様や、殿下の婚約者で教養部長を務める筆頭公爵家のアレクシア様といった錚々たる顔ぶれが生徒会室の常連だった。


 で、まあ。

 こんな方々と日々行動を共にしていると、嫌でも痛感するわけですよ。――生まれ育ちの違いというものを。


 眩い金髪にエメラルドの瞳。お伽話の王子様がそのまま具現化したようなエドワード殿下のカリスマ性。

 サラサラの黒髪にアイスブルーの瞳。トレードマークの眼鏡をかけたサディアス様の、卓越した知能と洞察力。

 銅色の短髪にルビーの瞳。わずか十六歳にして剣の腕は父をもしのぐと言われたガルウィン様の、武芸の腕と磊落な性格。

 兄王子と同じ色彩を持ち、愛らしい笑顔と人懐こい性格で「癒しの天使」と人気の高いルーファス殿下。

 そして、輝く銀髪に琥珀の瞳。隣国の王女を母に持つアレクシア様の犯しがたい気品と美しさ。


 いや私、どう見ても場違いだよね?


 こちとら、半年くらい前までは実家の物置で寝起きして、雑役メイドをやってたんだよ? 幸い、その物置ってのが書庫だったおかげで勉強だけはできたけど。

 淑女教育なんて受けさせてもらえなかったから、言葉遣いも立ち居振る舞いもガサツだし、見た目もちんちくりんで発育が悪い。


 そのことは他の生徒たちも常々気になっていたようで――。


「ちょっと、あなた。いつまで図々しく生徒会に居座るおつもり?」


 ある日、中庭で数人の女生徒に囲まれた。

 皆さん、伯爵家以上の家のお美しい令嬢ばかりである。

 手入れの行き届いた髪や爪。制服は当然オーダーメイドで、さりげなくつけたアクセサリーや小物類も洒落ている。

 一方、私はどうかといえば、髪や爪こそ最近はおばあちゃん侍女の手入れのおかげで艶が出てきているものの、制服は卒業生が寄付していったサイズの合わない中古品だし、小物というか持ち物は実用本位のでっかい鞄だけ。アクセサリーなんて、とうの昔に義母と義妹に奪われたきり、ひとつも持ったことがない。


 どだい、私みたいな人間が生徒会(あそこ)にいること自体が不自然なのだ。


 というわけで、私は渡りに船とばかりに大きく頷いた。


「まったくもってその通りです! どなたかが引き継いでくださるのでしたら、すぐにでも辞める準備はできてます!」


 言いながら、鞄から一冊の分厚いファイルを引っ張り出す。


「こちら会計の引継ぎ資料です。私の退会届にはすでにサインしてありますので、あとはこちらの入会届に必要事項を記入して、保証人欄に生徒会役員の方三名のサインをもらってください。そうすれば今日からでも仕事に入っていただけます!」


 引き継ぎは万全にしておかないと、またぞろあの陰険眼鏡が文句をつけてくるに違いない。そう思って準備しておいて、本当によかった。

 生徒会の仕事がなくなれば、その分領地経営に時間を割ける。晴れて平民落ちできる日も近づこうというものだ。


 私は希望に満ちた眼差しで、自分を囲む令嬢方を見回した。


「それで、これはどなたにお渡しすれば?」


 ところが――。


「わ、わたくしは数字を扱うのはちょっと……」

「ええ、実はわたくしも。役員の方々とは直接の面識もございませんし」


 どういうわけか、令嬢方はじりじりと後退し始めたのだ。


「ここはやっぱり、ロザライン様が適任では」

「そうですわ! ロザライン様なら役員の方ともお知り合いでいらっしゃいますし」

「ちょ……! いきなり何をおっしゃいますの!?」

「では後任はロザライン様ということで!」

「賛成ですわ」

「すばらしい考えだと思います」

「お待ちなさい! そんなこと勝手に決めないで!」

「そうそう。わたくしこの後は予定がありますので、これで失礼いたしますわね」

「わたくしも」

「わたくしも!」


 呆然とする私の前で、令嬢方は蜘蛛の子を散らすように、さあっといなくなってしまった。

 残ったのは私と、金茶色のツインテールをドリルのように縦巻きにした気の強そうな美少女が一人。

 私は彼女におずおずと引き継ぎ資料を差し出した。


「あの、これ……」

「いりませんわよっ!!」


 噛みつくようにそう言うと、美少女はローズクォーツのような薔薇色の瞳で、キッと私を睨みつけた。


「え。でも皆さん、私に生徒会を辞めて欲しかったのでは」

「そうよっ! 実際は辞めさせることなんて絶対できないとわかっていてもね!」

「????」


 辞めさせることが、絶対できない?

 一体どういう意味だろう。

 私が首を傾げていると、薔薇の瞳の美少女はふいにがっくりとうなだれた。


「まさかとは思いますけれど、あなた、さっきの引継ぎ云々は本気で言っていましたの?」

「はい。それはもちろん」


 本気も本気、何なら辞めた後の領地経営計画まで段取りしてましたが?

 美少女は「はあ……」とため息をつくと、非常に残念な子を見るような眼差しを私に向けた。


「考えてもご覧なさい。サディアス侯爵令息に推挙され、エドワード殿下、ルーファス殿下、アレクシア公爵令嬢が保証人になったあなたの後釜に、一体誰が座れるというの?」

「えっ」

「えっ?」


 嘘。私ってば、そんなすごい人達に保証人になっていただいてたの!?

 入会手続きは知らないうちにサディアス様が(勝手に!)全部済ませていたから、私は誰が自分の保証人かなんて今の今まで知らなかった。

 ここでいう保証人とは、簡単に言えば後ろ盾――何かあった時に手助けしてくれる人たちのことだ。

 つまり私に何かあったら、王太子殿下、第二王子殿下、筆頭公爵令嬢がまとめて相手になりまっせ、ということで……。

 学内限定とはいえ、これはかなりエグい抑止力、というよりもはや脅しじゃなかろうか。


「え。でも、だったらさっきのご令嬢方は……」


 一体何がしたかったんだろう?


「そんなの嫌がらせに決まっているでしょう!」

「えっ、あれって嫌がらせだったんですか!?」

「~~~~~っ! ああもう! さすがヴォルフ兄様に気に入られるだけあるわ。二人揃って鈍いところは本当にそっくり!」


 美少女は何やらぶつぶつ言っていたけれど、私は聞いていなかった。「嫌がらせ」という言葉(ワード)に引っかかりを覚えていたからだ。


「あのう、たぶん誤解してらっしゃると思いますよ」

「は?」

「さっきの方々が私に嫌がらせをしていたという話です。嫌がらせというのは、例えば、私の持ち物を奪って自分のものにしたり………」

「それは盗みで嫌がらせではないわ」

「えっと、では私の服を破いたり汚したり」

「器物損壊ね」

「掃除用具入れに閉じ込めたり」

「監禁」

「ご飯に泥とか虫を混ぜ込んだり」

「………毒殺未遂?」

「冬場に凍った池に突き落としたり」

「傷害罪、いえ、そこまでいけば殺人未遂かしら。………って、あなた、まさかさっきの子たちにそんなことまでされてたの!?」


 私は大慌てで首を横に振った。


「滅相もない! 全部、私の義母と義妹にされたことです」


 それと、彼女らの意を汲んだ使用人たちに。


「………っ!」


 美少女は両手を唇に押し当て、薔薇色の瞳をこぼれんばかりに見開いた。


「なので正直、あのくらいのことは言われて当然というか、嫌がらせだなんてこれっぽっちも………うひゃっ!?」

「ちょっといらっしゃい!」


 薔薇の瞳の美少女は、私の手首を掴むなり、険しい顔で歩き出した。

 問答無用で馬車に押し込まれ、連れて行かれた先は、質実剛健を絵に描いたような重厚なタウンハウスである。


「これはお嬢様。随分とお早いお帰りで……」

「ただいま、ヒュー。お父様はご在宅?」

「旦那様でしたら、先ほど宮廷からお戻りに」


 出迎えた執事と短いやり取りを交わすと、美少女は私をタウンハウスの中庭に引っ張っていった。

 見事な薔薇が咲き誇るそこでは、麦藁帽子をかぶった園丁が、一際美しく咲いた薔薇の手入れに余念がない。

 足音が聞こえたのだろう。ゆっくりと振り向いた金茶色の髪の園丁に、美少女がやおら声をかけた。


「ただいま戻りましたわ、お父様。ロイスナー子爵家乗っ取りの件で逮捕された男女とその娘の刑期を、百年ばかり増やしていただきたいの」


 先祖代々法務大臣を務め、「王国の良心」「法の鉄槌」と呼ばれるゴーチェ伯爵の末娘、ロザライン・ゴーチェと私の――それが初めての出会いだった。

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