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1.

「おいメガネ、坑長(こうちょう)が呼んでる。上がってこい。」


 魔石の取れる石切り場は吹きさらしの高台にある。螺旋状に掘削された真っ白な断崖の中に、透き通った魔石の層が帯状に露出しているのだ。作業はきつく、天候は苛酷。狭い足場から螺旋の底に転落する鉱夫はつい最近まで後を絶たず、転落死を免れた者たちも、(のみ)やつるはしの一打ちごとに舞い上がる粉塵に肺をやられ、遠からず死んでいく運命だ。


 俺はのろのろと顔を上げた。俺たち同様、元は囚人だったという掘削長が螺旋の縁から顔を出し、こちらをのぞきこんでいる。投げ落とされた縄梯子を上り、俺は坑長が待つという薄暗い倉庫に歩いていった。


「――恩赦?」

「そうだ。第二王子殿下のご生誕を祝してな」

「第二、王子……?」


 一瞬、頭が混乱する。

 カレンシア王国の第二王子といえばルーファス殿下。だがあの方は、例の事件をきっかけに立太子され、その後すぐに即位されたはず。


(待て。……ということは……)


「今は……王国歴何年だ!?」


 急き込んで訊ねる俺に、坑長は「ああん?」と胡乱そうに目を眇めた。


「542年だろ。まぁ明日は大晦日だから、あと二日しかないけどな。……って、おい、どうした? いきなり床に這いつくばって。せっかく外に出られるんだ、こんな所でくたばんなよ」

「ハ……ハハハ……」


 がくりと膝をついた俺の口から、乾いた笑い声がもれる。


「あれから九年、いや、もう少しで十年か。ハハハッ! よくまぁ生きながらえたものだ」


(よりによってこの俺が――俺だけが)


 一緒に鉱山送りになった三人のうち、騎士団長の息子で最も体格が良く、最も武芸に秀でていたガルウィンは、三日目の朝、螺旋の底で冷たくなっているのが見つかった。

 夜のうちに宿舎を脱け出し、自ら身を投げたのだ。

 一連の事件の首謀者とされ、廃太子されたエドワードは、断種の薬が身体に合わず、ここに着いた時点ですでにつるはしを持つことはおろか、立つことさえおぼつかなくなっていた。

 そのため、傷病者をまとめて収容する掘立て小屋に入れられたが、それきり二度と出てこなかった。いつだったか、ここで死んだ人間をまとめて運ぶ荷車の中に、やけに眩い金髪がちらりと見えた気がしたが、入山初日に眼鏡を割られた俺には、確かなことはわからない。

 そして、すべての元凶となった聖女――異世界から来た少女リリは、ここよりさらに北にある、戒律の厳しい修道院に入れられた。


 ――俺もどうせ長くはないと思っていた。


 リリの魅了魔法で判断力を鈍らされていたとはいえ、何の罪もない公爵令嬢を――エドワードの婚約者だったアレクシア様を断罪し、あわや処刑しかけたのだ。


 白い断崖に取りついて、くる日もくる日も鑿を振るい続けたのは、そうすればいずれは足場を崩す突風か、舞い散る白い粉塵が俺を始末してくれるだろうと期待したからにほかならない。

 よもや自分がこんなに長く持ちこたえ、かつての政敵のお情けで再び自由になろうとは。


(それとも、これは新たな罰なのか?)


 ここを出たからといって、俺にはもはや帰る家も行く当てもない。

 当時宰相だった父は、息子の不始末の責任を取って職を辞し、侯爵家の当主の地位も甥に譲って隠居した。

 今さら領地に戻ったところで廃嫡された俺の居場所はないし、おめおめ王都に顔を出せるほど面の皮も厚くない。

 いっそこのまま、死ぬまでここで雇ってくれと頼もうか。

 そう思った矢先、坑長が口を開いた。


「てなわけで、お前は今日でお払い箱だ。出ていきな。さっきから門のところでお前のコレが待ってるぜ」

「…………は?」


 コレ、と言いながら小指を立てる仕草は、平民達の間で交際相手の女性を指すことくらいは知っている。


「まさか。何かの間違いじゃ………」

「うるせえ。ガタガタ言ってねえでとっとと失せろ!」


 坑長に倉庫から蹴り出されると、なるほど、開いた門の向こうにぼんやりと人影が見えた。

 俺はおぼつかない足取りで歩きだす。

 近づくにつれ、人影は地味な灰色のドレスを着た小柄な女性の姿になった。

 ミルクティ色の髪をハーフアップにまとめ、卵型の小さな顔をしている。けれど、彼女まであと五、六歩という距離まで近づいても、その目鼻立ちは依然としてぼやけたままだった。


 もともと眼鏡が手放せなかった俺の眼は、純白の崖に乱反射する日光と、埃のように微細な粉塵に長年曝され続けたせいで、さらに視力が落ちていたのだ。


(参ったな)


 地味な服装から判断するに、どこかの侍女かメイドだろうか。だとしたら、どこの家の?

 首を傾げる俺のもとに、彼女がててて、と小走りに駆け寄ってきた。


「お久しぶりです、サディアス先輩!」


 その声に、その呼び方に、何よりふわりと漂うベルガモットの香りに、記憶が一気に花咲いた。


「ロイスナー……! フェイ・ロイスナーか?」

「はい! よかった、忘れられてなくて」

「いや、まあ……忘れないだろ、普通」


 ロイスナー子爵令嬢とは、王立学院の生徒会で一緒だった。俺より一学年下の後輩で、小動物系の見た目に反して、ちょっと……いや、かなり強烈な個性の持ち主だった。

 だがそのロイスナーが、なぜ今ここにいる?

 疑問が顔に出たのだろう。ロイスナーはまっすぐ俺を見上げて言った。


「それでですね、サディアス先輩。突然ですが、私のお飾りの夫になってもらえませんか?」

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