第9話:氷クラゲ、病気の幼女を救う
「コーリちゃん、大変! 女の子が倒れているよ!」
「近くに行ってみよう!」
俺とリゼリアは"フィラドの森"から運んできた巨大鼠の死体を置き、人だかりに急ぐ。
人の隙間から見える女の子は、顔も赤く呼吸も浅い。
何より、紫色の斑点模様がカリナさんから聞いた流行病の症状そのものだ。
周囲の住民たちは感染を警戒してか、五メートルほどの距離を取りながら「村に帰れ!」という旨の言葉を繰り返す。
そんな住民たちに、女の子は息も絶え絶えに訴える。
「お、おねがい……たすけてください……。かいふくまほうをつかえる人を呼んで……。わたしたちの村……ネリファ村はもうダメになっちゃいそうなの……」
「薬師たちが薬を作ってくれているはずだろ! 《回復魔法》のスキル持ちはただでさえ貴重なんだ!」
「のんでもぜんぜんなおらないの……ゴホッゴホッ!」
村の窮状を訴えながら、女の子は激しく咳き込む。
どうやら、薬師の調合する薬がまったく効かないらしい。
傍らのリゼリアが、俺の手(触手)を硬く握る。
「コーリちゃん、あの女の子すごい辛そう……。何とかしたいけど、近づいたら私たちもうつっちゃうかな」
「ああ、そのことなんだが……俺は魔物の氷クラゲだろ? 人族の病気にはそもそも感染しないと思うんだ」
「なるほど、たしかに! 考えてみれば、私も龍人族だから人族の病気にはならないよ! 今までそんな話、聞いたことがないもん! 人の病気がうつった魔物も聞いたことがない!」
俺の精神は人間だが、身体は氷クラゲ。
人間の病気にはならないはずで、リゼリアの話からもそのことがわかった。
「それに、さっきの進化で回復系のスキルをゲットしたんだ。もしかしたら、村の病気にも効くかもしれない。試してみないとわからんが」
「そうなの!? すごいじゃん! コーリちゃんなら絶対効くよ!」
「さっそく女の子のところに行こう……頼む、道を空けてくれ!」
「通してー! コーリちゃんのお通りだよー! どいた、どいた、どいたー!」
リゼリアが住民をかき分け、俺たちは人だかりの中央に行く。
躊躇なく踏み入る俺たちを見て、住民はどよめいた。
「危ないぞ、君たち! うつったらどうするんだ……魔物!?」
「お、おい! 龍人族と……氷クラゲだぞ! ギルドに魔物の冒険者が来たって噂は本当だったか」
「おかしいわね、氷スライムって話だったと思うけど? また別の魔物の冒険者かしら?」
みんな、リゼリア以上に魔物の俺を見て驚いているらしい。
この中に"紅牙団"の人はいないし、進化したという事情は後で話そう。
女の子の前に行き、懸命に呼びかける。
「平気かっ、助けに来たぞ。しっかりするんだっ」
「私たちが来たからにはもう大丈夫だからねっ」
俺たちが呼びかけると、女の子はぼんやりとこちらを見上げた。
遠目に見るより表情はおぼろげで、具合の悪さが伝わる。
「あ、あなたたちは……? 頭に角が生えてるし、氷でできたクラゲちゃん……? ゲホッ、ゴホッ!」
「俺は氷クラゲのコーリ。回復系統のスキルがあるんだ。だから、君の病気も治せるかもしれない」
「ほ、ほんと……?」
「ああ、ちょっと待ってくれ……《回復氷》!」
新しいスキルの使い方はもう頭の中でわかっている。
意識を集中すると俺の触手の先っぽがぽろりと取れ、女の子の手に乗せた。
直径2cmくらいの飴玉みたいな小さい氷だ。
このスキルを使うと、俺の身体の一部が回復効果を持った氷となる。
「ほら、これを食べるんだ。ちょっと硬いけど囓って食べてくれ」
「ありがとう……おいしいね」
カロッとした軽い音を立て、女の子は氷を食べる。
カリカリと囓って食べ終わると……たちまち頬から赤みは消え、呼吸は落ち着き、紫色の斑点模様さえも綺麗さっぱりと消え去ってしまった!
あまりの嬉しさに、思わず喜びの声を上げる。
「やった! 《回復氷》スキルが効いてくれたんだ!」
「コーリちゃん、すっごーい! あっという間に治っちゃった!」
リゼリアと勢いよくハイタッチした。
病気が治った!
女の子は不思議そうに自分の胸に手を当てる。
「あんなに苦しかったのが……うそみたい。なおった……氷クラゲさんのあめだま食べたら治った!」
「コーリちゃんのスキルのおかげだね!」
三人で輪になって喜ぶ。
病気が治ってくれて本当によかった。
周囲の住民はしばし呆然としていたけど、やがて大歓声を上げた。
「すげえ、病気が治ったんだ! 治っちまったんだよ!」
「薬師の薬より上ってことだろ!? 氷クラゲ様々だな!」
「助けに来てくれてよかったな、女の子!」
住民は激しく興奮しながら、俺を取り囲んでは讃えまくる。
あ、あの~、ちょっと離れてもらってもいいですかね?
熱気で溶けてしまうので。
徐々に歓声が収まると、女の子はぺこりと俺に頭を下げた。
「ありがとう、コーリさん。わたしはミラってなまえなの、五さい。よろしくね」
「元気になって本当によかった。こちらこそよろしく。こっちにいるのは龍人族のリゼリア。ミラちゃんをすごく心配してたよ」
「こんにちは、私はリゼリアよ。病気になってて辛かったね」
俺たちはミラちゃんと握手を交わす。
元気になってよかったのだが、それとは別に心配なことがあった。
「もしかして、ミラちゃんは一人で来たの?」
見たところ、村人らしき人は周りにいない。
俺が尋ねると、ミラちゃんは小さくこくりと頷いた。
「うん……。薬師さんたちがいっしょうけんめい働いてくれているんだけど、村のみんなはもうずっと元気ないの。起きるのもくるしくて、みんな寝たまま。このままじゃ……おとうさんとおかあさんも死んじゃうかもぉ……」
ミラちゃんは目に手を当て、嗚咽を漏らしながら泣く。
声にならない声に胸が締め付けられた。
村の状況は思った以上に厳しいらしい。
でも……。
触手でミラちゃんの涙をそっと拭う。
「大丈夫、俺が絶対に助けるよ。ミラちゃんを治せたんだから、村人の病気も治せるはずだ。だから、一緒にネリファ村に行こう」
「……ありがとう、コーリさん」
「コーリちゃん、かっこいい!」
ただ涙を拭いただけなのに、リゼリアは嬉しそうに歓声を上げる。
別にかっこよくもなんともないよ。
ところで、ミラちゃんの頬が赤い気がするけど大丈夫だよね?
すぐにでも村に行きたいところだが、その前に住民たちに重要なお願いがあった。
「ベル=グリナスのみなさん。俺たちはこれからネリファ村に行って、病気を治してきます。お手数ですが、"紅牙団"の人たちにその旨を伝えてくれませんか?」
「だねっ! カリナさんにも知らせなきゃっ! 伝言お願いよ!」
「「任せとけ! ミラちゃんの病気を治したことも、ちゃんと伝えとくぜ!」」
住民たちは快く伝言を引き受けてくれた。
これで準備は万端だ。
「じゃあ、行こう、二人とも」
「ねえ、コーリさん。おててつないでもいい?」
「もちろん」
「コーリさんのおててはなんだか冷たくてきもちいいね」
ミアちゃんが俺の触手をそっと握ると、なぜかリゼリアが得意げな顔となる。
「ふふんっ。優しく強くて頼りがいのある、自慢のコーリちゃんなんだから。でも、反対側のおてては私のだからね」
三人で手を繋いで街を走る。
俺とリゼリア、そしてミラちゃんは、病気が流行している村――ネルヴァ村に。
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