第39話:氷ゴーレム、最後の戦いに臨む
国王陛下は暫し絶句していたが、すぐに意識を取り戻したように叫んだ。
「スタニック、何を頷いておるのだ! 嘘だと言ってくれ! お前が"黒葬の翼"の導師など……信じられん……信じられんぞ!」
オーロラ様は怯えた様子で国王陛下の足にしがみつく。
剣と剣がぶつかる戦場のような乱闘の音が響く中、スタニックの顔から笑みが消えた。
「やはり、本家の人間は甘いな。これ以上、この国を任せるわけにはいかない。そんな精神性の持ち主だから足下を掬われるんだよ。さて、国王陛下……いや、ドュームハルトに命じる。今日を以て、国家の主権を我々分家に移譲してもらおう。安心してほしい。今すぐ投降すれば、命の保証はするよ。これ以上、被害が出るのは避けたいだろう?」
「スタニック、お前は本当に……。どうして……どうして、こんなことをしたんだ……!」
否定されることはなく肯定され、国王陛下は耐えかねたように叫んだ。
今ここに"黒葬の翼"、そしてスタニックの目的は『この王国の主権を本家から奪い取ること』だとわかった。
いわゆるクーデターだ。
国王陛下の慟哭に、スタニックは淡々と答える。
「同じ王族の血が流れているのに、分家に生まれたら一生本家の手足として生きなければならない。私は幼少期からずっと、それが許せなかった。成長しながら力を蓄えた私は、分家に近い者から声をかけ少しずつ規模を拡大したというわけだ。今や研究所の人間は全てが、王国騎士団に至ってはその3割ほどが私の支配下にある。騎士団長たちはさすがに忠義が硬く、リスク回避のため早々に手を引いたけどね」
「そ、んなこと、が……」
さらなる真実を突き付けられ、国王陛下は呆然と呟く。
ベル=グリナスの冒険者ギルドでカリナさんが言っていた、『"黒葬の翼"の拠点は北にあるらしい』という噂。
あれはこの宮殿を指していたのだ。
その様子にスタニックは満足げな笑みを浮かべると、俺に視線を向けた。
「コーリ殿……いや、コーリ君と呼ぼうか。君に聞きたいが、なぜ私が怪しいと思ったんだい?」
思い返せば、スタニックと"黒葬の翼"が関連づくまでは、いくつかのきっかけがあった。
俺は周囲の様子に目を配りつつ、そのきっかけを話す。
「異常魔物と"紫呪病"の陰に人間の気配が滲み出したとき、大規模な研究施設が必要だとまず考えた。その後、王立魔法研究所は、ジル所長に代わってから敷地の端に移転したと聞いたんだ。スタニック、"お前の進言"でだ。この移転は、誰にもバレずに異常魔物や"紫呪病"の研究開発を進めるためだったんだな」
「ご名答。よく考えているじゃないか」
「確信を得たのは、ジル所長が騎士たちを率いて俺を捕らえにきた一件だ。息のかかったジル所長に命じて、俺を確保させたと推測した。ジル所長を研究所の所長に推薦したのは、これもスタニック、お前だ」
「……ふむ、手掛かりを残しすぎてしまったようだね」
王都を訪れた初日。
研究所に異常魔物の死体を渡した後、カフェでモンセラートが所長の任命について教えてくれた。
推薦した時点でスタニックの息がかかっていたとしたら、宮殿のすぐ傍という場所にありながら、潤沢な資金と設備でクーデターのための研究に打ち込める。
なぜなら、あの魔法研究所は"王立"なのだから。
スタニックは軽いため息を吐いた後、あくまで落ち着いた様子で言葉を続ける。
「私たちが開発した毒素――“紫呪の素”は魔物に投与すれば異常魔物に強化でき、人間に投与すれば"紫呪病"を発症できる。一斉にばらまけば、国内に混乱をもたらすのは簡単なことだよ。本来ならもう少し準備を進め、確実にクーデターを成功させるつもりだったが……そこに君が現れた」
そう語る目には徐々に強い殺気が宿り、俺はみんなを守るように前に出る。
「君のせいで計画の変更を余儀なくされた。《回復氷》を量産されたら"紫呪病"が治癒されてしまう。今後、異常魔物さえ治癒できるスキルが開花しないとも限らない。もしそうなったら、長い時間をかけた計画が台無しだからね。戦闘能力もそれなりにあるようだし、早急に処理することを決めたのさ」
「それだけじゃないだろう? 俺を暗殺や誘拐の犯人に仕立て上げてから殺せば、国王陛下の信頼を得られてよりクーデターもスムーズにできる」
俺の指摘に、スタニックはわざとらしく拍手する。
「ははは、素晴らしいよ、コーリ君。その様子ならオーロラに毒を盛らなかった理由も知っていそうだね」
「スタニック、お前は王女様の血を……本家の血を輸血しようしたんだ」
「ああ、そうさ。私が王ではなく宰相の立場に甘んじていたのは、本家の血が流れていないだけ。よって、本家の血を手に入れた暁には名実ともに、真の王になれるんだ」
淡々とした物言いでスタニックの隠していた目的と本心が明かされ、国王陛下はがくりと跪いた。
王が崩れる光景に少なからず満足したのか、スタニックは微笑を浮かべる。
反面、国王陛下は衝撃が強くて立ち直れないようだ。
オーロラ様に服を引っ張られても動かない。
このままでは……ダメだ。
不意に、俺は国王陛下の首筋にピトッと手を当てた。
「コ、コーリ殿、いきなり何をするんだっ。冷たいではないかっ」
「国王陛下、しっかりしてください。ここで折れては国が終わります。全ての騎士がスタニックの手に落ちたわけじゃありません。国を守ろうと戦っている者たちのためにも、どうかお気持ちを強く持ってください」
正直な気持ちを伝える。
スタニックと"黒葬の翼"が正体を現した後も、騎士たちは懸命に戦っている。
彼らのためにも、王は絶対に折れてはいけない。
厳しいが、トップに立つ者にはそのような責務があるのだ。
俺の言葉を聞いた国王陛下はハッとした表情を浮かべた後、ゆっくりと立ち上がった。
「……すまない、コーリ殿。たしかに、お主の言うとおりだな。王が折れては、勝てる戦いも負けるのが必然だ。お主のおかげで、決して失ってはならぬ王としての矜持を取り戻せた。深く感謝する」
「大きな鳥の分体を作るので、オーロラ様と一緒に逃げてください。まずはご自身の安全を確保して、騎士たちに指示を出すんです。……モンセラートは護衛を頼む!」
「任せろ! 裏切り者どもには指一本触れさせやしない!」
俺は迅速に大きな鷲の分体を生み出す。
国王陛下とオーロラ様とモンセラートが乗り込み飛び立った瞬間、スタニックの目の冷たさが増した。
「私が見逃すとでも?」
スタニックの頭上に金属の矢が何本も出現し、猛スピードで鷲型分体を襲う。
すかさず、俺は氷魔法を発動し、上空のモンセラートは高速で剣を振るった。
「《氷柱撃ち》!」
「王国騎士団を舐めるな! 《烈閃の嵐》!」
地上からは氷柱が、上空からは金色に輝く斬撃がいくつも放たれ、金属の矢を撃ち落とす。
鷲型分体はあっという間に遠ざかり、戦線を離脱した。
スタニックがさらなる追撃を仕掛けようとしたとき。
ヤツの周りを多数の騎士が囲んだ。
エイルヴァーン大湿原をともに旅した、モンセラート隊の面々だ。
「この裏切り者が! お前のために戦って命を落とした騎士もいるんだぞ! そいつらにどう説明するつもりだ!」
「これ以上、お前の横暴を許してなるものか! 気高き王国騎士団を穢すな!」
「見ていてください、コーリ殿! 今ここに裏切り者を斬り伏せます!」
止める間もなく、モンセラート隊は剣を振り上げスタニックに斬りかかる。
大湿原で彼らの戦いを目の当たりにしたが、全員が精鋭中の精鋭だった。
数多の強力な魔物を切り裂いてきた斬撃は、スタニックが空中に生み出した金属剣にいとも簡単に止められてしまった。
金属剣は微動だにしない一方、騎士たちの身体は震えているので、相当な力が込められていることがわかる。
「ちくしょう、諦めるな! 周り込め!」
「ここで負けたら、隊長にもコーリ殿にも顔向けできんぞ!」
全員諦めることなく攻撃を繰り返しては、浮遊しているだけの剣相手に瞬く間に劣勢に陥った。
「やめろ、みんな! 攻撃するな!」
「逃げてー!」
俺とリゼリアは叫ぶが、騎士たちは攻撃を続ける。
「私に賛同しない者にどう思われようと別に構わんさ。《鋼鞭の舞》」
スタニックは足元から鋭い金属の鞭を生み出し、騎士たちに叩きつける。
咄嗟に、俺は騎士たちの前に氷の防壁を展開した。
完全には防ぎきれず破砕する。
騎士たちは衝撃で吹き飛ばされたものの、傷は浅い。
防壁による威力減衰と、〈守り神〉の称号で彼らの防御力が上昇しているからだ。
「危ねえ、コーリ殿がいなかったら死んでたぞ!」
「ありがとう、コーリ殿!」
攻撃が防がれた様子に、スタニックは面倒くさそうに話す。
「コーリ君、邪魔をしないでほしいな。せっかく異論者を殺せる機会だったのに」
「みんな、こいつとは俺とリゼリアが戦う。他の騎士たちを援護してくれ」
「「……っ! かたじけない、コーリ殿!」」
俺の言葉を受け、モンセラート隊はすぐに退避してくれた。
スタニックは呆れた様子でため息と吐くと、自分の周囲に金属の鋭い剣をいくつも出現させる。
戦闘の前兆を感じ取り、俺とリゼリアは全身に魔力を込めた。
「コーリちゃん、絶対に勝とうね」
「ああ、必ず勝とう」
相変わらず、スタニックには余裕を感じる微笑みが浮かぶ。
この戦いは自分の勝ちで終わると、強い確信を持っているようだった。
「さて、コーリ君に問題を出そう。私のスキルは《金属魔法》。金属と氷、どちらが硬いかな?」




