第22話:野蛮な元生徒、逆恨みで大変な罪を犯し、死ぬほど焦る
「……ちくしょう! 俺に恥をかかせやがって、あの氷野郎! 粉々に砕いてやろうかぁ!?」
アストラ=メーアの街の、豪奢な宿の一部屋にて。
ダリオスは怒りのあまり酒の空瓶を床に叩きつける。
粉々に砕けたガラスの破片を見ても、猛烈な怒りが収まることはなかった。
憤怒に震えるダリオスを、二名の男が宥める。
「まぁ、落ち着いてくださいや。イライラしてると、せっかくの端正な顔立ちが台無しですぜ?」
「こいつの言う通りです。まずは冷静に。頭に血が昇っていると回転が鈍りますよ。これから復讐をするんでしょう?」
門を警備していた衛兵たち――大柄で無粋な言葉遣いをするライアンと、優男で丁寧な雰囲気のパウロだ。
二人が宥めるや否や、ダリオスは怒りに駆られた瞳を向けた。
「……落ち着けだと? ふざけんな! あの氷野郎のせいで、俺の評判はガタ落ちなんだぞ! 街の全員が洞窟での一件を知ってやがるんだ! 俺は他人に馬鹿にされるのが一番嫌いなんだよ!」
ダリオスの失態――具体的には、雑魚もいいところの森林コボルドも碌に倒せず、惨めに逃げ帰った場面は、ノヴァリス魔法大学の生徒たちにより瞬く間に街中に広まった。
元より、彼は住民からも嫌われていたので、実際はみなとても喜んだ。
街の人間に馬鹿にされることもそうだが、それ以上にダリオスの腸を煮え繰り返させる事案がある。
「一番ムカつくのは……アニカにも馬鹿にされてることだ! 水蛇を倒して俺が英雄になって惚れさせる計画が、氷野郎のせいで台無しになったんだよ!」
外見は清楚に見えるアニカは男性からの人気が高く、行商人でありながら行く先々でファンを作っていた。
もちろんのこと、ダリオスもその一人だ。
実家の財力などを使って言い寄っていたがまったく相手にされず、ライアンとパウロの協力の下、今回の"計画"を実行した。
「……おい、衛兵ども! お前らの言う通りにすれば、確実にアニカを惚れさせられる、って言ったよなぁ!? アニカが洞窟に行ったところでお前らが凶暴な水蛇を放つ。そいつを俺がアニカの目の前で倒せば、俺に惚れるに違いない……そう言ったじゃねえか!」
「お言葉ですが、確実とか絶対とかは言ってませんで。ダリオス様の勘違いでさ」
「そうですよ。まさか、洞窟に入る前にダリオス様が逃げ出すとは思いもしなかったわけでしてね」
「うるせえ、ぶっ殺されてえのか! お前らのせいでアニカは氷野郎を気に入っちまったんだぞ!」
ダリオスは怒鳴り散らし、ライアンとパウロはあくまで穏やかに宥める。
洞窟にいた変異種の水蛇は、"とある組織"から"とある命令"を受けたこの衛兵たちが放った。
多少、予期せぬ事態はあったが、概ね目的は達成できた。
(あとはコーリの抹殺だな。といっても、俺たちが手を汚す必要はない)
(ああ、この世間知らずなボンボンを最後まで利用してやろう)
怒りに駆られるダリオスは衛兵たちが何事かを密かに話し合っているとも知らず、憤怒の感情をぶちまける。
「何が何でも、あの氷野郎を殺してやる。"龍人族"のクソガキとマリステラのクソ教授と一緒にな。俺を馬鹿にした挙げ句、アニカまで奪いやがった。絶対に復讐してやる。皆殺しにしねぇと気が済まねぇ。……おい、お前らの権限であの氷野郎たちを捕まえろ。監獄行きにするんだよ。拷問は俺がやってやる。地獄の苦しみを与えてやるぜ」
ダリオスは睨みつけては凄むが、ライアンとパウロはどちらも冷静に首を横に振った。
「お気持ちはわかりますが、それはさすがに厳しいっすわ。氷魔物と"龍人族"だけならまだしも、ノヴァリス魔法大学の教授まで彼らの味方ですからね。下手したら、俺たちが逆に逮捕されちゃいますわ」
「この街は大学の街。教授、しかも魔物学界隈で最上位の教授の友人ともあれば、迂闊に手は出せませんよ。大学に通っていたダリオス様なら、言われなくてもよくご存じでしょう」
「……チッ、使えねえな! お前ら本当に王国騎士団の連中か? 使えるから、特別に手元に置いてやってんのによ。お前らに渡す金減らすぞ」
ダリオスは悪態を吐くも、二人はにこにこと愛想良く笑うばかりで何も言い返さない。 日頃から横暴な行いを繰り返してきたダリオスは、捕まるたびに賄賂を送り逮捕を免れているのだ。
(こいつに罵倒や見下されることはどうでもいい。有力な"資金源"でいてくれりゃあな)
(適当に煽てて少しでも金出させよう。だが、そろそろ潮時か。強化した"例の"魔物も倒されてしまったし)
静かに思うライアンとパウロは顔を見合わせると、やけに和やかな笑顔で切り出した。
「ダリオス様、あの氷野郎たちにやり返す良い方法がありますぜ。ダリオス様の悪い評判を覆して、憎い氷野郎を死に至らしめる方法がね」
「ついでに、ダリオス様を馬鹿にした魔法大学の生徒や街の住民も全員殺せるかもしれませんよ。愛しのアニカさんもダリオス様に惚れてしまうでしょう」
「……なんだと? 早く教えろ。碌な方法じゃなかったら、いい加減にお前らをぶち殺すぞ」
提案を受けても悪態を吐くダリオスに、衛兵たちは尚も宥めるような柔らかい口調で話す。
「ノヴァリス魔法大学の地下には、西南地方の古代遺跡で見つかった【魔物封印の書】がありますね? 調査のため、大学に搬入されたあの本ですよ」
「……は? なんで知ってんだよ」
突然言われ、ダリオスは思わず怯んだ。
たしかに、自分がまだ学生だった数ヶ月前、【魔物封印の書】という古い書物が大学に運び込まれた。
何百年も前、都市一つを壊滅させた大規模な魔物のスタンピードを、そのまま封じた貴重で危険な本だ。
封印はだいぶ弱まっており、わずかな衝撃でも解かれてしまう危険があるという話だった。 学生はまだしも外部の人間に周知はしておらず、ダリオスも二人には話していなかったはずだ。
「別に不思議じゃないですぜ。俺たちは街の警備をしてるんですから、貴重な資料が搬入されたら情報を共有されるんですわ」
「これ見よがしに警備を強化したら、盗賊や夜盗に何か大事な物が運び込まれたと教えるようなものなんで加減が難しいんですけどね」
「言われてみればそれもそうか。お前らは衛兵だもんな。大学から連絡が届いてもおかしくはない」
実際は違ったわけだが、ダリオスは完全に騙されていた。
騙せているうちにと、衛兵は新たな計画を伝える。
「ダリオス様が【魔物封印の書】の封印を解いて、魔物のスタンピードを起こすんでさ。そうすりゃ、瞬く間に街は戦場のような状況になりますわ」
「そこで、ダリオス様が満を持して登場! 真の実力でアニカさんを救い、一躍彼女のヒーローに! 氷野郎とその仲間は、魔物に襲われたってことで殺してしまえばいいんですよ。混乱に包まれた街じゃ余裕でしょう」
「……なるほどな、面白え! 俺を馬鹿にした街の住民どもに罰を与えられるし、氷野郎も殺せるし、アニカに俺の強さも見せつけられるってわけか! 一度に三つも俺の目的が達成できるぜ!」
衛兵たちの提案に、ダリオスは我が意を得たりと賛成する。
「大学の侵入までは、俺たちもできるだけサポートするんで安心してくださいや」
「ダリオス様なら確実に封印を解けますよ。頑張ってください、応援してます」
「よっしゃ! 任せとけ! 街を火の海に変えて氷野郎をぶっ殺してやるよ!」
煽てられ気持ちよくなったダリオスは、ライアン及びパウロと共に準備を始める。
□□□
宵の口。
ダリオスは誰にも見つからずに、ノヴァリス魔法大学に侵入できた。
休日なこともあってか元々人気はない上に、ライアンとパウロによるサポートの効果も大きい。
今は二人とともに、静寂に包まれた構内を地下に向かっていた。
「……ダリオス様、書物はどこに保管されてるか知ってるんで?」
「うるせえな、静かにしてろ。黙って俺についてくりゃいいんだよ」
実際のところ、【魔物封印の書】の所在については目星がついていた。
(俺が在籍していた頃は大学の地下倉庫にあった。魔物学や歴史学など複数の教室が合同で調査する……って、教授連中は言ってたな。調査が完了したという朗報は街に出ていない。つまり、まだ調査は続いている可能性が高い。ということは、だ。【魔物封印の書】は地下倉庫にあるんじゃねえか?)
静かに地下に降りて、物陰からひっそりと様子を窺う。
大学の警備員が二名倉庫の前に立っており、ダリオスは小さく悪態を吐いた。
「……チッ、やっぱり警備がいるか。おい、不意打ちしてあいつらを倒すぞ」
「待ってくださいや。もっと良い案がございますぜ。まず、ダリオス様が……」
ライアンに耳打ちされた作戦は効果的だと考えられ、一も二もなく賛成した。
ダリオスは風魔法で廊下の彫像を浮かべ、床に落とす。
静寂な夜に似付かわしくないけたたましい音が響くと同時に、ライアンが大きな音を縦ながら近くの階段を駆け上がった。
無論、警備員たちは即座に反応する。
「「誰だ!」」
警備員たちが血相を変えてこちらに来ると、残ったパウロが慌てて飛び出した。
「俺は街の衛兵です! 怪しい奴がいて追っていたところ、この大学に来たんです! すみません、不意を突かれて逃げられました! 倉庫は俺が警備します! だから、侵入者を追ってください! 土地勘がない俺じゃ撒かれてしまいます!」
「「承知した! 警備を頼むぞ! 誰も中には入れるな!」」
警備員たちはまったく疑わず、階段を登っていく。
音が遠く離れたところで、ダリオスも物陰から身を出した。
「へぇ~、なかなかに演技がうまいな。衛兵より俳優の方が向いてるんじゃね?」
「ありがとうございます。さて、さっさと仕事を済ませましょう」
地下倉庫に入ると、【魔物封印の書】は中央のテーブルにぽつんと置かれていた。
「ははっ、ずいぶんとおざなりじゃねえか。こんなの盗んでくれと言っているようなもんだぜ」
「お待ちください、ダリオス様。よくご覧なさい」
「あぁ?」
剥き出しと思われた【魔物封印の書】は、テーブルの魔法陣で構成された三重の結界で守られていた。
「おい、結界があるぞ。どうすんだ」
「ご心配なく。ちょっと離れててくださいね……《月影の太刀》!」
パウロが腰の剣を振るうと、結界はいとも簡単に消滅してしまった。
その光景を目の当たりにして、ダリオスはこれ見よがしに口笛を鳴らす。
「ほぉ、俳優のくせに剣も振れるなんてな。剣士でもやってけるんじゃねえか? というか、お前でも破壊できるんなら、俺が壊せばよかったぜ」
「さ、ダリオス様、お早く。警備の連中が戻ってきてしまいますよ」
「わかってるよ。そんなに急かすな」
ダリオスが書物に魔力を込めると、本は一人でに破かれてしまった。
「ははっ、めちゃくちゃ弱えじゃん。これならもっと早く破壊しときゃ……うわっ!」
破かれた本のページから、大量の魔物が絶え間なく溢れ出る。
思わずテーブルの下に身を隠すと、魔物たちは扉や天井を破壊して外に放たれた。
「……あ? お、おい、助けてくれ! 魔物だ! 魔物がいるぞ!」
「なんで街中にいるんだよ! どこからこんなに湧いてきやがった!」
「痛い! 誰か……誰かあああ!」
街からは魔物の咆哮や人々の悲鳴が轟き、構内には猛烈な勢いで警鐘が鳴り響き、地下にいても外の危機的状況がわかる。
楽しい夜を迎えるはずだった長閑な街が、今や戦場のような喧噪に包まれた。
いつの間にか、パウロは姿を消している。
人々の悲鳴や街が破壊される音が聞こえる中、ダリオスはじわりと嫌な汗をかく。
(……あれ? もしかして……結構ヤバいんじゃね?)
自分が何をしたのか、ようやく実感し始めた。
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