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第15話:氷クラゲ、魔法都市に入る

「……コーリちゃん、あれがアストラ=メーアじゃない?」

「ああ、間違いない。とうとう着いたな」


 数日ほど地図を頼りに街道を歩いていると、やがて頑丈そうな防壁に囲まれた街が見えてきた。

 魔法都市アストラ=メーア。

 国一番の魔法大学――ノヴァリス魔法大学がある街で、言わずもがな魔法の研究が盛んとの情報だ。

 街の入り口には門があり、検閲を待っていると思われる旅人が遠目にもたくさん見えた。

 ベル=グリナスは冒険者たちの街だったためか検閲などなかったが、ここは違うらしい。

 門に向かいながら、リゼリアとアストラ=メーアでのプランを話す。


「この街で大湿原に行く手段を手に入れたいところだな」

「そうだね。やっぱり、クエストをクリアすればいいのかなぁ。冒険者ランクを上げれば入れるかも」


 カリナさんから教えてもらったが、この次に訪れる予定のエイルヴァーン大湿原は、王国の特別自然保護地区であり簡単には入れないそうだ。

 大湿原の手前の街はアストラ=メーアしかないので、何かしらの解決策を見つけたい。

 リゼリアと一緒に最後尾に並んで、順番が来るのを待つ。

 やはり、龍人族と氷クラゲの組み合わせは珍しいのか、周りの人たちが俺たちを見てはひそひそと小声で何かを話し合う。

 余計な騒ぎを起こさないよう俺は静かにしていたが、傍らのリゼリアは恍惚とした様子で呟いた。


「やっぱり、目立つのって気持ちいいよねぇ……」

「……落ち着きなさい、リゼリア」


 彼女のこの趣味は修正した方がいいのだろうか。

 ……いや、長い旅路を考えるとマストかもしれない。

 そのまま十五分ほど待つと順番が来て、俺たちは検閲を受ける。

 門番は何やら書き物をした後、顔を上げた。


「では、次の者来い。……ちょっと待て、貴様らは何だ! 龍人族に……氷クラゲか? アストラ=メーアに何しに来た!」

「俺たちは単なる旅の冒険者で、通り道で寄っただけです。冒険者カードもあります」

「Cランクなんだよ? すごいでしょ」

「喋る魔物……だと!? 何者だ!」


 途端に、門番は腰の剣に手をやり立ち上がる。

 リゼリアと一緒に冒険者カードを出すが、門番の厳しい顔つきは変わらなかった。


「そんな物を出しても無駄だ。ここは魔法都市だぞ? 得体の知れない連中を入れるわけにはいかん。そもそも、なぜ魔物が冒険者カードなんか持っている。よく考えると、龍人族と魔物が共に行動しているのも怪しい。……みんな、来てくれ! 喋る魔物と龍人族の不法侵入者だ!」


 門番が周囲に呼びかけ、また別の武装した門番たちが集まってくる。

 すんなり通れると思ったが、いきなり厳しい状況になってしまった。

 検閲を待つ旅人の間にもどよめきが走り、リゼリアは身を屈めながら俺の後ろに隠れる。


「ど、どうしよう、コーリちゃん。なんか、ピンチだよ」

「きっと、魔法大学があるから警備が厳しいんだ。だけど、話せばわかるはず……」

「その通り! よくわかっているじゃないか! さすがは極めて稀な、人語を介する魔物だね!」


 門番と対話を重ねようとした瞬間、ハスキーな女性の声がどよめきを切り裂いた。

 街の方を見ると、背の高い紫髪の女性が立っている。

 彼女の姿を確認するや否や、門番は敬礼して姿勢を整えた。


「「マリステラ教授!? お疲れ様でございます!」」

「世話をかけたね、門番諸君。この氷クラゲ君はボクの研究対象なんだ。今日、アストラ=メーアを訪問することを伝え忘れていたよ。だから、通してくれると大変にありがたいんだが」

「「承知いたしました! これは大変な失礼を……さあ、どうぞ、お二方! アストラ=メーアにようこそ! まさか、マリアンヌ教授の研究対象とは知らず、無礼をお許しください!」」


 一転して、門番たちは俺とリゼリアを歓待した。

 何度も頭を下げては先ほどの一件を謝罪する。

 

「ど、どうしたんだろう、コーリちゃん。さっきまであんなにおっかなかったのに……」

「よくわからないが、ここは素直に進もう」


 また新たな騒動が発生する前に、俺とリゼリアはそそくさと門を抜ける。

 どうにか入れたアストラ=メーアは、落ち着いた赤色をした煉瓦造りの街並み。

 建物や道はきっちりと区域整理されているようで、シャープな雰囲気からどことなく知性的な印象を受ける。

 街に入ってすぐ、マリステラ教授と呼ばれた女性にちょいちょいと手招きされ、俺とリゼリアは街の一角に移動した。


「やぁ、無事に街に入れてよかったね。ボクはマリステラ。ノヴァリス魔法大学で魔物学の教授をしているよ。よろしくしてくれたまえ。こう見えて、まだピチピチの35歳さ」

「「えっ、教授!? ほぇ~、すごい!」」

「別に大したことじゃないよ。気がついたらこんな立場にいただけでね。とはいえ? これでも魔物学の世界では? そこそこ名が知られているのさ」


 マリステラさんの紫色の髪は足首くらいまで長く、紫色の瞳はちょっとつり目で猫っぽい印象だ。

 スラッとした黒のローブと、細淵の眼鏡が大人な女性という感じ。

 自分の中では、前世の俺が死んだ年齢――三十二歳より上の人には敬語を使うようにしている。

 よって、マリステラさんにも敬語で話す次第。

 

「俺は氷クラゲのコーリと言います。助けてくれて本当にありがとうございました」

「私は龍人族のリゼリア。さっきはどうなっちゃうかと思ったよ」

「いやいや、気にしないでくれ」

「じゃあ、俺たちはこれで……」

「ちょっと待ちたまえ、コーリ君」


 お別れを交わそうとしたら、ガッシ!と触手を掴まれた。

 心なしか彼女の瞳が血走っているのだが気のせいだろう。


「な、何でしょうか、マリステラさん」

「この街はノヴァリス魔法大学が統治している街なんだ。だから、ボクが声をかけたおかげで、先ほど君たちは門番から解放された」

「え、ええ、それはもちろんのこと感謝しておりまして……」


 直後、マリステラさんの瞳がギランッ!と輝いた。


「そのお礼として…………君を研究させてほしい!」

「お、俺を研究!? どうしてですか?」

「氷クラゲなんて最後に見たのは、今から14年7ヶ月16日と5時間33分49秒ぶりなんだ! 喋る魔物に至っては人生で初めて遭遇したよ! エイルヴァーン大湿原にもいない、こんな素晴らしい研究対象を見過ごすなんて……学者にとって最大の損失じゃないかぁ!」


 マリステラさんは力の限り叫び、通行人が訝しげな瞳でこちらを見る。

 なんか息が荒いし、目も微妙に血走ってて怖いのだが。

 ……と、思う俺に、リゼリアが耳元で話す。


「……コーリちゃん、ちょっとこの人怖いよ。なんかはぁはぁしてるし、目つきも怪しいし。もうあっちに行こ?」

「いや、まぁ、お世話になったのは確かだし、まずは話を聞いてみよう……あの、研究ってどんなことをするんですか?」

「それは始まってのお楽しみさ。ネタバレをしてはつまらないだろう」


 たちまち、リゼリアの表情が硬くなる。


「……始まってのお楽しみだって。コーリちゃんが何かされたらヤダよ。お腹を解剖したり脳みそをいじくりまわされたりするかもだよ」

「それはさすがに……大丈夫……だと、思うが……」


 マリステラさんの興奮した顔を見ると、徐々に自信がなくなってしまった。

 ……が、同時に"とある提案"を思いつき、俺は"交渉"に願い出る。


「ところで、マリステラさんは魔物学で有名な方と仰ってましたよね? 口ぶりからはエイルヴァーン大湿原にも造詣が深いことがわかりましたが、実地調査とかするんですか?」

「ああ、そこら辺の魔物学者には絶対に負けないよ。魔物学は基本的にフィールドワークが主だから、大湿原はよく行く場所ではあるね」

「特別な通行許可証とか出せたりしますか?」

「……というと?」


 俺の話に、マリステラさんは興味深そうな視線を向ける。


「俺たちは涼しいところに行きたくて、北の大氷原を目指しているんです。真っ直ぐ上に進むルートで、エイルヴァーン大湿原を通って進む予定ですが、大湿原は普通は入れないと聞きまして……」

「ほうほうほう、そこでボクと取引をしようというわけだね? たしかに、ボクは魔物学の分野ではそこそこ名が知られていてね。大湿原を? 通る? 許可証を? 発行できなくもないのだよ? ……よし、わかった。コーリ君がボクの研究を引き受けてくれたら、大湿原を通過できる許可証を発行しようじゃないか。互いが幸せになれるWIN―WINの取引だね」

「ありがとうございます、マリス……!」

「ちょっと待って! 許可証がなくても、通ることはできるんでしょ!? コーリちゃんを危ない目には遭わせないよ! あなたの話術には乗らないんだから!」


 交渉を結ぼうとしたら、リゼリアが間に立ち塞がった。

 俺を守るように両手を広げる。

 そんな彼女を、マリステラさんは意味深長な目で見やる。

 

「ボクは他の人より大湿原に詳しいから言うのだけど、無理やり通ることは止めた方がいい。これは確実に言えることさ。まぁ、どうしてもと言うのなら止めはしないけどね。引き留めて悪かった。さあ、もう行ってくれ。君たちの旅の安全を心より祈っているよ」

「む、無理やり通るとどうなるの?」


 わざとらしく突き放されたリゼリアは、ごくりと唾を飲み込んで尋ねる。

 すでにマリステラさんの話術に乗っかっているような……。


「そうだねぇ、いつも王国騎士団が巡回しているから、不法侵入による逮捕は免れないと思うよ。密猟の疑いがかかれば、貴族でも殺される場所なのだから」

「殺される……じゃ、じゃあ、回り道したら?」

「大湿原を通れない旅人や行商人がよく使うルートだから、彼らを狙った山賊や盗賊の類いも多いよ。あまりおすすめはしないね。安全に北に向かいたいのなら、やはり大湿原を通るのが一番さ」

「むぅぅ、そりゃあ私も安全に行きたいけどコーリちゃんだって大事なんだから……」

「リゼリア、ちょっと……」


 頬を膨らませるリゼリアの裾を引っ張り、少し離れたところに連れていく。


「どうしたの、コーリちゃん。任せて、絶対に研究させないように頑張る」

「いや、研究を受けようと思う」

「えっ! ダメだよ! 何されるかわからないんだから!」

「大丈夫。一番大事なのは、リゼリアと安全に旅をすること。そのためなら、俺は何だってするさ。こうして楽しく旅ができているのも、リゼリアに会えたからなんだ」

「……コーリちゃぁん」


 途端に、リゼリアはうるうると瞳を潤わせる。

 先ほどの言葉は、俺の本心だ。

 何だかんだ、この旅は楽しい。

 彼女に会えなければ、今頃どうなっていたかわからないし、右も左もわからない異世界では本当に寂しい思いをしていたと思う。

 俺は覚悟を決め、マリステラさんに告げる。


「研究を受けます。その代わり、大湿原の通行許可証をください」

「ありがとう、コーリ君! 君なら絶対に引き受けてくれると思っていたよ! 許可証なんて何枚も書いてあげるさ! それこそ、大湿原が埋まるほどね!」


 マリステラさんは満面の笑みで俺の触手をぶんぶんと振り回した後、「それと……」と血走った目でリゼリアを見た。


「ボクは亜人も研究対象だから安心してほしい」


 そう言ってスタスタと歩き出すが、当のリゼリアは恐怖の表情で俺にしがみついた。

 

「……コ、コーリちゃん、暑いのに背筋が冷たくなっちゃった。私……大丈夫だよね」

「ま、まぁ、大丈夫だろう……たぶん」


 ということで、俺とリゼリアはノヴァリス魔法大学に向かう。

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