第10話:氷クラゲ、病に侵された村を救う
ベル=グリナスの街を東に走ること、およそ五分。
俺たち三人は街と村を隔てるデイル川に到着した。
川幅は十五メートルほどもあり結構大きい。
木造の橋を進んだ先にネリファ村があるという話だ。
遠目には村の入り口しか見えていないものの、纏う雰囲気はどことなく暗くて重かった。
俺は一緒に走ってきたリゼリアとミラちゃんに聞く。
「二人とも、疲れてないか?」
「私はバッチグー!」
「わたしもだいじょうぶ!」
尋ねると、リゼリアもミラちゃんも元気よく答えてくれた。
幅四メートルほどの橋を走り抜け、ネリファ村の土地に入ったとき。
「……おい、止まれ! それ以上入っちゃダメだ! 危険な病気が流行っていることを知らないのか!?」
「魔物じゃねえか! なんでこんなところにいる! この村に何しに来た!」
俺たちの進路を塞ぐように、二人の若い男性が立ちはだかった。
どちらも同じ白系のローブを着ており、胸には十字架のブローチがかけられる。
きっと、この村で治療にあたっている薬師だ。
たしかに、いきなり魔物が来ては驚いてしまうだろう。
まずは誤解を解かなければ。
「俺たちはベル=グリナスの冒険者、コーリとリゼリアだ。ネリファ村の人たちを助けに来た」
「しゃ、喋った!? 喋る魔物なんて聞いたことないぞ!」
「村人を食い殺すつもりだな!? 帰れ! 俺たちは薬師だが、攻撃スキルも持っているぞ!」
二人の薬師は警戒心を高める。
ネリファ村のシビアな状況に気が荒くなっているのかもしれない。
俺が何か言う前に、リゼリアとミラちゃんが説明してくれた。
「待って! コーリちゃんは悪い魔物じゃないよ! むしろ、すごく優しい魔物なのよ!」
「わたしの病気もコーリさんのおかげで治ったの! だから、こうげきしないで!」
「「……病気が治った? そういえば、君は村の子どもじゃないか!」」
薬師たちは全快したミラちゃんの様子に気づいたらしく、俺たちの話を真剣に聞いてくれた。
俺の《回復氷》スキルで生み出した氷飴を食べたところ、病気が治ったと話すとたいそう驚かれた。
「……なるほど、そんなことがあったのか。早とちりして申し訳ない。俺たちの薬でも治せない病気が治せてしまうなんて、コーリ君は素晴らしい回復スキルの持ち主だ。薬師としてすぐ働けてしまうね」
「ミラちゃんと同じように、俺のスキルを使えば村人の病気は治ると思うんだ。だから、手助けさせてほしい」
そう言って村に入ろうとするが、薬師たちはなおも立ち塞がった。
「事情はわかったが、君たちをネリファ村に入れるわけにはいかない」
「「え! ど、どうして!」」
俺とリゼリア、ミラちゃんは驚き尋ねる。
すんなり通してくれると思ったのに、なぜだ?
「俺たち薬師がネリファ村での治療を開始するにあたり、ベル=グリナスの住民や冒険者は絶対に立ち入らせないことがルールとして決まっている。君たちを村に入れたらルールを破ってしまうことになるだろう? 人間社会で生きる以上、ルールを守ることはとても大事なことなんだ」
話せばわかると思ったが、なぜか薬師たちは頑なに俺たちの入村を拒否する。
ルールを守ることが大事なのはたしかにわかるよ。
でも、この状況でそれはちょっと頭が固すぎるでしょう。
リゼリアとミラちゃんも疑問そうな顔だ。
「どうしよう、コーリちゃん。このままじゃ村人さんたちのところに行けないよ。早く病気を治してあげたいのに」
「ああ、仕方がない……強行突破だ! 二人とも、ついてこい!」
「「こ、こらっ、待て!」」
薬師二人の制止を振り切り、俺たちは駆け出す。
村に入ってすぐ異変が目に飛び込んできた。
中央部分は広場のようになっており、日差しを遮るだけの簡易的なテントがいくつも張られる。
その下には紫色の斑点模様が浮かんだ何人もの村人が、苦しげに横たわっていた。
周囲には多数の薬師がいて、懸命に治療を施しているようだ。
俺とリゼリアは彼らに向かって叫ぶ。
「俺たちはベル=グリナスの冒険者だ! 助けにきたぞ!」
「コーリちゃんがいればもう大丈夫だからね!」
ミラちゃんもまた、村人たちに呼びかけた。
「おとうさん、おかあさん、村のみんな! びょうきを治せるコーリさんを連れてきたよ!」
俺たちの言葉を聞くや否や、広場をどよめきが包み込んだ。
村人も薬師も、びっくりした顔でこちらを見る。
特に、喋る氷クラゲの俺と龍人族のリゼリアに驚いていた。
病人の中から、息も絶え絶えに手を伸ばす男女がいる。
「「ミ、ミラ、病気が……治ったの……?」」
「おとうさん、おかあさん! わたしはもう大丈夫だよ!」
急いでみんなを治療しなければ……!
村人たちに駆け寄るが、薬師の中から四十代くらいの男が村人の前に歩み出た。
黒髪を短く刈り上げた男だ。
「止まれ。私は薬師団のリーダーを務めている、イオニスという者だ。なぜ、部外者が村に入っている。橋は閉鎖しているはずだろう。龍人族の娘よ、その氷クラゲはテイムした魔物か?」
「俺は氷クラゲのコーリと言います。信じられないでしょうが、俺のスキルでミラちゃんの病気を治せました。だから、村人たちを治療させてほしいんです」
「……なに? お前は人語を介するのか? なおさら信用できん。そもそも、喋る魔物など見たことがない。後ろにいる龍人族の娘も不吉な前兆な気がする。今すぐ立ち去れ」
イオニスさんは厳しい目つきで俺を否定する。
やはり、魔物の姿ではいきなり信用を得るのは難しいのか。
早く治療してあげたいのに。
まずは話を聞いてください、と続けようとしたとき、リゼリアとミラちゃんの大きな声が響いた。
「コーリちゃんのお話を信じてよ! コーリちゃんの回復スキルは本当に人を助けられるんだよ! 私が証明する!」
「そうだよ! わたしのからだを見て! むらさきのぽつぽつが消えたでしょ!」
「君は……ミラか? たしかに、斑点が消失している……」
イオニスさんは集まってきた薬師と何やら小声で相談した後、渋々ながらも道を空けてくれた。
「……良いだろう。コーリ、お前の治療を許可する。だが、効果がないとわかればすぐに出て行ってもらうぞ。ミラの治癒はまぐれの可能性もあるからだ」
「ありがとうございます、十分です」
急いで村人の元に駆け寄り、スキルを発動する。
「二人とも、氷飴を配るのを手伝ってくれ! ……《回復氷》!」
「了解!」
「わたしもおてつだいする!」
俺がたくさんの氷飴を生み出し、リゼリアとミラちゃんに配ってもらう。
氷飴を食べてもらうと、たちまち村人たちの頬から赤らみが消え、呼吸は落ち着き、肌の毒々しい斑点模様さえも綺麗に消えてしまった。
村人たちは信じられない、といった表情で自分の身体を見渡す。
「い、一瞬で熱っぽさが消えちまったぞ……! 身体がすごい楽だ!」
「咳も治まったわ! 普通に息が吸えるの! こんなのいつぶりかしら!」
「気持ち悪い斑点模様も消えてます! 僕たちは病気が治ったんです!」
「「ありがとう、氷クラゲさん!」」
一転して、村人たちは元気あふれた様子で俺を取り囲む。
元気になってよかった!
完全に健康を取り戻した彼らを見て、イオニスさんは呆然と呟く。
「し、信じられん……。私たちの薬でもまったく治らなかったのに……。これはいったい……何が起きたのだ」
他の薬師たちも同じように唖然と佇むばかりだ。
元気になった村人たちに囲まれていると、リゼリアとミラちゃんが驚いた声で叫んだ。
「大変! コーリちゃんのおててが短くなっちゃった!」
「コーリさん、小さくなってる!」
「え? あ、ほんとだ」
いつの間にか、六本の触手は全部三分の一くらいまでに短くなっていた。
四十人ほどの村人全員に氷飴を配ったからだ。
念のためステータスを確認すると、魔力以外に体力も結構減っていた。
ふむ、《回復氷》は体力も消費するらしい。
回復系のスキルはそれだけ負担が大きいというわけか。
みんなに感謝されていると、ミラちゃんが若い男女を引っ張ってきた。
二人は俺の前に来ると、深く頭を下げる。
「僕たちはミラの親です。コーリさん、ミラだけでなく私たちまで助けていただき本当にありがとうございました。なんとお礼を言えばいいのかわかりません」
「あなたは私たちの人生を救ってくださいました。一生、この恩は忘れませんわ。本当に……本当にありがとうございました」
ミラちゃんは笑顔でご両親の手を握る。
「俺もみんなが元気になってよかったです」
「コーリちゃん大活躍だね」
なおも四方八方から感謝されていると、村人の中から初老の男性が歩み出た。
「ワシはネリファ村の村長、ゼルグルじゃ。氷クラゲのコーリ殿。このたびは誠にありがとう。ネリファ村を代表してお礼を言わせていただく。あなたが来てくれなかったら、ワシらは全員死んでいたじゃろう。しかも……身を……! 自分の身を削ってまで! ワシらを救ってくださるなんて、どこまで素晴らしい魔物でいらっしゃるんじゃ!」
「な、泣かないでください。水を飲めば治るでしょうから」
ゼルグルさんは俺が縮んだ俺を見ていたらしく、嗚咽を漏らしながらお礼を述べる。
男泣きに当てられたのか、周りの村人たちも熱い涙を流す。
しばらく泣いた後、ゼルグルさんは村人たちみんなに呼びかけた。
「コーリ様は身を呈して村を救ってくださったのじゃ! ネリファ村の救世主、コーリ様を未来永劫讃えようぞ!」
「「コーリ様! コーリ様! コーリ様!」」
村人たちは大歓声を上げながら俺を取り囲む。
すみませんが、もう少し離れていただけませんか?
熱気で溶けてしまいますのでね。
そんなことを思っていたら、突然、後ろから何人もの声で俺の名が呼ばれた。
「「コーリ!」」
振り返ると……なんと、カリナさんや"紅牙団"の人たちがいた!
「カリナさん、どうしたんですか!」
「どうもこうも、あんたがネリファ村に行ったって聞いたから、急いで追いかけてきたんだよ! 氷スライムに負けてられないからね! あんたが勇気をくれたのさ……って、姿が変わってるじゃないか!」
「ええ、実は進化しまして」
事の経緯を説明すると、カリナさんは力いっぱい俺に抱きついた。
ボディが軋むぜ。
「コーリ! 流行病を治しちまうなんて、あんたはどこまですごいヤツなんだい!」
「「やっぱ、お前は大型新人だわ!」」
「あ、ありがとうございます。できれば、もう少し熱気を下げてもらえたら嬉しいのですが……。氷のボディが溶けちゃいますから」
カリナさんや"紅牙団"のギルドメンバーに、わしわしと頭を撫でられる。
みんなに褒められていると、"紅牙団"の後ろにいた男女の集団たちがこちらに歩み出た。
先ほど、ミラちゃんに厳しい言葉を投げかけていたベル=グリナスの住民たちだ。
彼らは申し訳なさそうにミラちゃんに頭を下げる。
「先ほどは……酷い言葉をかけてしまい済まなかった。言い訳になってしまうが、俺たちも焦っていたんだ」
先頭の男性に続き、他の住民も頭を下げ、街での一件を謝る。
きっと、彼らの間で尾を引いていたのだろう。
謝罪を聞くと、ミラちゃんはにこりと笑いかけた。
ご両親もそうだ。
「べつに気にしてないよ。びょうきだったのに外に出ちゃったわたしもわるかったから」
温かい言葉に、住民はホッとしたような笑みを浮かべる。
彼らは見舞いの品としてたくさんの食べ物を持ってきており、ぜひ食べて栄養をつけてほしいとのことだった。
ミラちゃんと和解したところで、ゼルグルさんは老人らしからぬ勢いで拳を突き上げる。
「今日は宴じゃ! ワシらの取り戻した健康を祝い、そしてコーリ殿に感謝の意を示すのじゃー!」
「「おおおー!」」
村長の宣言に、村人、そして住民や"紅牙団"のメンバーは歓声で応える。
周囲が明るい喜びにあふれる中、傍らのリゼリアがそっと俺に告げた。
「コーリちゃんはどこに言ってもみんなに好かれちゃうね」
「とても嬉しいことだよ」
その日はネリファ村でどんちゃん騒ぎが始まるのであった。
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