5 悪役令嬢は運命<シナリオ>を避けられない
あの後、私は屋敷に駆け込み護衛に助けを求めた。
護衛と共にアランのところに戻ると、アランは庭に落ちていたというロープを使い、侵入者をしっかりと縛り上げていた。護衛たちはその手際の良さに感心し、彼にお礼を言っていた。
そして捕まえた侵入者は、なんと私のストーカーだった。
彼は街で私を見かけて一目ぼれしたという平民の男性で、私の住む屋敷を探り当て、毎日のように裏門から屋敷内をのぞき込んでいたらしい。普段は私の姿を遠くから眺めるだけだったそうだが、今日に限って私が見知らぬ男性――アラン――と歩いているのを見て、恋人だと勘違いし、思わず近づいてきたとのことだった。
屋敷に侵入してきた不審者が、自分に危害を加えなかったとはいえ、毎日観察されていたという事実に背筋が冷たくなる。
「アラン、助けてくれて本当にありがとう。どこも怪我はしていない?大丈夫?」
「俺は大丈夫だ。アンタこそ平気か?急に飛び掛かって悪かったな」
アランの優しさに、胸がじんわりと温かくなる。ああ……やっぱり私の推しは最高だ。
「ちょっと驚いたけど平気よ。アランがいて本当によかったわ」
「……さっき、護衛たちから聞いたんだが、アンタ、不審者に狙われやすいらしいな」
「えっと……まぁ、うん……」
アランの言う通り、実はシャルロットは狙われやすい。
というのも、シャルロットの容姿は幼い頃から人形のように整っていて、成長するにつれてさらに磨かれていった。その結果、外を歩けば男性たちが熱視線を送り、馴れ馴れしく声をかけられるのは当たり前。最悪なことに、ストーカーじみた男にどこかへ連れ去られそうになったこともある。
幸い、両親や護衛が常に傍らに控えていたため、命の危機にさらされるようなことはなかったけど、日々届く求婚の手紙や贈り物、さらには屋敷にアポなし突撃を仕掛けてくる猛者たち――
これが私の日常だった。だから今回のような事も、実は初めてではない。
ちなみに余談だけど、ゲームのシャルロットの性格が歪んでいたのは、これらが原因じゃないのかと思ったりしている。
だってこんな環境に置かれれば、そりゃ男性恐怖症になるか、「男なんてちょろい」と魔性の女になるかのどちらかじゃない?そしてゲームのシャルロットは完全に後者だったのでは?と思ったりする。
……なんて、考え事をしていたら――
「……そうか。アンタ、可愛いもんな……」
「え?」
(――今、可愛いって言った!?しかもアランが、私に!?)
思わずアランを凝視する。アランも自分の発言に気づいたのか、顔を赤くしてそっぽを向いた。
(アランが照れてる!?)
昨日から、ゲームでは絶対に見られなかったアランの表情がたくさん見られて、嬉しくてたまらない。こんな可愛いところがあったなんて……!!
「とにかく、気をつけろ。……この屋敷、護衛をもっと増やしたほうがいいんじゃないか。俺が言うのもなんだが、昨日だって俺が侵入してたわけだしな」
私はアランの言葉に素直に頷いた。確かに二日続けて侵入者が現れるなんて、屋敷の警備が手薄なのは否めない。
「アランの言う通りね。ありがとう、お父様にも伝えておくわ」
その時、玄関のほうから馬車の音が聞こえてきた。おそらくお父様が帰ってきたのだろう。気づけばもう昼を過ぎていて、アランとの別れの時刻が迫っていた。
◇ ◇ ◇
「護衛たちから聞いたよ、アラン。シャルロットを守り、侵入者を捕まえてくれたそうだな。ありがとう」
「いえ。当然のことをしたまでです」
お父様はアランの返答に、なにかを決めたようにうなずいた。
「……実は、護衛たちとも話したんだが……アラン、うちの護衛騎士になる気はないかね?」
「お父様!?」
「シャルロットは反対かい?」
「いえ……そんなことは。でもアランは……」
アランのほうを見る。アラン考え込むように黙ったあと、なにかを決意したように父のほうを見た。
「……お気持ちは嬉しいですが……」
「遠慮せず言いたいことを言ってくれ」
「……俺は、少し前の記憶すらありません。もしかしたら、記憶を失う前の俺は罪人だったかもしれない。そんな得体の知れない者を、屋敷の護衛にするのは危険だと思います」
「なるほど。だが、記憶を失う前の君が何者であれ、今の君はシャルロットを救い、この家を守ってくれた。それが事実だ。それに、そうやって正直に進言している時点で、君は十分信頼に値する人物だと私は思うよ」
お父様は穏やかな口調で、けれどもはっきりとそう告げた。そして私に視線を向ける。
「シャルロット、アランの実力を間近で見たのだろう?お前の意見も聞かせてくれ」
「とても頼りになると思います」
それは事実だ。アランがいれば、きっとどんな危険からも守ってくれる。けれど……。
「でも、私はアランの意志を尊重したいです」
アランは少し驚いたように私を見る。
「護衛騎士になれば、自由が少なくなるかもしれない。アランは、やりたいこととか、ないの?」
私は、アランに自由になってほしかった。彼が幸せに生きる道を歩んでほしいと思ったからだ。
アランを真っ直ぐに見つめて問いかける。
アランは私の視線を受け、動揺したようにうつむいた。
「俺は……」
少しの沈黙の後、アランは静かに、けれど力強く言葉を紡いだ。
「ルシュール家の護衛騎士になります。シャルロットが……危なっかしくて、気になるから……!」
「え!?私!?」
なんで!?
「ははっ!その通りだ。我が娘はこの通り絶世の美少女だ。おかげで、この家の周りには不審者が絶えなくてな。我が家の護衛たちは働きづめだ」
「ちょ……ちょっとお父様!」
「だから、ぜひ力を貸してほしい。記憶が戻って帰る場所がわかった時は、きちんと送り出すと約束しよう。それまで、うちにいてくれないか?」
「……っ。はい!ありがとうございます!」
アランは父に向かって礼をする。それを見た父は満足そうに頷いた。