4 悪役令嬢は推しと一緒にいたい
次の日。
父の仕事が片付いてからアランを保護院へ送って行くということで、父が戻るまでアランと一緒に過ごすことになった。
「よかったら散歩でもしない?」
朝食を食べたあと、私は思い切ってアランに声をかけた。少しでも動いている推しの姿を心に焼き付けたかったから。
誘いに乗ってくれるか少し不安だったけれど、アランは意外にも素直に頷いてくれた。
◇ ◇ ◇
庭を歩きながら、私はできるだけ自然体を心がけつつ、会話を広げる努力をしていた。
「よかった。歩けるようになって。もうお腹はいっぱいになった?」
「ああ……。助かった。この恩は忘れない」
真剣な表情でお礼を言われて、思わずびっくりする。
「大げさだよ。私は大したことしてないもの。でも、アランが元気になってくれて本当によかったわ。保護院に行っても、無理しないでね」
「ああ……」
日差しが眩しかったのか、少し目を細めながら微笑むアラン。その表情に一瞬、心を奪われる。
(こんな表情、ゲームでは見たことないかも)
ゲームの中のアランは、ほとんど無表情か、苦しげな顔をしていた。攻略ルートに入れば笑顔を見せる場面もあったけれど、こういう自然で穏やかな表情を見るのは初めてだ。
でもそれは当たり前のこと。だって目の前のアランは、数枚の表情パターン画像しかないゲームのキャラではなく、この世界に生きている一人の人間なのだから。
推しが目の前で生きている――
その事実に改めて心が震える。
(本当にこのまま、離れてしまっていいの?)
昨晩から何度自分に問いかけたかわからない。
推しなんだからそりゃもっと一緒にいたいに決まってる。
だけど、一緒に居ればゲームのシナリオに近づく可能性が高くなる。
そして一つでも選択を間違えば……
(私はアランに殺され、そしてアランはその手を血で汚し……罪を背負って生きていくことになる)
私も死にたくはない。だけどそれ以上に、推しに……アランに幸せになってほしいのだ。
シャルロットやルシュール家に縛られるのではなく、自由に自分の未来を選択してほしい。
思考が堂々巡りを始め、気づけば足を止めてしまっていた。数歩先を歩いていたアランがこちらを振り返る。
「どうした?どこか痛むのか?」
優しい声にハッとするが、次の瞬間――
「危ない!」
アランが私に向かって飛びかかってきた。驚く間もなく、彼の腕が私を抱きかかえ、背後から何かが吹き飛ぶ音がする。
「きゃあっ!」
あっという間にアランの温もりが離れてしまい、思わず目を開けると、地面に転がる男と、その上にのしかかるアランの姿が見えた。
アランは冷静に男の動きを封じていたが、明らかに油断ならない様子だ。
「シャルロット!護衛を呼んで来い!」
アランの鋭い声にハッとし、慌てて屋敷に向かって走り出す。いつの間にか裏門の近くまで歩いてきていたようで、屋敷までの距離が思った以上に遠いことに気づく。
(急がなきゃ!アラン一人じゃ押さえきれないかもしれない!)
必死で駆け出しながら、危機的な状況の中でも確かに感じたアランの頼もしさが胸を満たしていた。