2 悪役令嬢、推しと出会う
「……どうして俺の名前を……」
アランが目を見開きながらつぶやく。
私は思わず両手で口を覆った。そりゃそうだ。初対面なのに名前を言い当てるなんて、不気味に思われるに決まってる。
けれど、どう誤魔化せばいいのかわからなくて、とりあえず強引に話を進めることにする。
「えっと……ここで何をしてるの?あなた、この屋敷の者じゃないわよね?」
(この時点ではまだ、だ。質問としては間違ってないと思う。)
アランは逃げることはしないものの、目をそらして気まずそうにつぶやく。
「……動けなくて……」
「えっ、大丈夫!?怪我でもしてるの!?」
慌てて駆け寄り、アランの体を注意深く観察する。
「怪我は……していないみたいだけど……どこか痛いの?」
顔を上げると、予想以上にアランに近寄っていたようで、間近にアランのどアップが迫っていて、思わずのけぞる。そしてなぜかアランも同じようにのけぞった。
よく見るとアランの顔が赤い気がする。
(推しのテレ顔だ~~!?しかも少し幼いバージョン!)
一瞬、拝みたい衝動に駆られるが、それはただの奇行だ。ぐっとこらえて冷静を装う。
「ねえ、こんなところにいたら風邪をひいちゃうわ。とにかく屋敷に入りましょう。私につかまって」
そう言いながら肩を貸そうとするけど、アランに避けられた。
「何言ってるんだ。屋敷に入ったら捕まるだろ」
言われてきょとんとする。いや、庭にいる時点で十分捕まる状況だけど……?
「大丈夫よ。屋敷の者には『私の友達』って言えばいいわ」
「むちゃだろ……」
ものすごく呆れた表情で返された。
確かに無茶だ。でも、目の前にいるのは“私の推し”。動けないと困っているのに放っておけない。
「私を信じて!悪いようにはしないから」
意を決して動かないアランの腕を取り、強引に肩に回させる。それから踏ん張って立ち上がろうとするが……。
「ングーッ……!」
体格差がないとはいえ、ぐったりした男の体を支えるのは思ったより重い。せっかく推しと密着しているというのに、それを喜ぶ余裕もないなんて……。
「ねえ、どうしてそんなに動けないの?」
「……腹が……減って……」
(お腹が空いてるだけかーーい!)
心の中で全力でツッコむ。
「はぁ……仕方ないわね……」
羽織っていたカーディガンを素早く脱いでアランに手渡す。
アランは、突然ナイトドレス姿になった私を見て慌てて顔を背けたが、カーディガンは受け取ってくれた。
そうだった。ナイトドレスなんて所詮薄い布一枚。しかも今日に限って装飾の少ないシンプルなものを着ていたから、シャルロットの15歳にしてすでに立派に成熟した胸が布越しにもドーンと主張していた……。
恥ずかしい。ナイトドレス姿なんてメイド以外見ないしと思って油断していたわ。
とはいえ今はそんなことを気にしている場合ではない。
「これで少しは寒さをしのげるはずよ。ちょっと待ってて!」
厨房に向かって駆け出す。今の時間だと使用人は誰もいないかもしれない。でも、残り物くらいはあるはず。
後ろでアランがなにかを叫んでいたけど、風の音が強くて聞き取れなかった。
とにかく今は食べ物を探しに行かなくちゃ。