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9/13

合コンに呼んではいけない人3

ご評価いただきありがとうございます。

燃料にさせて頂きました。


予定よりも更新が遅くなり申し訳ございません。

皆様もインフルにはお気をつけください。

 ギャルの強引な勧誘に押し切られたものの「連れに聞いてみます」と必要最低限の断りだけを入れて、スタコラサッサと萩野先輩がいる席まで急いで戻る。


 何故、こんな展開になったんだろうと僅かに痛みを訴えてくる眉間を押えつつボックス席に辿り着くと、そこにはビールジョッキに額をつけてうんうん唸っている萩野先輩と、何故か私の席に腰かけているあの月光の男がいた。


 突然の男の登場に目がギョッと丸くなる。


 本日の装いはストライプ柄のスーツであるらしく、首元に閉められた無地のネクタイが良い感じに引き立て役になっている。ネクタイピンもシンプルなゴールド素材のもので、全体的にお固そうな大企業の若手営業エースといった居住まいだ。


 緩く波打つ黒髪は綺麗に整えられており、流し目のように此方を見る幅の狭い二重幅の目元が変わらず色っぽい。


 街中で会えばきっと心中色めき立つようなイケメンであるのだが、彼とはなかなかの因縁があるばっかりに整った容姿に安易にも見蕩れるわけにはいかなかった。


「えっ!?ちょっ!?はぁ!?」


 その因縁がちょっとトラウマに近いものなので、とうとう私は人語を話すこともままならなくなってしまう。


 しかも、不躾にも萩野先輩と男の二人へ慌てふためいたように右往左往と指を突きつけてしまうおまけ付きだ。


 明らかに誰が見てもテンパりまくっている私であるのだが、萩野先輩は全くお構いないようで「おかえり〜」と緩く出迎えてくれた。


「陽葵ちゃん、遅かったねぇ。トイレ混んでた?」

「いや、トイレは全然混んでませんでしたけど、由威の馬鹿が合コン開いているのを見つけて、そこで色々ありまして······それよりも先輩、なんでこの人が此処に居るんですか? というか、お知り合いなんです?」


 右往左往させていた指を男へと落ち着かせて、先輩に迫るように尋ねる。私に指を差されっぱなしの男は眉一つも動かさずに黙って此方を伺っている。恐らく、男もまさか此処で私と再会することになるとは思ってもいなかったのだろう。


「うん、まあ、お知り合いと言えばお知り合いかな。か······椿屋先輩とも高校は同じだったし」

「あ、あ〜〜〜由威や真昼先輩と同じような繋がりってことですか」


 確かに糸乃神社の神主を勤める月呼さんの傍にいた人であるなら、この男も三日月島出身ということになるだろう。

 改めてこの島の人間関係の狭さを思い知り、盲点だったと眉間に指を置く。


 萩野先輩は私の異様な様子には触れず、小さく笑いを零す。


「あの二人程、接点がある仲って訳じゃないけどね。それよりも陽葵ちゃんも先輩のこと知ってたんだ」

「そ、そうですね。由威と一緒にいる時にお会いしまして」

「そっか。由威ちゃんと先輩、仲良かったもんね」

(仲、良かったんだ、あの二人)


 あの豪邸で私が出会った時はかなり険悪そうに見えたが、あれは由威が私を庇っていたからこそ対立せざるを得ない状況でもあった。


(もしかして、これって元々は仲良しだった二人を対立させたってことにならない?)


 萩野先輩から齎された新情報によって生まれた疑問にこっそり汗をかく。

 もし知らなかったとはいえ、私が男の友情に罅を入れてしまったのだとしたら──それは取り返しのつかないことを二人にさせてしまったということだ。


 あちゃーどころでは済まないぞと、冷や汗をダラダラと流していると男はコテンと小首を傾げた。


「別にそこまで由威とは仲良くはない。というか······多分、彼は僕のことを良く思っていないと思う」


 そして投下されたのは、なんとも反応しにくい内容だ。本人が至って気にもしてなさそうな真顔なだけに余計、どう言葉を返せば良いのかが分からない。


 男とは殆ど初見も同然な私は下手にフォローしようと動かなくても良いが、長い付き合いらしい萩野先輩はそうもいかないだろう。

 すっかり氷の溶けたメガハイボールのジョッキに頬をつけて、眉間に皺を寄せたまま考え込んでいる。今日は飲みたい気分だからと憂さ晴らしにきたのに、すっかりそれどころじゃなくなっている先輩に不憫さすら感じてくる。


「いや、そんなことは無いんじゃないです?」

「別に気にしてもらう必要は無い。由威の気持ちも若干分かるから」


 恐らく、色々と考え抜いた末のフォローだっただろうに男はけんもほろろな対応だった。

 もう虫の息に近いらしい先輩は、「アア、ソウナンデスネ」と言うやいなや、そのままチーンと机の上に沈んでしまう。私だけは先輩の頑張りを分かっていますよと肩をぽんと慰めるように叩くと、若干折れ曲がった先輩の右の親指がよろよろと私に向かって上がってくる。


(萩野先輩も、本当に大変だなぁ)


 しかし、何となく糸乃邸の時から分かっていたことではあったがこの男──ひっじょうに絡みにくい性格をしている。愛想が無いとかいう次元ではなく、あまりにも人間味がないためにどう接すればいいのかと相対している方が分からなくなるのだ。


 萩野先輩は真っ白になってしまい、男は未だに退く気配もない。

 このままだと折角の飲みが台無しになってしまうと危惧した私は、どうにかこの気まずい状況を打破するべく小さな脳みそを捏ねくり回す。


 結果、そもそもとしてまず私には伝言すべきことがあったのを思い出した。


「あの、萩野先輩。さっき合コンしている由威と会ったと言ったじゃないですか。そこでコッチに来ないかと由威の合コン相手から誘われまして」

「ん?由威ちゃんじゃなくて、由威ちゃんの合コン相手から誘われたの?」


 流石に糸が切れたように消沈していた先輩も可笑しなことになっていることに気付いたようで、主語をもう一度問い直してくる。


「そうなんですよ。派手めのモーント女学院のギャルの子なんですけど、合コン相手が代わり映えしない面子だからって。そもそも、代わり映えしない面子と飲むのなら、それってもう合コンじゃなくてただの飲み会なんじゃ」


 ギャルの発言を一言一句思い出してみると、今にしてみれば色々とツッコミ所があるような気がしてならない。


「その方は、もしやピンク色の派手な髪に化粧が濃いめで、僕の胸くらいの高さの女性でした?」


 ピンクギャルの発言をもう一度よく思い出してみようと首を捻っていると、男が思案げな顔つきで会話の中に入ってきた。


「そうです!もしかしてお知り合いの方だったりします?」

「ええ。彼女達がいる場所はどちらでしょうか?」


 意外や意外、男は合コン会場へと行くことに乗り気らしい。

 ──まあ、男の立ち振る舞いと話の流れをみるに浮かれた理由とかではなく、知り合いだから挨拶でもしとこうって感じな気がするが。


 萩野先輩の意向も確認しようと目を向けると、席から立ち上がっている所だった。

 その割には口元が思いっきりへの字に曲がっているのだけど。


「先輩も行かれるんです?なんでしたら、この方······だけでも案内してきますよ」


 そういえば、男の名前を聞いてないなと一瞬思った。

 確か、萩野先輩は彼のことを『椿屋先輩』と呼んでいたはずだ。

 しかし、いよいよ男のことを名前で呼び始めたら縁が成立してしまうような気がするので、私は伝家の宝刀・気付かぬフリをした。


「先輩が行くなら私もお供しないとなんだよね。それに陽葵ちゃんも私達に行くかどうか聞いてくるって言って抜けてきたんでしょ? このまま戻らなかったら探されると思うよ」

「え? それってガチめに探されるってことですか?」

「ガチ中のガチだね。あの方は社交辞令だと分かってても社交辞令にさせてくれないから。返事はYESかNOしかないの」


 恐らくピンクギャルの方が萩野先輩より年下だと思うのだが、どうも立場は向こうの方が上らしい。

 この辺は地元のヒエラルキーが適応されているのかもしれない。あのギャル、どう考えてもヒエラルキーの頂点に立ってそうだから。


 全く戻る気のなかった合コン会場であるが、連れ達が行くというのであれば再入場する他ない。

 私は水先案内人となって、二人を無節操な魔窟へと案内するために踵を返す。



 ☆★☆



 年上の二人を伴って魔窟へとトンボ帰りし、襖から顔を出した私を真っ先に歓待してくれたのはギャルだった。


「来た来た〜!!」と声を弾ませるだけでなく、わざわざ席から立ち上がるや、人が一人ほど通れる程度に開けていた襖を全開にしてくれるほどには喜ばれている。


 そんなに構ってくれなくても良いんだけどなと思いつつも、ここまで素直に喜ばれると悪い気もしない。

 私もお返しにと愛想笑いを深めた。


 しかし、私のリップサービス精神もギャルが襖を全開にしたことで此処までとなる。


 豪快なご開帳のお陰で、横に並んでいた男と萩野先輩も顕になった。

 瞬間、モーント女学院勢と同大学の男達が色めきたつ。


「え!?ちょ、イケメン現れたんだけど!!」

「社会人ぽくない?ってか色気ヤッバ」

「どこにお勤めかしら?この辺の会社っていったら······」


「あ!茉里奈ちゃんだ! お久しぶりっす」

「まりちゃーん! もう俺と結婚しよー!!」

「ばか! お前と結婚させるくらいなら俺が結婚する!」


 この会場は合コンだったはずなのに先輩達が現れるや、男女で綺麗に分かれて盛り上がり始めた。


 明らかに私よりも二人の方が大歓迎されているので若干の気落ちをしつつも、私の登場は覗き見からだったもんなぁと目が遠くなる。


 けど、やっぱりこの差をまざまざと目にするとちょっと辛い。


 しかし、辛がっているのは私だけでなかった。


「ひまちゃん、君はなんてことをしてくれたんだ」


 あまりに二人との扱いの差に世知辛さを感じていると、いつの間にかすぐ側には不満たらたらな表情を浮かべた由威が立っていた。


「え? なんか私したっけ?」


 しかし、私には由威が膨れっ面な理由が全く分からない。むしろ、皆から大歓迎を受けている二人を連れてきたことを褒められるべきだと思うくらいだ。


 なんにも分かってなさそうな私に、由威は見せつけるように特大の溜息を吐く。それはもう、呆れてモノも言えないと態度で示すように。


 そのまま物分りの悪い私を放置するのかと思いきや、由威は己の向こう側をくいっと親指で指す。どうやら、そっちに不機嫌の理由があるらしい。


 見たくもないとばかりに顔を逸らしたままの由威がぞんざいに指した方へ視線を向けると、そこにはこの短時間で女子四人に取り囲まれて日本酒を注がれている男の姿があった。


「お兄さん、お名前なんて言うんですかぁ?」

「······椿屋 守(つばきやまもる)と申します」

「えっと、椿屋ってもしかして」

「やっぱりジュンちゃんには分かっちゃうよねぇ。マモ兄は『医療法人かぐや會』の理事をしている椿屋家の跡取り息子なんだわ。ってことでチョー優良物件」

「マジで!?そこって超大手じゃん!!」

「けど、マモ兄めちゃくちゃ手強いよ〜。みんなファイティン!!」


 示された答えに私の目から光が消える。


 男は到着して早々、ハーレムを築きあげたようだ。

 耳に入ってくる情報を聞く限り、どうもお家の方も大層ご立派のようで女子達の目はハートマークと円マークでぎゅうぎゅうになっている。

 あそこはもう、優良物件(獲物)を狩るためのアマゾネス達による戦場と化していた。


 光の消えた目のまま、再び由威へと目を向けなおす。


 私の傍にいる負け犬は血の涙を流しそうな勢いで、即席のハーレムを歯ぎしりしながら凝視していた。手元にハンカチがあれば、悪役令嬢さながらのグイーンを披露していたことだろう。


 命を懸けた心霊スポットツアーの末路がアレだ。

 正直、私の方こそ泣きたい。



「それより錫子様。今回のことは皆様もご存知なのですか?」

「だから本名で呼ぶなって言ってるっしょ!? ウチのことはスズって呼んでってば!!マモ兄のその呼び方、ぜっっったいに嫌いな漢字の方の呼び方じゃん!!!」

「流石に僕如きが愛称で呼ぶのは馴れ馴れしいかと」

「もうっ!本当にいつまでたっても頭でっかちなんだから!!スズよスズ。ワンモアセイ!!······なに可愛らしく首傾げてんの!?スズって呼んでって言ってんでしょうが!!?」

「首傾げてんのめっちゃ可愛い」

「マジで分かってない顔してる〜」

「アンタらも甘やかすんじゃないの!!」


 キャッキャウフフと大盛り上がりを見せているハーレム集団を見ているのが辛くなってきて、私は負け犬の首根っこを掴んで撤退を図ることにした。


「合コンにはさ、合コンなりに暗黙の了解があってね。その項目には連れてきちゃいけない奴っていうのがあるんだよ」


 ズルズル引きずっていると、背後からブツブツと戯言(たわごと)が聞こえてくる。怨嗟の染み込んだそれをまともに聞いてるとこっちまで気が参ってきそうなので、私は早々にシャットアウトすることにした。


「自分よりイケてて、自分より金持ってて、自分より能力がある奴なんか論外中の論外だよ。戦友であり、ライバル達はみな均一でなければならない。偏差値50の集団に、偏差値70を連れてきちゃいけないんだ」


 人を呪わば穴二つとはよく言ったものだなと私は襖の隙間から飛ばした怨念の成果を見て、しみじみそう思った。



 精神(いのち)からがら逃げ落ちた私たちが向かった先は、15畳はありそうなだだっ広い部屋の端っこの方に居座る萩野先輩を含んだむさ苦しい集団だった。


「おかえり〜、陽葵ちゃん由威ちゃん」


 男どもがせっせと剥いている枝豆を片っ端から口に入れている先輩がゆるっとした顔で出迎えてくれる。

 先輩の手元には並々と注がれたビールの入ったグラスがあり、空いた傍から控えている男が注いでいる。

 こっちはどうも大奥状態になっているらしい。


「ただいま戻りました。先輩は楽しく過ごされてるみたいですね」

「そうだねぇ。なんか色々と愚痴ってたらみんな同情してくれちゃってね。私たち『ミジンコ同盟』は今後も慎ましく生きていこうねって話をしてたんだ」


 いつの間にやらど卑屈極まりない同盟が知らない所で締結されていた。

 周囲にいる男たちにそれでいいのかと問い掛けるように見渡すと、どいつもこいつも一様に遠い目をして一方向へと視線を投げている。


 彼らの視線の先にあるのは、今も楽しげな黄色い声が聞こえてくる女子大生達で構成された魅惑のハーレムだ。

 甲斐甲斐しく世話をされて、四方から声を掛けられている主は何にも気にしていないというような涼やかな顔つきでデザートのプチシュークリームを食べている。


 日本酒を嗜みつつ、そこそこの速度でプチシュークリームを食べて、たまに何かしらの質問に答えている男を、合コン全男性参加者達が恨めしそうに眺めている光景の悲壮感たるや凄まじい。


「俺に家柄があれば勝てたのに······」

「いや、顔もだろ」

「いやいやいや、スペックもじゃね?」


 その会話に行き着いた時点で、彼らがハーレムを築くことは出来ないだろう。

 由威以外の参加者達から聞こえてくるやり取りに脱力しかける。


 ちなみに輪に入っていない負け犬はといえば、もう不貞腐れを極めたのか、酒に逃げようと徳利に手を伸ばしたところで萩野先輩にていっと叩かれていた。

「お酒は20歳になってから」と素敵な笑顔で告げる萩野先輩には勝てないらしく、流石の由威も静かに項垂れている。


 先輩と由威の一方的な戦いをなんとはなしに眺めていると、視界の端でピンクギャルが唐突に立ち上がった姿が見えた。


 トイレにでも行くのかな?とぼんやり思いながら見ていると、彼女はくるっとその場から離れるや猛然とした勢いで此方──ミジンコ同盟+αの方へとやってくる。


 両肩を怒らせてドシドシやってきた彼女は、私の隣に空いていた隙間へと座り込む。流石にモーント女学院生なこともあり、胡座ではなく女の子座りで腰を据えた彼女は予想通りに大噴火した。


「もー! マジでマモ兄ったら有り得ない!!口を開けばお爺ちゃんやお父さんのことばっかなんだから!!」


 今にもその綺麗に染めたピンク色のセミロング丈の髪を掻き毟らんばかりにギャルは怒りを大爆発させている。グロスで艶めいているぷっくりとした唇からは『激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリーム』と怒りを表すギャル語が飛び出してきそうだ。


 そんな怒りMAXのギャルを宥めようと立ち上がった者達がいた。

 由威を除く負け犬達だ。


 彼等は顔を真っ赤にしている彼女の機嫌をとろうとすっかり下っ端根性が染み付いているのか、ピッチャーから空のグラスに水を注いだり、残っていたフライドポテトを献上したりと華麗なる連携プレイで世話を焼き始める。

 あまりにも神がかった共同作業ぶりに感嘆の声を上げそうになった。


 瞬く間に、ギャルの大奥の出来上がりだ。


 しかし、彼等は一番大事な作業をすっ飛ばしていた。


「マモ君はいつもあんな感じじゃん。お家大事、お家命、お家のためなら何処までも」


 そう、会話である。

 どれだけチヤホヤと世話をしたところで彼女の怒りに反応しなければ、それは居ないも同然だ。


 従って、彼女は由威に顔を向けて口を開く。

 傍に侍ってあれこれと世話をしている彼等には見向きもしない。


「それは知ってるけどさぁ。ってゆーかマジで全然話通じないんだけど。あんなに話出来ないやつだっけ?」

「なんだろう。鏡慈(きょうじ)には言われたくないなっていうこの気持ち」

「はあああああ!?ウチらが一番マシっしょ!?アンタらにだけは言われたくないわ!!!」


 ただし、由威も由威で顔は良いのにモテない男の三日月大学代表に選ばれても可笑しくない男であった。

 時計の長針が半周する暇もなく、ギャルの怒りに油を注ぐ。


 デリカシーの無さにも定評がある由威と、愚痴りに来たのに喧嘩を売られたギャルの間に一触即発の空気が流れる。


 しかし、その空気も長くは持たない。


「まあまあ、スズちゃんもそう怒らないでくださいよ。由威ちゃんも無闇矢鱈に人を煽らないの。そういうとこ、悪い癖だよ」


 我らがオカ研の天女、萩野先輩の降臨だ。

 ゆるい声で割って入った彼女の人徳か、二人は先輩に宥められるとそれ以上の抵抗の意思は見せなかった。


 否、()()()()()()というよりかは、()()()()()()()()という方が正しいかもしれない。


 二人は揃って、とんでもなく強い酒精を纏っている萩野先輩を案じるような顔をしている。


「ちょっと、マリーちゃん飲みすぎじゃん!」

「だいじょうぶ!しん・ぱい・ごむよう!!」

「マリ先輩、そのネタ超古いよ。ほら、グラスももう離そっか。今日はそれ以上飲んじゃ駄目」

「由威ちゃんシャラップ!!」

「将馬、マリーちゃんにお冷飲ませて。っつーかこれ以上飲ましたら絞める」

「は、はい!」


 今度は萩野先輩が由威からお酒を取り上げられ、少し前まで酒を汲ませていた男達から水責めを受ける羽目に陥っていた。


 尊敬する先輩が血中に蔓延るアルコールを薄めようと、男共に水を飲まされている姿になんとも言えない気持ちを抱える。普段の穏やかな萩野先輩を知っているだけに、今日は本当に酒に逃げたい日だったんだなぁと強く思い知らされた。


 あと、先輩がお酒に逃げやすい性質だってこともだ。


 数人の男でもはや酒乱と化している先輩を宥めている地獄絵図にどこらへんで間に入ろうかと気を伺っていると、視界を肌色が過ぎっていった。


 唐突な視界不良に驚いて目を丸くすると、隣に座っているギャルがくすくすと笑っているのが聞こえてくる。


「お姉さん、すっごい顔してたよぉ。なんか檻に入ってるゴリラが急にラジオ体操し始めたのを見たような感じのさ」

(ど、独特な例えするなぁ、この子)

「そういえば、お姉さん。ウチ、お姉さんの名前聞いてなかったかも」


 ギャルに言われて、名乗りあっていなかったことを私の方も思い出す。彼女との出会いは色々と刺激的な出来事が多過ぎて、当たり前のことがすっかり抜け落ちていた。


「ウチは、鏡慈 錫子(きょうじすずこ)。モーント女学院の一年生。呼ぶ時はぜっったいスズって呼んで欲しい! っていうか、本名で呼ぶの禁止だから。これ絶対!!」


 よっぽど本名がコンプレックスらしく、すごく念を押される。

 個人的には錫子ちゃんの名前の響きは好きなのだが、こういうのは価値観の違いなので仕方がない。


「おーけー。スズちゃんって呼ぶね」

「ヤッター! マジお姉さん良い人!由威とかマモ君の友達とはとても思えない素直さだわ。そういや、お姉さんは三日月大学の人?」

「そうだよ、三日月大学文学部一年生。学科は萩野先輩と同じ史学科っていうの。そんで名前は、沙倉陽葵っていいます」


 名乗ると、スズちゃんはパッチリと上がった長い睫毛に縁取られた垂れ目を更に弓形にした。


「なるほど、お姉さんはヒマリンか。いいな〜ヒマリンって超絶きゃわな名前じゃん」


 ところが、名乗ってすぐになかなかな渾名がつけられている。幼稚園や小学生の時すらもつけられなかった珍妙な名前に私の眉根がピクリと動いた。


 しかし、スズちゃんはそんな私の反応など気にも留めないのか挨拶でもいうように両手を取られる。そして、ぶんぶんと縦にめいいっぱい振って益々愛嬌たっぷりの笑顔を深めた。


「ヒマリン、もし由威やマモ兄のことで困ったことがあったらいつでも電話してきて!ウチ、ヒマリンの頼みなら、締めるのも投げるのも踏み潰しだってやってみせるからさ!」


 どうも今日は両手を取られて、上下に振られる日のようだ。

 そして、振られながらなんとも反応しがたい好意から出てくる言葉を貰う日らしい。


 どっかの黒ジャージとは違って、スズちゃんは一パーセントも害のない気持ちで言ってくれているので私はそれを有難く受け取ることにした。ただし、受け取ったからといっても、それを頼むかどうかは別の話だ。


 そうやってギャルとの交友を温めつつ、互いに連絡先を交換し終えると、不意にスマホ画面が着信画面に変わる。某メールアプリから掛かってきているようで、初期設定から変えていない着信音が辺りに響いた。


 画面に表示されている名前は、先日『男は何を貰ったら喜ぶのか?』と由威に尋ねた女友達のものだ。


 次いで、画面に表示されている時計を確認する。

 時刻はなんだかんだと21時に差しかかろうとしていた。先輩とこの店に来たのが18時過ぎだったので、そこそこ長いこと楽しんでいたらしい。


 夜も深まってきた頃に約束も無くかかってきた電話に嫌な予感を抱きつつ、私はスズちゃん達に断りを入れてこそこそとお座敷を出た。







次の更新は明日の21時頃を予定しております。

筆が乗ればお昼ぐらいに早まるかもしれません。

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