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合コンに呼んではいけない人2

校正に手間取り、ちょっと投稿が遅くなりましたm(_ _)m

「本当にごめんね!暫くあの子は出禁にするから!!他所様の娘さんをキズモノにするだなんて本当に有り得ないよ!!」

「いや、あの、萩野先輩······それ言葉としては合ってるんですけど、ニュアンスが違います」

「ウチの男どもってなんか思い込みが激しい所があるっていうか、突っ走ることに特化しちゃってるというか。正直もう私如きじゃ手に負えないっていうか」

「気にしないでください。私も勢い余って打っちゃったし」

「もう······ヤダなぁ。私なんか、所詮そこいらの何の能力もないパンピーも同然なのに。この世代にばっか生まれたばっかりに······」

「せ、せんぱ〜い?」


 ビールジョッキ片手に自分の世界に入り込んでしまった先輩にはもはや、私の言葉は何も届いていないようだ。


 顔半分を覆う黒縁眼鏡の奥にある萩野先輩の瞳からは、すっかり光が消え去っている。それが早速飲んで回ったアルコールのせいなのか、それとも数時間前の惨劇のせいなのかは定かではない。


 壊れたラジオのようにブツブツ言うだけになった萩野先輩を後目に、頼んだグレープジュースを飲む。三日月島で育成されたブランドを使用しているという触れ込みのあったそれは、高校生の頃にたまに飲んでいた市販品とは違って舌がキュってなるような酸味が心地よい。


 私達がこうして顔を突合せて飲むことになった経緯は、ほんの二、三時間に虎丸という黒ジャージに私が引っ掻かれ、そのうえ出て来た血を舐められたという奇怪な事件が起こったことによる。


 こうやって改めて要約してみると本当に字面が酷い。相手が犬、猫であればまだ微笑ましい出来事として処理が出来たのだろうが、相手は意思疎通が可能な人間だ。今振り返ってみても何故こんなことになったのかが分からない。


 流石の私も男の非常識すぎる行動には危機を感じて左頬を叩かせてもらった。仕返し、というよりかは一刻も自分から離れて欲しいという意味合いの方が強かったみたいで、放った一撃は渾身の出来だったらしい。部室内にパシンと良い音が響き渡ったものだ。


 狼藉者はまさか私から手痛い反撃を食らわされるとは思わなかったようで、左頬に真っ赤な紅葉が付くほどの痛みを味わったはずなのに呆然としていた。もしかしたら、何が自分の身に起きたのか男も分かっていなかったのかもしれない。


「ばっ!?お前っ、マジかよ!!?」


 この超展開を終焉に導いたのは、我らが頼りになるオカルト研究会 副会長の真昼先輩だ。


 真昼先輩は巨漢の体からは信じられな素早さで虎丸の下へと駆けつけて抱えるや、あっという間にそのまま彼を肩に担いでその場から身を翻した。


「沙倉ちゃん!マジでコイツが変なことしてごめんな!!さっきのは悪い夢だったと思って忘れてくれると助かる!!もし腹が収まんないだって言うなら俺に言ってくれていいから!!ほんまごめんな!!!」


 そして、見惚れる程に華麗な去り際に凄い勢いで謝罪された。その先輩のマシンガンのような謝罪に反応しようとした時には遅く、既に後ろ手に鉄扉が閉められていた時で。

 縦にも横に大きく、ましてや人を背負った状態だったのにも関わらず、あっという間に姿を消した真昼先輩の手際の良さに感嘆する。さすが、自称“動けるデブ”。先輩ならそのうち『飛べない豚はただの豚だ』だなんて名台詞を現実で言える日がくるかもしれない。


(というか、別にこのことに関しては真昼先輩が謝ることじゃないんだけどね)


 そもそもやらかしたのは、あの突然現れた黒ジャージ男であって真昼先輩ではない。償い窓口までしてもらう必要すら無いのに。

 だけど、知人のフォローを完璧に行ってしまうのが真昼先輩という男なのだ。プロフォロワーとしての名は伊達じゃない。というか、本当に人が良すぎる。


 真昼先輩と先輩に担がれて出ていった黒ジャージ男の背を見送ると、部室に残されたのは電池が切れたようにカチンコチンになっている萩野先輩と、紙で切ったような細い傷跡を手首の腹に残した私だけとなった。


 私達は自ずと顔を互いに見合わせる。


「先輩、夕ご飯とかってもうお決まりですか?」

「家に帰ったらあるんだろうけど、今日は飲みたい気分だなぁ」


 そして、私達は夕飯を居酒屋で済ますことにしたのである。




 私達が飲みにやってきたのは、以前オカルト研究会で新入生の歓迎会を開催したこともある馴染みの居酒屋だ。


 三日月大学から徒歩15分の距離にある駅前の繁華街の一角にある店で、地鶏を使った焼き鳥や卵料理が評判だ。

 私はまだ未成年なので関係ないが、真昼先輩曰く『地酒のラインナップが超豊富。超豊富っていうかしょうみ変態レベルってぐらい』とのこと。確かにドリンクのメニュー表がフードと同じくらいぶ厚い。


 店に着くと雨が降っていることや平日の真ん中であることもあってか、並ぶことなく席に案内された。


 ボックス席に通されて、私達はメニュー表を見ることなく此処に来るまでに決めていたドリンクをそれぞれ頼む。


 そして頼んで直ぐに届いたビールとグレープジュースを直ぐに乾杯させて、冒頭のような謝罪を萩野先輩からかまされたというわけだ。


「お待たせしました〜。枝豆とおまかせ串5本盛り、だし巻き玉子でございます」

「あ、ありがとうございます。先輩、料理来ましたよ」

「待ってました、砂肝ちゃ〜ん!」


 もしかしたら料理が来ても壊れっぱなしかもしれないと危惧していたのだが、それは杞憂だったようだ。焼き鳥の串が五本乗ったお皿を見た瞬間に萩野先輩は正気に戻った。


 先輩は小柄でほっそりとしているが、実は真昼先輩並に食欲旺盛だ。

 一体どこに食べた物は収まっていくのかと目を疑うほどに、よく食べよく飲む。


 狙っていた砂肝を頬張って幸せそうにしている萩野先輩を見てホッと一息をつく。元に戻ってくれたようで何よりだ。


 私も温かいうちに食べようとだし巻き玉子を一口大に割く。付け合せに大根の山が盛られているが、醤油さんとのコンビセットはまだ早い。折角の地鶏の店なのだから、先ずは素材のままを味わいたいところだ。


 割いただし巻き玉子を口に放り込む。白出汁をふんだんに使っているのかお味が上品だ。卵そのものの味も強くて、しつこくない後味なのに満足感が高い。


 だし巻き玉子を皮切りに一通りの料理に手をつけた後、私はある事を思い出したとばかりに口火を切る。


「そういや、先輩。私まだ一回もオカ研の会長にお会いしたことがないんですけど、その人ってどんな感じの人なんですか?」


 オカルト研究会に入ってはや二ヶ月が過ぎたのだが、実は私はまだ一度も会長にお会いしたことは無い。


 入ったばかりの頃は脱会する気満々だったので、会長の存在など頭には毛頭なかった。寧ろ、由威から萩野先輩や真昼先輩を紹介された時などは外堀を埋められているような気がして、うへー半分気まずさ半分だったくらいだ。


 それが今じゃ、先輩達の人柄に触れて仲良くなっていき、由威とも過ごすことが日常になってきたこともあって、もう殆ど正規オカルト研究会メンバーの面までしているような始末だ。

 我ながらチョロいなとも思うが、あそこはなんだかんだ居心地がいい。相性が良かったんだと実はもう脱会する気持ちも殆ど無くなっている。


 そんな現状に置かれているからこそ、改めて今回、虎丸と萩野先輩の会話の中で『会長』という呼称が出たことで気になっていた。


 皆さんによるとウチの会長とやらは三年目の医学部生のために国家試験の勉強で忙しく、またプライベートも家業に奔走していて来る暇がなかなか無いとのこと。


 話を聞く限り、自分のことで手がいっぱいそうな生活をされているようなので、それならもういっそ『会長』という役員職は辞めて、ヒラの会員になった方が双方のためじゃないかとも思う。聞かされた当時の私は、やはり興味がなくて事務的な伝達として受け取り、「そうなんですか」の一言で済ませたていたが、もうそうやって他人事ぶるにはオカ研に馴染み過ぎた。


 だから、お飾りにも等しい会長なのであれば、真昼先輩に座を譲っても良いんじゃないかと考えたりする。

 部室に現れない幽霊会長の代理として現在、会長の仕事の一切合切を請け負っているのは副会長の真昼先輩だからだ。


「んぐっ!? か、会長か〜〜〜」


 砂肝を食べ終えて、お次は枝豆を美味しそうに摘んでいた先輩はこんな話題を振られるとは思わなかったのか驚いたように声を跳ねあげる。

 喉に詰まらせたような音を立てていたので、ビールは不味いだろうと飲みかけのグレープジュースを差し出すと片手で制された。多分、大丈夫ということなんだろう。


「そうだなぁ。医学部の三年生ってことは伝えたよね?」

「はい。だから国家試験の勉強で忙しかったり、家業のお手伝いでバタバタしているから、なかなか部室には顔を出さないと伺いました」

「そうそう。すんごい頭の良い人だから教授陣やご両親一同から期待されてるんだよねぇ。本人は本当はこの島から離れたくないんだろうけど、最近は学会とかにも連れ回されてるみたいだし······会長がいると便利だから、それも仕方ないだろうなって感じではあるけどね」


 なかなか人間相手に対しては使われることの無い単語が聞こえてきて首を傾げる。


「便利、ですか?」

「うん。あんまり良い感じの言い方じゃないんだけど、会長を言い表すにはこの言葉がピッタリなんだよね。デリカシーレベルは虎丸とか由威ちゃんと一緒なんだけど、その代わりすっっっごく気が利くんだよ。『今、喉乾いたな』って思ったら、もう側にいて飲み物を差し出してくれたりとか。『資料作らなきゃな』って思いつつも後回しにしてたら、そういうのがまさに作りたかったの!って感じの資料をしれっと作成してくれたりとかさ。ただ気持ちを察するとかそういうのはてんでダメだから、メンタル的な気配りは望めないんだけどね······」

「その人、AIとかアンドロイドとかです?」

「それめっちゃ良い例えだよ!そうそう、そういう機械じみた感じの人!!」


「凄くしっくり来たから、剥いた枝豆あげるー」と三個の豆粒を取り皿の上にぽぽんと出される。それに「ははっ!有り難き幸せ」と茶番で返し、貰った枝豆をすぐに食した。良い塩梅の塩っけで美味しい。


「でも、悪い人では全然無いよ。愛想が無いからちょっと近寄り難いけど」


 萩野先輩はそう締め括って、ビールを煽り飲む。ぐびぐびと良い飲みっぷりでジョッキを空にした先輩は、すぐにおかわりを頼もうと「すみませーん!」と声を張上げてスタッフを呼んだ。


 直ぐにやってきたスタッフに先輩がお次に頼んだのはメガハイボール。メガにした辺り、本当に今日は飲み明かしたい気分なのだろう。


「先輩、ちょっと御手洗行ってきますねー」

「りょーかい!行っといれー!なんちって!!」


 ただ、飲みっぷりが良いからといってアルコールに強いとは限らないのかもしれない。古典的なボケを披露して珍しく声高に笑い声を上げている先輩を見て、私は直ぐにトイレを済ましてこようと決意するのであった。




 ☆★☆




 医学部に入れるくらい頭が良くて。

 教授陣に気に入られるくらいには仕事も出来て。

 だけど、共感性はあんまりないAIやアンドロイドのような人。


 それがウチのオカルト研究会の会長──であるらしい。ただし、萩野先輩によるとが注釈に付くが。


 ウチの研究会員は、私を含めて真昼先輩、萩野先輩、由威、会長の五人で構成されている。

 三日月大学のサークル規定によると、サークルとして成立する会員数は五人以上。もし下回った場合は部室を没収され、非公式同好会としての活動を余儀なくされるとのこと。


 だから由威は入学式早々、私を騙し討ちのようにオカルト研究会に入会させて、必要最低限の体裁を整えようとしたわけである。


 由威自身も新入生であったにも関わらず、何故上級生のような立ち回り方をしていたかといえば、高校生の頃からよく三日月大学に遊びに来ていたからとの事だった。


 特に昔馴染みばかりが集まったオカルト研究会にはよく顔を出していて、大学に受かった暁には絶対に入会するのだと決めていたらしい。

 しかし、入会早々に廃部の危機が訪れたのでまだ彼自身もピカピカの新入生だったにも関わらず、勧誘側へと回る他なかったようだ。


 御手洗への道のりで、萩野先輩から聞いた会長像とオカルト研究会の実情を並べて考える。


 先輩から齎された情報によって会長に対する解像度はそこそこには上がった。

 だけど、会長はもう大学の三年生であり、三日月大学は基本的に十一月に行われる文化祭が終わった頃を目処に、三年生達はサークルを引退することが通例となっている。

 だとしたら、このまま一度も会うこともなく幽霊会長として引退される可能性も高い。


 それはそれで、ほんの少しだけ寂しさを感じる。

 やっぱり、このままオカ研に骨を埋めるとなれば、在籍している全員とは顔を合せてみたいと思う。

 特に、必要最低限の人数しかいない小さなサークルなら尚更だ。


 席に戻ったら、萩野先輩に「会長に会ってみたいなと思うんですけど」と相談してみようかな。

 多分、先輩のことだから無碍にはされない筈だ。


 忙しい人ではあるらしいので、直ぐに会えるわけではないだろうけど。

 萩野先輩が仰る通りなら、悪い人では無いようだし、話を聞いてる限りは不器用そうな人だなという印象が強い。


 これは会うのも楽しみだなぁとまだ見ぬ会長と出会うことに胸を膨らませてつつ、やっと見えてきたお手洗いに足を速める。


 粗方、考え事の整理も付いたし、用を済ませたら出来るだけ早く席に戻りたいところだ。

 顔はいつも通り色白いものの、喋ると時々愉快になる萩野先輩を思い出す。


 今日はお会いしたときから疲れているように見えたので、もしかしたらそれも相まっていつもよりも酔いが回るのが早いのかもしれない。何にせよ、ずっと一人にさせておくのは不安だ。


(今日はお家まで付き添った方が良いかもなぁ)


 この時の私は先輩との飲みを恙なく終わらせて、見送れるとまで思い込んでいた。

 大きなトラブルも既に起きていたので、あれ以上は起こらないだろうと高をくくっていたこともある。


 だから、今日はまだまだ長くなることを知らなかったその時の私は萩野先輩を心配するだけで済んでいた。




 ☆★☆



 お手洗いを済ませて、早く席に戻ろうと足早に狭い通路を歩いていると賑やかな声が左側に並んでいる襖の奥から聞こえてくる。

 此処はカウンター席やボックス席の他に宴会用のお座敷席もあり、声が聞こえてきたのはお座敷が並ぶエリアの方からだった。


 若い男女の笑い声からして、恐らく同じ大学生ぐらいの子達が盛り上がっているのだろう。

 もしかしたら、ちょっと遅めの新歓かもしれないなとまで考えたところで急ぎ足だった理由を思い出して、止めそうになっていた足を叱咤する。


 しかし、何の運命の悪戯か。

 一際よく聞こえてきたその声を聞いた瞬間、私の立ち去ろうとしていた足は完全に動きを止めた。


「この刀矢 由威、今こそ男を見せんと飲み干しましょうこの一献······!お嬢さん達、ちゃんと俺の勇姿を見ててよね!!」


 なんとも聞き馴染みのある馬鹿そうな名前と馬鹿らしい宣言をする力強い声が、襖を通り抜けて直に耳の中に入ってくる。


 私は反射のようにその場で崩れ落ちそうになるのを堪えて、片手で頭を抱えた。


(なんでこんなところで、あのアホの声がするのよ!)


 今日一日、姿を見ていなかったなと思っていたらだ。

 だが、もしかしたらまだ人違いの可能性もあると(かぶり)を振って、恐る恐る声の聞こえてきた座敷席へと繋がっている僅かに開いた襖へと手を掛ける。


 出来れば、声と名前がそっくりな別人だったら有難いと懇願じみた願いを胸中で唱えて、部屋の中が見えるほどに隙間を広げる。


 座敷席は十人程度の宴会を予想してか、15畳程の広さがあるようだった。


 堀炬燵形式のようで、席は低めのテーブルとなっている。

 座席には男女がそれぞれ四人ずつ向かい合っており、傍目から見ても異性間交友会───つまるところ合コンを開いているのだと見て取れる。


 男性側は全員、大学内で見覚えがあった。

 特に真ん中の左側にいるお猪口を持って、今にも煽り飲もうとしている甘いマスクの男はつい昨日も会ったばかりだ。


 共通の必修授業仲間である女友達に「男の人って何を貰ったら喜ぶの?」と尋ねられ、「林檎カードかなぁ」と即答で金券と宣った男である。


 イッキしようとする由威を煽るように周囲にいる男女が楽しそうに手を叩いている。女子側に居る派手なピンク髪のギャルだけはつまらなさそうにストーンが沢山つけられたネイルを眺めていたが、場はそこそこに盛り上がっているようだ。


 由威が喉仏を動かして、あっという間に飲みきる。

 空にしたと喧伝するように持っていたお猪口を周囲に見せびらかせて、拍手喝采を浴びていた。実に大学生らしい節度のない遊び方をしている。


(アレが命を張ってまでも行きたかったモーント女学院との合コンか······)


 派手な身なりの子達が多いが、確かに脇に置かれている鞄はちょっとやそっとのバイト代では入手出来なさそうなハイブランドの逸品ばかりだ。

 彼女達がそれなりの家の子達ということは間違いないだろう。


 こんなことのために色んな危機に巻き込まれたかと思うと、ふつふつと腹の底から怒りが湧き上がってくるのを感じる。向かいに居る着飾った女の子達にきゃいきゃいと言われて、嬉しそうに鼻の下を伸ばしているところを見るとはっ倒してやりたくてしょうがない。


 しかし、事件に巻き込まれはしたが、由威が私を糸乃家から守ってくれたのもまた真実だ。

 月呼さんやあの男を言いくるめて私を日常へと戻してくれたのも、遺憾なことではあるがあのアホ面なのだ。


 ──いや、でもあの廃病院に行きさえしなければ日常が脅かされることはなかったし、今日も虎丸とかいう変な男にセクハラまがいなことを受けずに済んだはずなのでは。


 不意に過ぎった『そもそもとしての話』に収まりかけていた怒りが再び復活した。

 しかも今度は、元凶かもしれないという仮説が生まれたために先程よりも怒りの度合いが高い。はっ倒すくらいでは気は済まなさそうだ。


 従って、私が(とも)に送る念はこれに限る。


(盛大に振られろ!いつもみたいに『やっぱりちょっと違うんだよね······』的なオブラートな振られ方じゃなくて、『顔も中身も馬鹿っぽくて無理!』って感じの切れ味ある振られ方をされろ!!)


 襖の隙間から席の真ん中で調子に乗っているアホ面に向かって精一杯の邪念を送る。これまで人をここまで真剣に呪ったことは無かったと思うほどに恨み辛みを乗せてだ。


 そんな私の特濃な念が伝わったのか、ターゲットである女子達からパッと顔を逸らして此方へと向いた由威と視線が交錯する。


 私と視線を合わせた由威は、なんでここに居るの?と驚いたように目を丸くさせ、ついで癖だとでも言うようにへらりと笑った。

 しかし、段々と今、自分が何をしているのかを思い出したらしく、目をひらひらと泳がせたかと思えば、最終的にはしれっと私から視線を逸らして見て見ぬふりをすることにしたようだ。

 これほどまでに百面相という言葉が似合う痴態もなかなか無いだろう。


 流石にこの由威の様子の可笑しさには誰もが気付いたらしく、合コン参加者の不思議そうな視線が由威につられて襖の隙間へと寄せられる。


 そして、そこにいた不審な女である私を発見し、何人かは「え!?」と驚きの声を上げていた。それもそうだろう。仲間の不自然な行動の原因の先を辿ったら、身も知らぬ女が自分達を覗き見ているのだ。正直、絵面的にはかなりホラーじみている。


 しかし、そんな不審な女に勇敢にも声を掛ける者がいた。


「もしかして由威の友達なんじゃね? ねえ、そこのお姉さん! 良かったらコッチおいでよ!!」


 そう言って私を誘ったのは、由威のイッキ飲みの時につまらなさそうにネイルを眺めていたピンク髪のギャルだった。

 エクステかツケマで縁取られたタレ目が可愛らしいその子は、まさか誘われるとは思わずにモタモタとしている私に痺れを切らすと、なんと席を立って此方へとやってくる。


「そんなとこに立ってないでさ! いや、待てよ? もしかして、由威の彼女とかっていうチョー有り得ない人だったりして?」

「あ、それだけは絶対無いんで」

「ぷっ! あいつ、ソッコー振らてんじゃん。お姉さん見る目あるねぇ。ね?折角だし、一緒にご飯食べようよ!!」


 さすがギャルと言うべきか、覗きをしていた合コン相手の友達にも気安いようで、屈託のない笑顔を浮かべてこちらを手招いてくる。

 しかし、流石に知らない人ばかりが集まる飲み会──しかも今回は合コンという未知なる会なこともあって、私は速攻で逃げの準備を整える。


「ごめんなさい。私、連れがいるので······」

「えぇ〜、じゃあさ。その人も連れてきていいよ。正直、見慣れた面子で飽き飽きしてたんだよね〜。将馬(しょうま)の奴が大学の男連れてくるっていうから楽しみにしてたのに、結局来たのは知り合いばっかだしさ」

(この子、ギャルらしくめちゃくちゃ押しが強いな······)

「だからさ、お姉さんとお友達さん?かな。こっちに来てくれるとチョー助かんの!ウチを助けると思ってさ、お願い!!」


 ネイルされた手先を整えて、えへっと笑うギャルの陽キャスマイルの破壊力たるや凄まじい。

 あんなにも逃げる気満々だった私は、自然と首を縦に振っていた。




※未成年の飲酒は法律で禁止されています。アホの見本として反面教師にしてください。

※一気飲みは急性アルコール中毒症を引き起こす恐れがありますのでお気を付けください。


次回は年末なこともあり、木曜までには1,2話ほどUPしたいなと考えております。

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