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繋げてはいけない運命6

本日、二話投稿です。

2/2は21時に投稿を予定しています。

1/2。

 由威と連れ立って、両脇を田園に挟まれた畦道を歩く。

 田植えも終わり、僅かに伸びてきている苗が梅雨前の爽やかな風に吹かれて気持ちよさげに揺れている。

 正午も過ぎた長閑な昼下がり、近所の住人しか往来のない凸凹の目立つ地面の上を伸びきった二人分の影法師が映り込む。


「結局さ、昨日からの出来事ってなんだったの?」


 突然、口から(まろ)び出たのは、問いただすには今更すぎるだろう疑問だ。

 だけど、それは意識の下でずっと蟠っていた私の気持ちで間違いが無く。


 投げかけた質問の返事を得ようと、知らずに足が止まっていた。

 先を楽しげにゆらゆらと踊るように歩く由威を見つめる目にも力が入る。


 由威も月光の男も、月呼さんさえ、結局は肝心な言葉は決して口にせず、必要最低限の言葉だけでやり取りをしていた。


 三人の話題の渦中には私がいたはずのに、最後まで蚊帳の外で眺めることしか出来ず。

 しまいには助け船を出してくれた由威に導かれるままに、何も知らないまま日常へ戻る切符を手に入れていた。


 無知を貫き、()()()()()と言った私を月呼さんは何故か否定もせずにニコニコと送り出してくれて、あの男も何か言いたげな顔をしていたが最終的には車まで出して見送ろうとしてくれた。


 流石にそこまでしてもらう義理がないので、めいいっぱい断らせてもらったけど。


 もしかしたら、あの口の上手さで誤魔化されるんじゃないかという懸念が過ぎったが、私の疑心は取り越し苦労で済むらしく、由威はぴたりと歩みを止めた。


 ちょうど少し前に腹ごなしをしようと買ったソーダ味のアイスキャンデーを咥えたまま振り返った彼は、何かを考えるように宙を睨んだかと思うと口からアイスキャンデーを離す。


「ひまちゃんはさ。黄泉竈食(よもつへぐい)って知ってる?」


 たっぷりと逡巡していたのでどんな返答があるのかとドキドキしながら見守っていたら、藪から棒にオカルト研究会っぽいことを言い出した。斜め上の展開に自然と眉根も跳ね上がる。


「それって伊邪那岐(いざなき)伊邪那美(いざなみ)の話だよね。出典は確か古事記だっけ······?伊邪那岐は妻である伊邪那美を出産で亡くしたものの忘れることも出来ず、黄泉の国まで迎えに行くんだよね。だけど、再会した伊邪那美から『黄泉の国の物をもう食べてしまったから、戻ることは出来ない』って言われるんだっけ」

「そう、それ。日本の八百万の神様を産んだスーパー夫婦のお話の一節にあるのがこの黄泉竈食なんだけどさ。黄泉竈食って言うのは『あの世の物を食べると、この世に戻れなくなってしまう』ということなのよね」


 そう言いつつ、由威はアイスキャンデーを頭から丸かじりする。しゃくりと小気味よい音を立てて齧られたアイスキャンデーには、由威の歯型が残っていた。


「んでまあ、この話の何がひまちゃんに関係あるのかというとだ。食べ物に限らず、情報だって同じってこと」

「知ってしまったら、もう元に戻れないってことが言いたいわけ?」

「うん。まあ、もっと身近な例を出したら都市伝説も同じかな。ある一定の言葉を20歳まで覚えてたら死んでしまうっていうのもよくあるよね」

「ムラサキカガミとか?」

「ちょっ!? 俺達あと一年で20歳迎えるのに今それ言っちゃう!??」

「例に出したのは由威じゃん!!」


 理不尽な言いがかりに、つい噛み付いてしまう。

 確かに由威の言う通りでもあるけど、そんなピンポイントで例を出されてしまったら反射で答えてしまっても仕方ないだろう。


「とまあ、アイスブレイクもこれくらいにして······」

(なんか上手いこと言ったって感じのドヤ顔が腹立つなぁ。わざわざアイスキャンデー振ってくるし)

「実際、あんまり関わっても良いことなんて何にもないんだよねぇ。こう俯瞰して眺めてみるとしみじみ思うんだけど、ウチってかなりの因習村って感じだし・・・」

「え? 何その不穏な単語······」

「あれ、鬼太郎の映画見てない?多分、あの映画よりも前にあったネットミームだと思うんだけど、なかなか言い得て妙だよ。古いしきたりに雁字搦めで、時代に取り残されて何にもアップデートしてないのに誇らしげにしてる所とかすっごい共感性羞恥覚える」


 こんなにぽやんぽやんしているけど、由威も由威で色々と苦労があるらしい。

 何か嫌なことでも思い出したのか、ぶんぶんとアイスキャンデーを振ることを止めて、大きく口を開けるや八つ当たりのようにしゃくしゃくとアイスキャンデーを齧り出した。


「じゃあ、由威のあの羽のこととかも聞かない方が良いんだよね?」

「んは〜はれへ。ひーひー」

「食べるか喋るかどっちかにしてよ」

「んぐ。あんなんこそ知らなくて問題ないね。意外と根性出せば、人間誰でも羽とか出せるしさ」

「それはない。絶対ない」


 廃病院で私を抱いたまま軽やかに飛び回る由威は、どうみたって人間離れしていた。


 濡れ羽色の両翼を自由自在に操って宙を行き来する様は、まるで絵巻物に出てきそうな烏天狗と瓜二つだった。


 けど、今、私の前でアイスキャンデーを勢いよく食べているのは紛れもない、オカルト研究会に所属する調子の良さが長所でもあり、短所でもある刀矢由威で。


「いって〜〜〜!早く食べすぎて頭キィーーーーンってなってるぅぅぅううう!」


 しかも氷菓子の早食いでダメージを負って、地べたに滑り込んでいる姿はこれぞダメ人間とまで思わせてくる有様だ。


 由威を見る私の目も自然と冷たいものになってくる。


(要は、君子危うきに近寄らずってことだよね)


 知らない方が良いと伏せてくれているのは、あの廃病院で出会ったような怪物ともう二度と相見えたくないという私の心を汲んでのことだろう。


 私が彼等の事情を知らなくて済んでいるのは、由威のお陰でもある。


(好奇心は猫をも殺すとも言うよね──なら、私はやっぱり知らなくていいや)


 そうやって見て見ぬふりをしたたために意識下でさざめく不安と焦燥に蓋をして、私はまだ頭を抱えて呻いているアホで優しい友達に手を差し伸べる。


「もう、早く帰るよ」


 こうして、私達の都市伝説 瀬病院ツアーは一先ずの幕引きと相成った。




 ☆★☆




 陽葵と由威が田圃の畦道で相も変わらず緩い会話劇を繰り広げていたその頃。


 月呼の私室にはいまだ、月呼と男──守の二人が揃っていた。


 執務机の後ろに特別に誂えた一mはありそうな明り取り用の出窓に月呼は頬杖をついて、ぼうと惚けたように外の景色を眺めている。

 空虚に揺れる月呼の視線の先には、糸乃邸が建つ丘の下に広がった豊かな田園風景があった。

 静かに吹き渡る初夏の風に吹かれて揺れる苗達の間を縫うように続いているのは、舗装されていない凹凸の目立つ畦道だ。遠すぎて細くなっている畦道の先には豆粒大の人間が二人並んでいるのが見える。


 月呼がつい数十分前も前に見送った陽葵と由威の姿だった。


「針真の次期当主も困ったものね。昔はもう少し分別があったと思うのだけども」


 二人が居たときに見せていた艶やかな微笑はすっかりとなりを潜めて、綺麗に紅を引いた口元を歪ませた月呼が温度の低い声で愚痴る。


 糸乃宗家当主・糸乃月呼。

 御年64歳を迎える彼女は、還暦を迎えてなおも人々の視線を掴んで離さない華やかさで人心を掌握することを得意としていた。


 分家達は彼女を『絶対の主君』だと尊び祀り上げ、他の同業者達は彼女を『絶対の独裁者』だといって恐れ身構える。

 月呼にとって今回の顔合わせは、望んだ結果を手に入れられる楽勝な会合だった。そのはずだった。


 あの男が反旗を翻さなければ──。


 忌々しいとばかりに話題に出された人物に心当たりしかない守は、憮然とした面持ちのまま当主の不平不満に付き合う。


「月呼様、アイツはまだ()を受け継いだわけではありません。何よりまだ、あの方がご健在ですから」

「あれの何処がご健在なのかがちっとも分かりはしないのよね。あの調子だとウチより先に潰れてしまっても可笑しくはないわよ」


 鼻先で軽く笑いつつも、月呼の口元は一文字に結ばれている。

 言葉通りに月呼があの家の惨状を軽く見てないことは裏腹な態度を見なくても、長年彼女の側に控えていた守はよくよく知っていた。


 だからこそ、この唯我独尊な月呼にすらも気を払われている針真家を思うと、守は僅かばかりに心が痛くなる。


 守もあの家の分家達も、主家を想う気持ちに変わりはない。

 ただ──彼等は()()()()()()


 月呼はすっかり興が冷めたとでも言いたげに重たい溜息を吐く。


「まあ、他所の心配をしていてもしょうがないわ。此方は此方の心配をしないと。わたくし、陽葵さんは黒だと思いますの」

「つまり、正当な後継者と見倣されているということでしょうか」


 何を根拠にして、月呼が陽葵に拘ることにしたのかは分からない。

 ただ、この家では当主が言うことは絶対だ。


 月呼が『黒』といえば、たとえそれが『白』だったとしても『黒』になる。

 そんな妄信的な糸乃家の分家達をたまに他家の者達は好き好きに言うが、そもそも守達の当主は理由なく『白』を『黒』だと言い切ったりはしない。


 大体そんな時は、守にも想像できないような大きな思惑がこっそりと張り巡らされているときだ。


「なんだかんだと言ったところで絢子は私の娘よ。母親が娘の気配を見間違ったりはしないわ。あの子──陽葵さんにはあの馬鹿娘の気配がする。色んなものが混ざっていて一見凡庸に見えるけど、根底にはあの子がいるわ」


 守の敬愛する主人は指を組んで、懐かしさにすっかり白くなった睫毛を震わせる。


「機がきたら、お迎えに行ってあげなさいね」

「······御意」


 当主の命令は絶対だ。

 命じられたことを喜び、誇り、この栄誉に報うためにも必ずや完遂させねばならない。


 だから、たとえ陽葵が望まず、彼女を連れ出した親族が抵抗しようとも守は容赦することはもう出来ないのだ。





これにて『繋がってはいけない運命』は終了となります。

もしよろしければ、忌憚なくご感想等いただければ励みになります。


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