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ホワイトタイガーに飛び乗って 1

 人生の中で緊張する瞬間は幾つもある。


 幼稚園で披露するお遊戯会、両親が見守る授業参観、輩みたいな先輩しかいないという部活の見学、生徒会選挙に出ると言って聞かない友人の応援演説、担任から「ちょっと厳しいかも」と言われた高校への受験、急に海外留学を決めやがった芸術肌の友人の尻拭いとして抜擢された応援弾幕の総監督、三年の秋になって突然国公立を志して受けたセンター試験·····。


 類は友を呼ぶのだろう。

 刹那的に生きている私には、刹那的に生きている馬鹿どもしか寄ってこないみたいだ。


「ひまちゃん、そんな緊張しなくても荒川先生優しいよ」

「だとしても緊張するよー!私、このゼミに入るために三年の秋からこの大学を目指したんだから!!」


 C棟は文学部に所属する教師陣が詰める研究棟だ。

 理学部や工学部のような大掛かりな実験室は少ないが、紙媒体の資料や史料を保存するための大きな書庫が地下に何階ともある。


 人気のないC棟の四階へとエレベーターで上って、由威に連れられるままに右足と右手を一緒に出さないよう細心の注意を払って歩行する。


「荒川先生にそこまで傾倒している一年生って多分、ひまちゃんくらいじゃないかなぁ。確かに研究テーマは面白いけど。でも派手さとか無いよね?」

「じゃあ、由威は二度と寺社仏閣には立ち入らないようにね」

「俺、面白いって言ったじゃん!」

「しー!大きな声出さないの!」


 自分の唇に人差し指を当てて騒がしくなった由威を睨めつける。やっと取り付けたアポの前に騒動を起こして、教授陣に不名誉な目の付け方はされたくない。


 いつも以上に自分を取り繕うとしている私に由威も少し呆れたのか、それ以上は会話を振って来なかった。


 お目当てのC棟四階東南側の二番目にある扉前に辿り着き、水先案内人の由威は兎も角として、初めて来た私は顔色を無くしていた。


 血の気の無い私の前に立ちはだかる鉄扉には、古今東西あらゆる寺社仏閣から入手したのだろう御札がこれでもかと貼りまくってあったのだ。


 その光景といったら、ホラー耐性に少しだけ免疫が出てきた私でも怖気が走るほどに物々しい。

 まるで何かしらの邪神でも封印しているのかというほどの禍々しさがある。


 他の教授陣は自分の書籍が紹介されている新聞紙の切り抜きやお土産のペナント、少し変わったものだと子供に作ってもらったのだろう子煩悩なネームプレートが飾ったりしてあるのだが、ここだけ格が違う。

 視覚してはいけない邪悪なオーラさえ見えるようであった。


「そういや俺、オカ研の顧問が荒川先生だってひまちゃんに言ったっけ?」

「聞いてないわー!!」


 それを知ってたら、もっと別の意味の覚悟も決めてきたのに·····!

 後出しジャンケンで出された追加情報に小声で吠えるに留めた私は、「そうだっけ?ごめーんね」と語尾に☆が見えそうな軽い感じで謝られたことによって冷静さを失った。


「由威の馬鹿っ!荒川先生がオカルトにも興味があるならもっと最初に言ってよ!オカルトとスピリチュアルは違うって思ってたから全然心の準備が出来てないわ」

「そこ、別々で考えちゃダメな所だよ。オカルトとスピリチュアルは切っても離せない関係があるんだからさ。っていうか、違うって思い込む方が無理あるくない?」

「そうでも思わないとゼミ志望出来なかったの!信心深い研究くらいだったら、まだなんとかなると思ってたのに·····」

「俺、たまにひまちゃんのその本当に都合がいい所だけを切り抜いて盲信するところ尊敬するわ」


 由威の両肩をぶんぶん揺すってクレームを飛ばしまくる。揺さぶられている由威は何処か遠くに視線を飛ばして、悟ったような顔つきで前後に顔をガックンガックンさせていた。こういう水鳥の置物って金持ちの家によくあるよねー、等と少し逃避気味に別の考えが過ぎる。


 自分で開ける度胸もなく、開けてくれそうな由威は前後にガックンガックンしている中、徐に大量の御札が貼られた扉が内側に開いて行く。


「あの·····何かウチに用でしょうか?」


 恐る恐る開いた扉の隙間からは、もじゃもじゃ頭の眼鏡をかけた中年男性が伺うように顔を覗かせていた。

 薄くストライプの入ったシャツに、落ち着いた紺色のスラックス。足元は研究室内だからか、気楽そうな黒のクロックスが覆っている。


 テレビ画面で見覚えのある派手に散らかったもじゃもじゃ頭を見て、私は即座に由威から両手を離して後ろに組んだ。


「は、初めまして!この度はお時間を取って頂きありがとうございます。史学科一年の沙倉 陽葵と申します」

「やっほ〜、荒川先生。バタバタしちゃってゴメンね。ひまちゃんが先生の扉を見てさく──」


 咄嗟に、余計なことを言いそうな由威の足を軽く踏む。

 そしてこれくらいでは大したこともないので、トドメとばかりに小さな声で「ブロック」と落とした。


 途端、言葉を流暢に紡いでいた由威が目を泳がせつつ「さく、桜の季節になっても貼ってあるのかなぁとか言い出して。あ、なんで桜の季節かは知りません」と全く上手くない軌道修正をしていた。


「は、はぁ。桜の季節·····? 扉の御札は年が変わるごとに奉納し、新しい物を取り揃えているから無いといえば無いし、有ると言えば有る」


 ああ、由威の無理な軌道修正によって荒川先生まで何か哲学めいたことを言い始めた。


「あ、そうなんですね! あの話が変わるんですけど、私、先生のことを夕方のニュースでお見かけしてから興味を抱いてまして。特に寺社仏閣に保存されている史料を紐解き、祭事の意味を知るってことが琴線に──」

「おおっ!君は若き同輩ということか!?確かに由威君からは貴女もオカルト研究会の一員と聞いている。いやぁ、この大学のオカルト研究会に入会するだなんて本当に羨ましい限りだ。私も本当は顧問としてよりも一会員になりたいぐらいで」


 私も力業で話題の修正を図ってみると、思いの外、荒川先生が乗ってくれた。

 何故か、オカルト研究会の方に話が転がっていってるが結果オーライだろう。


 立ち話もなんだからと室内へと誘われ、私と由威は荒川研究室へと足を踏み入れる。


 研究室内は扉の仰々しさと打って変わって、普通の執筆室といった様子だ。

 壁の両側に先生が集めたのだろう蒐集本が硝子扉の付いた本棚に所狭しと並べられている。背表紙を見るに先生の著書はないようで、どれもこれもが年季の入った寺社仏閣に纏わる専門書だ。


 部屋の真ん中には飴色の革張りのソファが同色のローテーブルを挟むように設置されている。


 来客が多いのか、ローテーブルの上には百貨店の地下で購入出来そうな個包装に包まれたクッキーが盛られていた。


 奥には物書き机の上に開きっぱなしのノートパソコンがあり、その周囲だけは賊にでも入られたかのような散らかり具合だった。何十枚もコピーされた資料や、何処かの寺の宝物庫にでも仕舞われていそうな糸綴じの史料が無造作に重ねて置かれている。


 多分、私達が訪れるまでは論文の執筆をされていたのだろう。


 私達はその応接用のソファに揃って腰掛けさせてもらい、対面に荒川先生が座った。


「何のお構いも出来なくてゴメンね。本当は珈琲の一杯でも振る舞えたら良いんだけど、生憎と紙コップを切らしてて。このクッキーは幾らでも食べていいからね」


 柔らかい雰囲気にあった優しいお言葉に促されて、すかさずクッキーを手に取ったのは由威だ。飲み物なしでよくも小麦粉で成形されたお菓子を食べられるなと思うが、この男は口の中が何かで満たされていれたら静かなので放っておくことにする。


「それで沙倉君は私のどういった研究テーマに興味があるのかな?」

「えっと、これになるんですけど」


 私は(あらかじ)め、写真アプリの中で専用に作成していた写真フォルダを呼び出し、一枚の写真を見せる。


 それは一枚の手紙の最初の行だけを撮ったもので、荒川先生はスマホに映し出されたそれを見るなり、ピタリと固まった。


 ニコニコと浮かべていた顔が徐々に真顔へと戻っていき、とうとうスマホ画面に顔を近づけて、掛けていた眼鏡まで上げて覗いた先生は一頻り吟味した後、私へとゆっくり顔を上げる。


「これは、何処に?」


 問うた声は静かなものだ。

 熱も感情も感じられない、湖面に水滴を落としたかのような声だった。


「·····近所の神社の中でです。昔、雨宿りでお邪魔した時に見つけました」


 僅かに、ピクリと荒川先生の片目が動いた。

 何かに反応したかのような筋肉の運動に、つい生唾を飲み込む。


 荒川先生は、今度は私を検分するようにじっと眺めた。

 私の言葉、態度、顔つき、声──どれかに不純物()が混じっていないかを確かめるようなその目付きに晒されて、ジーパンの上に置いた手が丸まってくる。


 荒川先生の一欠片の偽証も許さないと告げるような眼差しに負けないように、私もしっかりと逸らさずに見返す。


 幾分、こうしてお互いに視線を交わしあっていただろうか。

 先生はふっと詰めていた息を抜くと、途端に表情を緩めた。


「素晴らしいよ、沙倉君。これはアルディア語と言ってね、一部の地域でしかまだ発見されていない特殊な文字なんだよ」


 由威がチラリと此方に視線を向けたのを視界の端で捉えた。

 何にも気にしていませんよと言う様に五枚目のクッキーを咀嚼しているが、彼の視線は私の顔に留め置かれている。


 やっぱり、あの家と縁戚関係のある由威と一緒に来てもらったのは判断ミスだったかなと少し過ぎるが、荒川先生との確実なパイプを持っているのは私の人脈だと由威だけだったのだから仕方がない。


「そして、このアルディア語を記した史料は三日月島で発見された数が九割を占める。そう、此処がその文字の発祥の地なんだ。また、この文字はとある宗教でしか使用されない特殊な物でね」


 教授の熱を帯びる論説を聞きつつも、私は半ば意識が別の方角へと飛んでいた。


 やはり此処には──来たるべくして、来てしまったのだなと再確認していたゆえに。


 脳裏で再生されているのは、三日月大学に入学してから見舞われた超常現象じみた事件の数々。


 六月初旬に巻き込まれた心霊スポットツアーを通じて出会ってしまった不思議な力を使う人達。

 翌週に強行された椿屋さんによる夜間パルクールの時に発現した彼の双眸に浮かんでいたのは、スマホに保存した手紙と同じ文字。


「その宗教は月鏡尊(つくかがみのみこと)を奉っている神道の一派だ。代々、糸乃と呼ばれる神主によって受け継がれ、今は糸乃神社が月鏡尊に纏わる祭事の全てを取り持っている」


 糸乃と私には、並ならぬ縁がある。

 それを(わか)っているのは、きっと私と両親だけだ。


「沙倉君。君は来たるべくして三日月島へとやって来た。そして、我が荒川ゼミの門を叩いた。私には願ってもいない巡り合わせだ。是非とも君にはウチのゼミへと入ってもらいたい。教授会への推薦も勿論用意しよう」


 喜びに満ちた荒川先生の声が段々と遠くなっていくようだ。


 本当にこれで良かったのだろうか。

 ぽつりと滲んだ疑心に、私は胸中で首を振る。


 ううん、これしか無かった。


 両親の手掛かりを見つけるためには、三日月大学に入学するしか道は無かったよ。



信用出来ない語り手はホラーサスペンスには付き物です。

次回の投稿は三月の上旬を予定しています。

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