繋げてはいけない運命1
本日、3話投稿しております。
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「お願い!ひまちゃん!! 一生のお願い!!」
「だから無理だって。何回お願いされてもこれだけはヤダ」
「そんないけずなこと言わないでさ~。本当にちょっとだけでも良いんだって!ほんの先っぽだけで良いから!!」
「でっかい声で変な言い方すんなってーの!!」
大学に併設されているカフェテリアの一角にて、無駄に女子受けしそうな顔立ちの男から大きな声で最低なことを言われたため、渾身の力で目の前にある頭にチョップを炸裂させる。
ポカリと良い音がなり、男は反射のように「痛い!」と悲鳴を上げた。暴力を振るわれたと涙目になりながら見上げられたが、こればかりは自業自得でしかない。
「俺、傷物になっちゃったよ。これは責任とってもらわなくちゃいけないよね」
「だから、変な言い方しないでってば。経営学部のくせに日本語の使い方がなってないよ」
「ふん。どうせ文学部と底辺争いをしている学部さ。この学校じゃヒエラルキーの最底辺みたいなもんだし仕方ないない」
「私、文学部なんですけど~」
「まあ、ひまちゃんは···うん。最下層民同士、俺たち頑張っていこうな」
「帰るわ。サヨナラ」
既に空となっているお皿の乗ったトレイを持ち上げて席を立つ。
交渉材料に使われたシフォンケーキは美味しくいただいたがそれはそれだ。私を口説き落とせなかった営業力の無いこの男の落ち度ということで諦めて貰うしかない。
「待って!俺にはもうひまちゃんしかいないんだって!!」
しかし、男はこの程度の拒否ではやはりへこたれない。
返却口にトレイを返そうと踵を返す私のブラウスを躊躇無く引っ張り、行く手を阻止してくる。
出会ったときからしつこさだけは一丁前だ。
その上、自分の顔の使い方をよく理解しているから、今にも捨てられそうな子犬のようなつぶらな目をしている。「くぅん」と悲痛な鳴き声が聞こえてきそうだ。
だが、ここで折れてしまったらいつもと同じ痛い目に遭うことはわかりきっている。
今回こそはこの見え透いた死亡フラグを完膚なきほどに折らなければ、本当の泣きを見るのは私だ。
「またまたぁ~そんな見え透いた嘘を。最終兵器の真昼先輩にはまだ言ってないんでしょ。あの人なら断らないって」
「······断られたけど」
「え?」
「『あ、俺そういう私有地かどうか分からないところは行かないようにしてるんよな。モラルのあるデブだから』って」
「この上ない至極まっとうなご意見だね。先輩もそう言っていることだしもう諦めたら?」
あの『人の良さ選手権』で殿堂入りを果たしていそうな先輩にまで断られている案件ならば、余計に引き受けるわけにはいかなくなった。
本格的に逃げの姿勢に入ろうとブラウスを捕まれている手を引き離そうと指を掛ける。
男にしては綺麗な長い指を一本一本引き離そうとするも、かなり強い力で掴んでいるようで、片手ではなかなか太刀打ちできない。お前はコアラか。
刹那、何らかの覚悟を決めたような顔付きになった男は言い放った。
「本当はこんなことを取引材料にしたくはなかったんだけど──このお願い事を聞いてくれるならさ。ひまちゃんに荒川教授を紹介しても良いよ」
「は······?」
「荒川ゼミ、狙ってるんだよね。俺、あの人と知り合いだから顔つなぎくらいは出来るよ」
「な、なん、だと······」
引き剥がそうとしていた指の動きが止まる。
それ程に男の申し出は、私には効果抜群だった。
───だって、私がこの大学に入ったのは荒川 悟教授に出会い、彼のゼミに入るためだったから。
男に入学理由を話したことはなかったが、恐らく行動を共にしている時に察するものがあったのだろう。
馬鹿でどうしようもない奴だが、こう見えて抜け目のないところがあるのは、一緒にいるうちに把握はしていた。
しかし、まさかこれ程の強かさがあることまではまだ分かってはいなかった。
急に黙り込んだ私を前にして、勝利を確信したように男は普段浮かべている緩い笑顔で再度問う。
「ね、ひまちゃん。俺と一緒に深瀬病院の探索ツアーに行こう?」
☆★☆
この男───刀矢 由威との縁は、私の迂闊さから始まった。
私達が通う『三日月大学』は東京からフェリーで一時間ほど掛かる程の距離にある有人島だ。太平洋に浮かんでいるだけあって気候は温暖であり、琵琶湖ほどの大きさしかないとはいっても社交界に名を轟かせる資産家達のリゾート地であることもあって非常に交通の便が良い。つまり、見知らぬ土地ではあるが、初めての一人暮らしの割には非常に快適に過ごしやすい島だった。
しかし、一人暮らしが順風満帆だからといってキャンパスライフの充実差は友人の質や量で決まってくる。国立とはいっても辺鄙な土地にあることには変わりなく、やはり高校までの馴染みは一人もいない。
手っ取り早く友人を作りたいならば、サークルに入るのが定石だろうと判断するのは非常に新入生らしい思考回路だろう。例に漏れず私もその口で、入学式が終わって直ぐに繰り出した広場で熱烈なサークル歓迎を受けつつ何処に入ろうか吟味した。
大学ならではな『テニスサークル』『軽音部』『漫画研究会』『旅行サークル』。変わり種だと『美食研究会』『落語研究会』『TRPGサークル』などがある。『TRPG』は『RPG』の誤表記かと思ったが、どうやらそういうアナログゲームがあるらしい。サークルの人が熱心に色々教えてくれたが、あまりゲームをしてこない人生だったばかりに半分も理解出来なかった。向こうもあまり私に勧誘が響いていないことを分かっているようだったが、人が良かったのかお土産に20面もあるサイコロをくれた。断る必要もなかったので物珍しく受け取らせて貰う。ただ、これを使うことになりそうな場面が一つも思い浮かばない。
大量に渡されたチラシを胸に抱えて、さてどこに入ろうかとウンウン唸りながらあてもなく歩く。
正直、色々と見て回ったがどこもぴんとこなかった。
これまでやったこともなかった新しい趣味になりそうなサークルに入ろうと見て回るまでは思っていたのだが、意外と私の琴線は頑丈だったらしい。
「やっぱり、バレーとかがいいのかなぁ」
思わず口をついて出たのは中高まで所属していた部活動だ。
中学校で入部してから、目標もなくずるずると惰性で続けているのでそろそろ潮時かとも思っていたのだが、どうやら私はかなり一途だったようだ。
そういえばバレー部の勧誘は受けなかったような······と記憶を辿りつつ、あちこちから差し出されて適当に受け取った大量のチラシを検める。
ぺらぺらと『バレー』の文字がないかと捲っていると、不意に前方から聞き馴染みのある皮を打ったような音が聞こえてきた。
「こらー!アタック打つなって言ってんでしょーが!!」
「いやあ、めちゃくちゃ打ちやすい高さに上げてくれたからさ。これは逆に打たないと失礼になるような気がして」
「お前が刀矢じゃなかったら半殺しだったわ」
「いや、そうは言いつつもすっごい殺気飛ばしてくんじゃん」
チラシに夢中で気がつかなかったが、どうやら大学のかなり端っこにあるグラウンドにまで歩いてきていたらしい。
フェンスの向こう側で、勢いよく遠くへと転がっていく黄と青の見慣れたボールを追いかけていく男からは傍目から見ても怒気が漂っている。
バレーボールを追いかけていく男に手を合わせているスパイクを放ったのだろう男は、頭を下げているようだが、どうも声がへらへらとしていて真面目に謝っているようには見えない。
癖の強そうな男だなとは思いつつもこの時、私は渡りに船だと思った。
バレー部を探している私にとって、わざわざ大学に進学してまでバレーボールとじゃれている男達はお目当ての人物としか思えなかったからだ。
フェンスまで小走りで近寄って、早速とばかりに声を掛ける。
「あのう!すみません!!私、バレー部を探しているんですけど······」
「ん?バレー部?」
私の呼びかけに反応したのは案の定、フェンスを背にして、自分が飛ばしたバレーボールを追っかけている相棒を見送っている癖のありそうな男だった。
私の声に反応して振り返った男の顔を見て思わず、心中で声を上げた。
(うわぁ、ファンクラブとかありそうなご尊顔だ・・・)
想像していた以上に整った顔のお出ましに、知らず腰が引ける。
色素の薄いココア色の柔らかなサラサラヘアーは全女子の憧れの的だろう。シミ一つ無い日焼け知らずの色白い肌にはぱっちりとした二重の目がついていて、薄いのに妙に柔らかそうな唇は桜色に色づいている。
アイドルとしてステージにたてば、瞬く間にお茶の間の人気者になれそうな華やかな顔面を前にしてつい固唾を呑んでしまう。
(こ、これはもしや、追っかけとかいるんじゃ)
だとしたら、完全に空気の読めない新参者が乱入した形だ。入学して早々、一部の思想の強い女子達を敵に回したんじゃないかとあわあわと周囲を確認する。
しかし、幸いなことにグラウンドを一周するように張り巡らされたフェンスの周囲には人の気配すら見受けられなかった。恐らく、新入生の勧誘もあって普段よりも閑散としているのだろう。
一命を取り留めたと詰めていた息を吐き出した瞬間、向かい側からぷっと吹き出すような音がした。
「ははっ!君、吃驚するくらい分かり易いね!!俺の顔を見てうっとりしたり、のぼせたりする子はよくいるけど、ここまで不味いって顔されたのは初めてだよ」
「すみません。もしかしたら、ファンの子達とかいたかもしれないと思って」
「大丈夫だよ。俺、顔は良いんだけど何故かモテないんだ」
「は、はぁ」
「俺の美貌は分かり易いんだけど、どうも中身は高尚すぎて万人達には理解されにくいみたいでさ」
(なんとなく、モテない理由の片鱗は見えるなぁ······)
ハハハと快活に笑い飛ばす男の綺麗な顔を見ながら、天は二物を与えずという諺を思い出す。『黙っていれば』が枕詞として発揮しそうなイケメンだということだ。
若干の憐憫の目を初対面にも関わらず、男に注いでいると、「ところで、バレー部を探しているんだっけ?」と向こうから話を本題に戻してきた。
「そうなんです。中高とバレー部だったので、大学でもバレーをしたいなと思いまして」
「うんうん。バレー楽しいよね。特に思った通りにアタックがキマると最高に気分が良い」
「もしかして、ポジションはスパイカーだったりします?」
「まぁ、うん、そんなところかな。最後の最後に締めるのが俺の仕事みたいな所あるしね。そんなことより入部の件だけどさ、ちょうど今、入部届を持ってるんだよね。これに書いてくれたら提出しておくよ」
そう言って、徐にジーパンのポケットに手を突っ込んだ男は、「よいしょ」という掛け声と共にぐしゃぐしゃになった紙を取り出す。
小学生のランドセルの奥から出てきたお手紙かと見紛うほどのぼろ切れっぷりだ。流石にこれはかっこつかないとでも思ったのか、男は引き延ばして形を整えようと躍起になるが、あそこまで皺だらけになった紙がそう簡単に元の状態に戻るはずもない。
本当に何かと様にならないイケメンだ。
これ以上、男の必死な姿を眺めていてもどうしようもないので今度は私から動くことにした。
「それで全然大丈夫です!ありがとうございます、大学でもバレー部に入れて嬉しいなあ!!」
秘技・天真爛漫(人工物)仕様で男の気をぐしゃぐしゃになった入部届から逸らす。男という生き物は得てして、単純な生き物で女子が全く気にしていないという態度を取ると簡単に上っ面を信じてくれる。
この男も予想通りの単細胞だったらしく、「君がそこまでいうなら······」等と言いつつ、入部届の蘇生を早々に諦めてこちら側へと向かってきた。
「ばっ!?おい、刀矢!!俺が居ない隙に何して······」
「あ~、ショウちゃんは見ててよ」
男がフェンスを越えて、漸く入部届を手にするという時にバレーボールを追っかけて遠くへと行っていたもう一人の男が戻ってきたらしく、素っ頓狂な声を上げている。
だが、それを遮るように男がヒラヒラと手を振ると相棒はそれ以上、声を張り上げることはなかった。
「えっと、ペンはこれね」
ぐしゃぐしゃの入部届と共に、用意のいいことにボールペンも渡される。
ざっと中身を確認すると、『部活・サークル名』『学部・学科』『学年』『学籍番号』『名前』と非常に簡単な構成となっていた。
「部活名は『バレーボール部』で良いでしょうか?」
「そこは空けといていいよ。正式名称はちょっと長ったらしいからこっちで書いておくよ。だから、書いて貰うとしたら学部からかな」
「う~う~~~~ん!!!!」
「了解です」
「へー、史学科なんだ。じゃあ、歴史が好きってことなんだね。ウチの教授陣は結構コアな研究してる人が多いし勉強になると思うよ。名前は『沙倉 陽葵ちゃんか~。じゃあ、ひまちゃんだね」
「(この人······なんか距離感近いな)そういえば、お名前は?」
「そういや自己紹介がまだだったね。俺は刀矢 由威。学部は経営学部だけど、ほぼ文学部みたいなもんだし仲良くして欲しいな」
「んんんーーーーー!!んんんんーーーーー!!!!」
てっきりトウヤが下の名前だとばかり思っていたのだが、そっちは名字のようで名前はユイさんというらしい。お名前も顔に相応しいかわいらしさに溢れている。
「あのう、さっきからお友達さんがうんうん唸っておられるんですけど大丈夫なんでしょうか」
それはそれとして最初の方はスルーすることにしていたのだが、あまりにも長いこと唸っていることが気掛かりになってきたこともあり、あまり触れたくない話題について尋ねてみる。
お友達さんの顔色は唸りすぎて真っ赤になっており、酸欠になっていないか心配になるレベルだ。
こめかみに浮かんでいる青筋をみるに、かなりキレていらっしゃるような気がしてならない。
「ショウちゃんは気にしなくて良いよ。女子の前だとああやって上がっちゃって話も出来ないんだ」
上がっているというよりかは、ぶち切れているの方が日本語としても正しいような気がしてならない。
だが、まだ出会って数分も経っていない私が指摘することも憚られ、結局それ以上深追いすることはやめることにした。
──もし、この時。
私がお友達さんについてもっと気に掛けておけば、きっと私の人生はこれまで通り小さな山と谷の繰り返しで済んだのだろう。
刀矢 由威と出会ってしまったとしても、お友達さんについてもっと注視していれば不用意に入部届にサインなどしなかったはずだ。
だってどう考えても、お友達さんの状態は普通ではなかったのだから。
必要な項目を埋め終えると、刀矢さんはいそいそと入部届を折り畳んでジーパンのポケットへと仕舞いなおした。まるで、誰かから奪われることを警戒しているかのような素早い動きにちょっとずつ嫌な予感が降り積ってくる。
しかし、既にサインを終えてしまった私に為す術などあるはずもなく、「これからよろしくね」と手を差し出してくる刀矢さんに促されるようにして握手をすることしか出来なかった。
それから数日後。
お昼前の必修科目を終えた私のもとに現れた刀矢さんは、「部室へ案内するね」とあの妙に可愛げのある顔面に緩い笑顔を浮かべていた。
入部届を出したものの部室の場所が分からなかったので、講義で仲良くなった友達にそれとなくバレー部の部室を尋ねてみるも、皆して心当たりの無さそうな表情になって『知らない』と首を振られるばかりだった。
本当に三日月大学にバレー部があるのか段々と疑わしくなった頃、そろそろ刀矢さん自体を探し当てて問い詰めてみようかと好戦的な考えが過ぎり始めた頃にタイミングよく彼は現れてくれた。
すっかり刀矢さんへの不信感でいっぱいだったくせにいざ案内すると言われたことで、待ち望んでいた部活動なことも在り、私は禍根をあっさりと忘却した。
気持ちはもはやバレー一色で、「サポーター持ってきたら良かったな」だの、「今日はスカートじゃなくて、ズボンを履いてきて偉いぞ自分」だの、取り留めの無いことでいっぱいだった。
だからこそ、案内された部室の扉に張られていた貼り紙の文字すら最初は認識できなかった。
「はい、到着~。ようこそ、ひまちゃん。此処が『オカルト研究会』だよ」
「うわ~~~、此処が部室なんですね······ん?」
「オカ研の部室ってよくへんてこりんな物で溢れてそうって思われがちだけど意外とそんなことないからね。むしろ他の部活に比べたら物が少ない方じゃないかな」
「······あの、オカ研って何ですか?」
「ん?オカルト研究会のことだけど」
「此処ってバレー部ですよね」
「ううん。オカルト研究会だね」
刀矢さんの言うように、部室の扉には何かしらの裏紙にマジックペンで書かれた『オカルト研究会』の文字がある。
書道の先生が書いたような流麗な文字は、まるでパソコンでプリントされたものかと疑ってしまうほどだ。
だが、そんな事はどうだっていい。
私はニコニコと何の悪気も無さそうに笑っている面の良い男を暫し眺めて──事態を漸く咀嚼出来た頃には胸倉を掴みあげていた。
「脱会、いたします」
「ちょ、ちょっと待って······!ひまちゃんってば、意外と手が早いんだね······!!」
「詐欺師に遠慮する理由がないので、手っ取り早く事を進めるためには否応なしかなぁと」
「しかも、結構力強い!流石、元バレー部!」
「で、脱会ってどうすれば良いんですか?」
「ひまちゃ、ひまちゃん!話し合おう!俺たち、まだやり直せるからさ!!」
「語弊のあるようなことを大声で言わないで貰えます!?」
タイムアップと言いたげに掴みあげている両手を叩いてくる刀矢さんを無視して、私はヒビの入りかけている笑顔で押し切ろうと更ににじり寄る。
しかし、その後。
これから幾度も経験する奴の交渉強さにより、私は結局オカルト研究会から脱会することは出来なかった。