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加藤好洋ヒストリー  作者: 亀の子たわし
7/22

脳科学セミナー

加藤が〈魔法〉の力を高めるためには、どうすればいいのか迷っていた時、本屋に寄ってみると、脳科学者が書いたという書籍が並んでいるのを見付けた。『まずは親を超えなさい』というタイトルの本は、能力開発・自己啓発モノとしては、2009年のベストセラーとなっているらしい。


この頃の加藤は、精神世界やオカルト、スピリチュアルに傾向してきたが、科学的なコンテンツに触れることはあまりなかった。


試しに手に取ってみると、カバーに写ったその著者男性は、非常に珍しい苗字をしており、何と読むのかもわからなかった。著者紹介を見ると、年齢は50代だが非常に若々しく、不思議に思っていたのだが、理由はすぐにわかった。『気功洗脳術』という本も出版しているので、それによる恩恵だったのだろう。気功には、老化予防(アンチエイジング)の効果があるのだ。


早速、『まずは親を超えなさい』というタイトルのDVDを観てみたのだが、〈アファメーション〉や〈スコトーマ〉、〈コンフォートゾーン〉など、あまり聞きなれない単語が並んでいたり、時間軸や、〈抽象度〉など哲学的概念までも説明しているので、まるでSF映画でも見てる気分になったが、だからこそ、面白いし、興味を惹かれる。


彼は、全世界でも、一部の天才しか通えないようなカーネギー◯ロン大学を飛び級で卒業しており、認知科学者、機能脳科学、計算言語学、認知心理学、分析哲学、あるいはロック・ミュージシャンというさまざまな顔を持つという人物だった。


最新の脳科学を用いて、脱洗脳を行っており、元オ〇ム真理教信者達の洗脳を解くことに成功したという実績まで持ち合わせていたのだという。


『ドクターが真犯人を追う!』という書籍によると、チャネリングを行い、殺人現場に残された加害者と意識を合わせることによって、プロファイリングを行った結果、逃亡中だった犯罪者とほぼ同じ特徴を言い当てたこともあるし、かの有名な、『ジョンベネ殺害事件』の真犯人は母親本人だと、ブログでは断言しているようだ。


また、気功の達人でもあり、〇ンを始めとした、難病指定されるような病人を治したらしいのだが、興味深いと感じたのは、常人よりも、遥かに多くの〈氣〉を放出出来るという特殊な体質を持っており、特殊能力に目覚めたキッカケは、()()()()()()()()()()ことなのだという。そんな自分自身の超能力を解明するために、脳科学を専攻するようになったと書籍には記されていた。


そして、彼の目指すゴールは世界から、戦争と差別をなくすことであり、どの書籍にも、最後は「私のゴールは世界平和」だと締めくくっているのが印象的だった。


その信念は、加藤自身も同じだと思っていたのだ。この人となら、通じ合えるものがあるかもしれないと、期待に胸を膨らませていた。


どうやら、都内ではセミナーなども開催しており、会長自らの直接指導があり、コーチング期間中は、高額なセミナーを何度も受け直して良いとのことだった。受講料は、セミナーを含めると、合計が315万円を越している。その金額には、さすがに心が折れそうになったが、()()に舞い込んできたのだ。


きっと、必要なお金は必ず用意されるものなのだろう。


ここでなら、自分の能力を飛躍させることが出来るかも知れないと、高鳴る気持ちを抑えられそうになかった。



セミナー会場は都内某所で行われており、高級ホテルによる会場で行われていた。


加藤が会場に踏み入れた瞬間に感じたのは、悍ましい欲望の数々だった。


…………金持ちになりたい!


…………異性をモノにしたい!


…………有名になりたい!


周囲を見渡すと、やはりというか、敏感な者は体調を崩しているようだった。目眩を感じたようにこめかみを抑えている。「気持ち悪い……」と、吐き気を堪えている者もいた。


セミナー会場では、サラリーマン風の男性が、ノートに「今の感情……・嬉しい・楽しい・誇らしい」という言葉を書き続けていた。あるいは、ソファに座りながら「私は売上、2000万円を達成した」と唱えているOL風の女性もいる。太った中年男性が『まずは親を超えなさい』の記入欄に欲求を直接書き込んでいる。鬼気迫る表情で、夢という名の欲望を唱えている姿には、異様なものを感じざるを得なかった。


『金』、『色』、『権威』、彼らが何を求めているのかは、明白だった。


そして、壇上の上に現れた会長の姿を見て、すぐに本気の活動でない事は分かっていた。生まれついての金持ちの人間が道楽でやっているだけなのだろう。


ここでは、〈アファメーション〉と呼ばれる手法を、自己啓発として利用している。英語の「affirmation(肯定、断定)」が由来となっているらしい。


人間の脳には『恒常性維持機能ホメオスタシス』という機能があり、ずっと同じままの状態を維持しようとする働きがある。本人の設定が年収300万だったら、300万円のままでいようとするし、1000万円なら、1000万円のままでいようとする、潜在意識では快適な領域のことを〈コンフォートゾーン〉と呼ばれている。


この設定をズラすために、まずは逆腹式呼吸と呼ばれる深呼吸で、脳を酸欠にさせながら、極端なリラックス……つまりは、変性意識状態にしていく。


そして、「俺はプロ野球選手なんだ!」や「売上2000万、ありがとうございます!」など、すでにそれを達成している情景を思い浮かべながら唱えることで、自らの脳の認識を騙すことで、コンフォートゾーンである現状を抜け出し、夢を叶えることが出来るという、脳の認知機能を逆手に取った『()()()』だった。


時間は過去から未来に流れるのではなく、未来から現在に向かって流れてくるのであり、過去のことなど一切関係が無い。最新の研究では、時間の概念は量子論的にも見直されている。だからこそ、過去がどうだろうと、今この瞬間から、別人へと変わることは簡単なのだと主張していたのだ。


このようなアファメーションを唱え続けることで、自己肯定感エフィカシーを高めて、理想の自分へと変わっていくという方法を取っていた。


しかしながら、一般人の脳はそこまで優秀では無い。特に現代人は物理的な感覚に囚われ過ぎているため、イメージや言葉だけで現状を変えることは難しく、狙ったような結果を引き起こすことは不可能だろう。


いくら頭で、「過去は一切関係ない!」と思ったところで、記憶データの反応には抗えないだろう。原始的な爬虫類脳は、目の前にある、〈快〉か〈不快〉にしか揺れないことは、数々の経験からいって、間違いない。


極端なポジティブシンキングも、危機察知能力が落ちるために、転落していく場合がほとんどだった。いくら口先で、綺麗事を唱えていても、地に足が付かなくなり自分を見失うことになる。


人間の感情は無理に盛り上げると、間違いなく落ちていく。〈躁〉から〈鬱〉へと上下に揺さぶられれば、自然と心が疲弊していくだろう。最終的には鬱病を発症してしまうリスクさえあるし、案の定、セミナー会場には心を病んでしまった者が多かった。


コーチング認定ヘッドマスターコーチという、最上位クラスの者達でさえも、結局のところ、指導者としても、経営者としても、それどころか、一般的な社会人としても、何の能力も持っていないのがすぐに分かった。それにも関わらず、権威や肩書きに騙されて、みんなそれに惹かれていく……。


「やっべえなぁ、事業で金使いすぎちゃった。俺も、簡単に成功出来るイメージ戦略で金儲けしようかなぁ……。楽な雰囲気出しておけば、それ探して彷徨ってる人いっぱい居るしな」


会場の中には、こんな独り言を呟く、コーチまでいる始末だった。


2000年代後期、この頃は、セミナー難民あるいはセミナージプシーと呼ばれる者達がおり、「いかにラクをするのか?」が、目的となってしまっている者も多かったのだ。


あるいは単に、夢を見ていたいだけの人間も多かった。これは俗に言う「キラキラ系」というものだった。このような間違った成功法則を鵜呑みにした素人が、一端の指導者のように振る舞い始める。結果が出せないにも関わらず、金儲けのためだけに、甘い夢だけを見させて、高額な料金を支払わせる。これでは詐欺と変わらないだろう。


大学生くらいの子達が、H会長のマネをして、高価な葉巻を吸い始めていたり、一般企業で重役出勤するなど、おかしな行動を繰り返していた。中には、何を血迷ったのか、「俺はアメリカの大統領になるんだ!」と、公言している者もいる。思わず、「馬鹿じゃないのか?」と言ってしまいそうになる。どんな次元に移ろうとも、そんなことは絶対に不可能だ。


しかし、「そんなものになれるわけがない!」という意見は、『ドリームキラー(夢を殺す者)』であるとされて、そういった言葉に耳を傾けてはダメだ、せっかくの夢を潰されるだけだと、指導(あるいは洗脳)を受けているために聞き入れてはもらえない。そのために何かを言おうとする気力も失せていた。


『コーチ(coach)』とは、元来、目的地まで快適に送り届けてくれる馬車などの乗り物を指す言葉だった。やがて、「人生の目的地」へ送り届けてくれる存在として、学業やスポーツの指導者のことをコーチと呼ぶようになっており。日本ではスポーツインストラクターを指す言葉として定着していた。


スポーツに限らず、あらゆる分野で「人生の目的地」へ送り届ける存在として、コーチからコーチング(coaching)という言葉が生まれたのだが、これは、コーチング創始者ルー・〇イスの造語なのだ。


欧米人の場合、脳の仕組みが日本人のそれとは異なり、性質が『陽』、つまりポジティブ思考なために、父親が毎朝、「お前は自慢の息子だ」と褒め称えて抱きしめるというような、単純な手法だけで能力が上がりやすいのだという。


しかし、『陰』の要素が強く、生来的にネガティブな日本人がそれをやってしまうから、上手くいかなかないのだ。それに加えて、指導者達が本気ではなく、低レベルな欲望を叶えるために使っているのも、要因の一つだろう。


加藤は、これとほぼ同じ時期に、日本人特有のネガティブさを危機管理に使っていく、『SBTスーパー・ブレイン・トレーニング』という脳科学の講座を受けていたのだが、この二つの脳科学を、見比べているうちに、どちらが本当に結果を出しているかを考慮すると、圧倒的に『SBT』の方が優れている。


日本人はのんびりした性質故に、追い込まれないと動かない。楽しさを追及させるよりも、「8月31日に夏休みの宿題を終わらせるように」不快なことを避けようとする、『締切ホルモン(ノルアドレナリン)』を利用した方が上手くいくのだ。


カネさえ払えば、誰でも簡単に指導者(コーチ)になれるこちらとは違って、『SBT』は課題が厳しく、ビジネスでも結果を出さないと認められないために、生半可な覚悟では受からないのだ。


また、会長は表向きには、脳科学や、計算言語学を専門にしているために、目に見えない霊的世界や、スピリチュアリズムを否定することが多いのだが、実際にはかなりのオカルト愛好家であり、自らも魔術を利用して、生徒の女性を手籠めにしたり、SMクラブで乱交パーティーを開催するという黒い部分も目立っていた。


その実態は、金銭欲や、性的快楽のみを追求していくような、悪魔教の教えを、ソフトにしたような内容であり、彼の家柄が裕福なのも上位1%の支配者層出身だからだ。


「神は罰を与えて成長を促す。悪魔は快楽を与えて堕落するように仕向ける。だったら、神よりも、悪魔の方が良いよね?」


たしかに快楽主義者として生きるのなら、それでも良いのかもしれない。しかし、「世界平和」を掲げる会長自らが、平然とそれを公言してしまうのはどうなのだろうか。


特に酷かったのは、3.11東日本大震災の時に、命に関わるような経験をした被災者達の、トラウマを治療するという名目で、〈クライシスサイコロジスト〉という技術が作られたのだが、これによってPTSDを治すことが出来るものは、加藤を除いて、ただの一人も居なかった。それにも関わらず、トラウマを治療出来る手法だと、公式サイトでは大々的に宣伝していたのだ。


加藤のセラピストとしての経験上、トラウマに介入する際には、「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()」、という状態でないと、相手を治すことなど不可能なのだ。


セラピー料金は決して安い金額では無いし、被災者達は、PTSD、フラッシュバックから、まともな日常生活を送ることが出来なくなっている。そんな相手から『治療費』を騙し取るだなんて、許されることではない。倫理観が崩壊しているのは明らかだった。


会長が本気では無く、〈アファメーション〉が結果も出せないコンテンツだとしたら、この公演を聴く意味があるのだろうか? 次第に、疑問しか湧かなくなっていた。


半ば興醒めして来た時、ステージ上に、新たに現れた人物に魅入られていた。おおよそ50代くらいの白人だが、並ならぬ苦労を重ねてきたことが伺えた。彼は英語でスピーチをしているために、何を言っているのかまでは分からなかったが、真摯な態度が伝わってくる。


そのエーテル体にある情報を見ていると、彼自身も、貧しい育ちだったことは明らかだった。そして、そこから這い上がり、他の人間達の世話をしてきたということもすぐにわかった。ここに大勢居るお坊ちゃま達とは、何もかもが違っているのだ。


そして、講演が終わると、壇上から降りて来た、ルー・〇イスがこちらにやってくる。


突然のことに、周りの者達も驚いたような顔をしていた。「えっ?!」という声を上げている者もいる。


加藤自身も驚きを隠せなかった。他にいくらでも偉そうな人間はいるはずなのに、一般参加者である自分だけを見つめていたのだ。そして、彼は手を差し出すと、こちらに握手を求めて来たのだ。


突然の出来事だったために、さすがに面食らいそうになったが、彼は真剣な眼差しで、柔和な笑みを浮かべていた。


後で知った事だが、ルー・〇イスは孤児院の子供達を引き取って世話をしていたのだが、恩を仇で返すかのように、自宅に放火されてしまったこともあるのだという。


『TPIE』は体系化されて、多くの指導者が生まれたらしいが、思うような成果は上げられず、ルー・〇イス自身が、指導した人間だけが変容しているようだ。人を指導するのに、本当に大切なのは、やり方やテクニックではなく、『在り方』なのだ。


ルー・〇イスはこの後、2012年4月に亡くなっているが、この握手には、ただの挨拶ではなく、霊的な引き継ぎがあったのだ。彼は、この中で、自分と同じような経験をしており、他人の世話をすることが出来る、唯一の〈大人〉は、加藤だけだと思ったのだろう。



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